久々のGPU黒歴史13回目は、またもやDOS時代からの古いユーザーにはおなじみ、Tseng Labs社の「ET6300」をご紹介したい。「え? ET6300なんてあったっけ?」という方が大半だと思うのだが、実はしっかりあったりする。とはいえ、Tseng Labs(ツェン ラボ)そのものをご存じない方も多いと思うので、まずはこのあたりから始めよう。
1983年に創業
最初の製品はOEM先にキャンセルされたUltraPak
Tseng Labsは、Jack N.H Tsengが1983年に創業したグラフィック関連メーカーである。最初の製品は「UltraPak」とよばれるもので、132桁×44行のテキスト表示を含むグラフィックカードで、さらにI/OやEMS方式の拡張メモリーともなるという欲張った製品だった。このカード、本来はIBM-PC上で動くCP/M環境向け(おそらくCP/M-86向けだと思われるがすでに詳細不明)にOEM製品として提供予定だったが、発売元のキャンセルを食らったため、UltraPakという名称で自社による販売を始めたものだ。
UltraPakはコンシューマー向けはともかく、業務用の端末向けに随分売れたそうだ。これからグラフィック以外の機能を抜いて、カードのサイズも小さくしたのが「UltraPak Short」で、これは台湾DFI社が「MG-150」という名称でMDA/HGC互換カード※1として1984年に販売した。このUltraPak Shortが後に、「ET1000」という名称になる。
※1 MDAは「Monochrome Display Adapter」、HGCは「Hercules Graphics Card」の略。どちらもモノクロのグラフィックスカード。
このUltraPak Shortに、EGA上位互換(VGA同様の640×480ドット表示機能も搭載されていた)のカラー表示機能を追加したのが「UltraPak Color」で、これは最終的に「ET2000」として、1985年に発売される。この2年後となる1987年、今度はVGAの互換カードである「ET3000」が発表される。ET3000はET1000/ET2000との下位互換性を保ちつつ、さらにSVGAとして認識されるようになる1024×768ドット/256色表示をサポートした製品で、多くのベンダーがこれを搭載したビデオカードをリリースした。
ゲームが速いET4000で大ブレイク
これに続いて1989年にリリースされた製品が、同社の名を大きく広めた「ET4000」である。機能的な面で言えば、ET4000はET3000に若干の画面表示モードを追加した程度であった。最大1028×1024ドットの表示や、解像度を落とした場合に3万2000色または6万5000色の表示が可能になり、XGAやSVGAに加えてIBMの「8514/A」互換表示モードも搭載した。また、表示のリフレッシュレートは最大120Hzまで可能であったが、この当時はまだRAMDACがグラフィックスチップとは別の外付けだったから、実際にはこれを上回るリフレッシュレートを設定することもできた。
だが、こうした機能はほかのグラフィックベンダーも搭載していたから、絶対的な差ではなかった。では何が差になったかといえば、ただ一言「性能」である。とにかくET4000は、フレームバッファに対するアクセスが高速だった。DOSレベルでのアクセラレーション機能はそれほど充実していたわけではない。だが、アクセラレーションを使わずにベタで描画するときの速度が、とにかく速いというのがET4000の比類なき特長であった。描画速度を比較した場合、数年後に出た「Matrox Millenium」ですら、アクセラレーションなしではET4000と互角かやや遅い程度でしかない、というあたりからも、そのスピードがわかろうというものだ。この当時のグラフィックスカード市場は、4分の1程度をET4000が占めたという数字もある。
ET4000はまた、「何でも使える」という特徴があった。当初はISAバス製品がほとんどだったが、後追いの形でEISAやMCA(MicroChannel)、VL-Busなどにも採用された。それどころか、チップセットメーカーであるOPTi社が独自に開発した「OLB」(OPTi Local Bus)に対応した唯一のグラフィックスチップでもあり、秋葉原のパーツショップ店頭で、DOS時代のベンチマーク「3DBench」が50fpsで動く、なんてデモが披露されていたのを記憶している※2。
※2 搭載チップはET4000ではなく、後述のET4000W32だったかもしれない。
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