写真提供 CPU World
CPU黒歴史編の3回目は、インテルのRISC CPUである「i860」を取り上げたい。型番が同じ“860”なので、Xeon向けにデュアルプロセッサー構成をサポートしたDirect RDRAM対応のチップセット「Intel 860」などと間違えやすいが、まったく別の製品である。
CISC vs RISC論争華やかなりし頃
インテルが作ったRISC CPU
i860について解説するには、前回紹介した「iAPX 432」の失敗が明らかになりつつあった、1980年初頭の状況から始める必要がある。当時のCPU市場は、RISCプロセッサーが台頭してきた時期に当たる。
当時はスタンフォード大学で「MIPS」プロジェクトが開始された頃。1984年にはMIPS Computer Systems社が設立されて、1985年に最初のCPU「R2000」が登場する。同じ1985年には、Sun Microsystemsが最初の「SPARC」チップを開発したほか※1、IBMは1981年に「ROMP」(Research Office Products Division Micro Processor)を完成させるなど、いわゆる「CISC vs RISC論争」が活発だった時期でもある。
※1 商用向けに出荷されたSPARC V7ベースの製品は1987年登場。
おさらいしておくと、「RISC」とは「Reduced Instruction Set Computer」(縮小命令セットコンピューター)の略で、要するに命令セットを簡単にすることでCPUの内部構造を簡単にして、これにより高速動作をさせることで性能を引き上げようという考え方だ。代表例が、上で挙げたMIPSやSPARC、ROMPや、ROMPの技術を元に作られたPOWER/PowerPC系のアーキテクチャーのCPUである。
これと対比するのが「CISC」で、こちらは「Complex Instruction Set Computer」(複合命令セットコンピューター)の略である。代表例はインテルのx86やモトローラの「6800、68000」などで、命令数が非常に多いタイプのCPUである。前回取り上げたiAPX 432は、ある意味「CISCの頂点を極めたプロセッサー」とも言える。
今でこそ「CISC vs RISC」の優劣を論じる論争は無意味になっているが、この当時はそれなりの説得力があった。背景にあるのは、当時の半導体製造技術が今よりずっと劣っていたことだ。トランジスターの性能は低かったし、ダイに搭載できるトランジスターの数もずっと少なかったから、複雑な命令を扱えるようにするためには、ある程度性能を犠牲にせざるをえなかったからだ。
RISCは命令が簡単で、しかも命令にはいろいろ制約がある。例えば、ほとんどの命令はメモリーをアクセスできないので、メモリー内のデータにアクセスするためには、まずメモリーからレジスターへのロードを行なう必要がある。だが、これはコンパイラーがうまく対処すれば解決できる、という割り切りが背景にあった。
当時はインテルとしてもこうしたトレンドは無視できないものであり、ましてやiAPX 432が華々しく失敗したこともあるので、挽回する必要があった。そこでRISCの考え方を全面的に取り入れて、ゼロから新規に設計されたのがi860であった。

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