二分されていく日本の「定額聴き放題」
実はこのNsenを使いたいがために、私は初めてニコニコ動画のプレミアム会員になった。つまり私にとって実質的に月額525円の定額聴き放題サービスなのだ。
Nsenとほぼ同時期に、KDDIが定額聴き放題の音楽配信サービス「LISMO unlimited」(月額1480円)をiOS向けに開始した。もちろん試してみたし、素晴らしい音楽はたくさん聴けるのだが、どうもNsenに比べると何かが足りない。それは他のリスナーやクリエイターとの関係性がまったくイメージできない点なのだと思う。
つまり、あべちゃんの言葉を借りれば「場」がないのである。
定額課金サービスは、ネット時代における音楽産業再生の切り札として言われてきたし、今でも期待する向きは多い。実際ヨーロッパではSpotifyが人気だといい、先のLISMO unlimitedも、台湾で成功を収めた定額聴き放題サービスのKKBOXを、KDDIが傘下に収めて始めたサービスだ。
しかし、どこがやるにしても既に手遅れで、もう日本でこのタイプのサービスははやらないんじゃないかと前から思っていた。それはニコニコ動画があるからだ。
国内初の定額聴き放題サービスは、2006年末にサービスインしたNapsterだったが、結局一度も主流になれずにサービスを終えた。一方、ほぼ同時期に立ち上がったニコニコ動画は、動画サイトとしてはおそらく世界で初めて黒字化を達成。音楽配信サービスが動画サイトにつぶされたわけではないが、少なくとも国内のコアなネットユーザーの関心事にはならなかったのである。
もしかしたら日本のネットユーザーは、他者から与えられる消費よりも、新しい場を作り、そこから生まれるものを選んだのではないか。そういった事実を裏付けるデータは一切ないが、少なくとも私がネットで音楽をあさりはじめたのはそういう理由からだ。
そんな話を業界の方々にしてみても、素人とプロの音楽を同じレベルで考えるなんてバカバカしい、と大抵は相手にもされないのだが、プロの音楽だけを尺度に語るのもいい加減に時代遅れだろうと私は思っている。組織的に生産管理をし、数字で実態が把握できる商業音楽に対して、どこからともなくワラワラと湧いてきた音楽はいびつで劣るというわけだが、むしろ音楽というのは本質的にどこからともなくワラワラと湧いてくるものだ。
ワラワラ湧いてきた音楽をダラダラ聴けるのがNsenだとすれば、私はやはりこちらの方が面白いと思う。
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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