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大谷イビサのIT業界物見遊山 第2回

SeaMicroのような優等生と比べることに意味はない

HP Moonshotの“すごいところ”と“すごくないところ”

2013年04月23日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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4.3Uに45台のサーバーを収納できる「HP Moonshot System」(以下、HP Moonshot)が日本でも発表された。大々的に披露された発表会から2日経って、冷静に考えてみると、製品の「すごいところ」と「すごくないところ」、そして「真の価値」が見えてくる。

冷静にHP Moonshot Systemのスペックをながめてみる

 長らく開発が続けられてきたHP Moonshotが、日本でもいよいよラウンチ(発射)された(新市場への“月面開拓”を目指す「HP Moonshot」サーバー)。都内のホテルで行なわれた発表会の会場では、HP MoonshotのベールがはぐというGen8サーバー以来、恒例となった儀式も披露。非常に気合いが入っていることが見て取れた。個人的には、Moonshotという開発コードがそのまま製品名になったのもうれしい(Windows 7以降の流行?)。

 確かにHP Moonshotのスペックはすごい。42Uのラックであれば、最大で4.3Uのシャーシが8~9までは入る。そのため、9シャーシ搭載できるHP製ラックであれば、シングルサーバーカートリッジ405台のサーバーが入ることになる。この実装密度や省エネ効果たるや実に大きい。サッカー場の広さや火力発電の消費電力を例示して、「日本のICTを変える!」と謳ってもよいと思う。発表会が終了した後は、私も興奮してスペックを書き連ねていた。

 しかし、冷静にレポート記事を書いてみると、いくつかの誤解に気がついた。確かに「すごいサーバー」なのだが、この製品はまだ進化の端緒についたばかりであることをきちんと理解しなければならないのだ。

 たとえば、サーバーカートリッジの第1弾は、Atomプロセッサーのみだ。確かに最大19Wと省電力面では圧倒的に優れているが、Atomプロセッサーでは用途が限定される(実際、ターゲットは専用ホスティングやWebのフロントエンドと明記されている)。今後はDSPやFPGA、GPUなどのチップを活用したアプリケーション特化型のカートリッジが登場することになるようだが、現状では用途に上がっていたデータ解析やシミュレーション、メディア配信のような重い処理は、実際は難しい。サポートOSに関しても、Ubuntsu、Redhat、SUSE などのLinuxとなっており、やはりサービスプロバイダーに特化した製品といえる。

 内部構造という点でも、やや疑問がある。HP Moonshotでは、カートリッジ形状のサーバーが内部のEthernetスイッチで接続される。つまり、I/Oは仮想化されているわけではなく、内部リンクも1Gbps。45台のサーバーとギガビットのLANがそのまま1筐体に入っているイメージだ。今後はサーバー間を直接接続する「クラスタファブリック」がリリースされる予定だが、現状は複数サーバーを活用したい場合はアプリケーション側で工夫しなければならない。つまり、HP Moonshotは物理サーバーの集約にポイントを絞っており、複数サーバーの分散/並列処理をハードウェア面で意識しているわけではない。個人的には、もう少し洗練されたブレードサーバーの技術を盛り込んでもよいのでは?と思える。

HPがこれを作ることに意味がある

 ITプラットフォーム業界に明るい人であれば、このマイクロサーバーの分野では、AMD傘下のSeaMicroという先駆者がいるのはご存じの通りだ。今から3年も前にリリースされたSeaMicroの「SM10000」は、10Uの筐体にAtomプロセッサーを512個搭載できる。2012年にはXeon搭載機、2013年にはOpteron搭載機を投入しており、処理能力でも不足はない。

初代の「SM10000」

 省エネ・省スペースだけでなく、SeaMicroは機能面でも先進的だ。サーバー間の接続は最短パスをとれるよう仮想化されており、しかも1.2Tbpsの高速なファブリックを採用している。また、サーバーがスイッチではなく、ロードバランサーを介して接続されているため、アイドルなサーバーに処理を振り分けることもできる。使っていないサーバーを自動的に停止させ、電力消費をおさえる機能まで持っている。

 正直、これでは「優等生の成績を引き合いに出して、ほかの生徒に奮起を促している」だけに聞こえるかもしれない。しかし、重要なのはここまで先進的でありながら、SeaMicroがなぜメインストリームになり得なかったかという点だ。実はここにHP Moonshotの真の存在意義がある。

 現状のマイクロサーバーは、ブレードサーバー勃興当時を思い出させる。思い起こせば、草分けであるRLXテクノロジーズを買収し、ブレードサーバーを1つの市場にまで拡大させたのは、HPの功績といえる。先進的な技術をコモディティ化させ、セールスやマーケティングの施策でパートナーやユーザーに製品を認知させ、機能に磨きをかけ、市場を切り開く。こうした役割を担えるベンダーは、グローバルでも数が限られている。

 こうした観点で見ると、HP Moonshotの美点は、高密度実装や省電力よりも、むしろラックでの集積を意識した4.3Uというシャーシの高さだったり、サーバーやスイッチまで含めて1220万円という価格だと思う。ニッチ市場ではなく、より汎用用途の市場を目指している製品なのだ。その点、SeaMicroはなんといっても10Uだし、価格も2000万円を超える。

 誤解しないでほしい。私は決して生まれたばかりのマイクロサーバーの“始祖”にケチをつけているわけではない。「Flex Fabricのようなブレードサーバーの技術が移植されたら?」「同社のSDNが内部ネットワークに盛り込まれたら?」「超高速なフラッシュストレージと統合したら?」など、妄想のネタに事欠かないこのHP Moonshotに、私は心から萌えているのだ。

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筆者紹介:大谷イビサ

 

ASCII.jpのTECH・ビジネス担当。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、日々新しい技術や製品の情報を追う。読んで楽しい記事、それなりの広告収入、クライアント満足度の3つを満たすIT媒体の在り方について、頭を悩ませている。


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