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企業・業界レポート 第2回

ASCII Research Interview Vol.1

コンテンツ消費の縮図「とらのあな」が考えていること

2008年12月01日 14時00分更新

文● 村山剛史(構成) 聞き手●アスキー総合研究所所長 遠藤 諭 撮影●吉田 武

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―― 秋葉原はこの10年ほどで、オタク向けのワンストップショッピングができる街になりましたが、「とらのあな」はその代表ともいえる店舗で、吉田さんが現在の潮流を作り出した張本人なのかもしれません。

 時代としても、'86年にアニメマニア向けにOVA(オリジナルビデオアニメ)が登場、また'80年代後半には音楽メディアの主役がLPからCDに移り、'90年代に入ると、パソコンソフトもフロッピーからCD-ROMに移行し始めました。コンテンツがパッケージ化/デジタル化されていく最初の時代といえます。

 ですが、そのアイデアをソフマップで実現するのは難しかったんでしょうか。

吉田 当時、ソフマップのソフトウェアに対する考え方は「あくまでハードウェアに付随したもの」だったので、OKの出るギリギリのラインがゲーム攻略本でした。ゲーム中のキャラクターをアイドル的に扱った設定資料集のようなものは、店頭には置けませんでした。

―― 1階を書籍コーナーにして毎月億単位の売り上げがあったザ・コン館でも、当時はアニメ関連本は扱っていなかったんでしょうか?

吉田 ザ・コン館にはなかったですね。『新世紀エヴァンゲリオン』のブームなどを経ることで、今ではさほど気にならなくなっていますが、あの頃はパソコン関連本に混じってアニメ絵の表紙が1冊でもあると棚のバランスが崩れたでしょうからね。それに、ザ・コン館には硬派な印象もありました。

 その手の本がパソコン書籍の棚に置けるようになったのは、『ときめきメモリアル』以降だと思います。

―― あのゲームのブレイクによって、女性キャラクターが好きだと公言する人が増えて、ある程度の市民権を得たということですね。

吉田 ですが、わたしを含めた秋葉原の人間から見ても、「あいつら変わってるな」「新しいタイプの人間が増えてきたな」という感じでしたよ。

あえて単価の安い「本」を商材に

―― 要するに、吉田社長が働いていた'80年代末から'90年代初頭のソフマップでは、キャラクターグッズの販売は実現不可能で、ましてや同人誌を置くなんて考えられなかったと。

吉田 わたしがソフマップに入ったのは、実は自分でものづくりがしたかった、ソフトハウスを立ち上げたくて、まずは販売の現場を勉強するべきだと思ったからです。

―― なるほど。実は、常々「虎の穴」という会社名は、どちらかといえば製造会社っぽい語感だなと思っていたので、合点がいきました。そもそも会社名の由来は?

吉田 秘密特訓場のイメージと、インディーズっぽい響きがいいなと思い、『タイガーマスク』に登場した秘密組織の名前からとりました。

神林ビル

秋葉原にいまもある神林ビル。ここの3階に、コミックとらのあなは初めて店舗を出店した。1階は当時と変わらずソフマップが店舗を構える。

―― そして、'94年に独立して秋葉原・神林ビルの3階に小さな店舗を構えることになるわけですが、最初は本に絞られた理由は?

吉田 当時の秋葉原は低単価の商品を敬遠していて、本を売る街ではありませんでした。わずかにガード下の小さなお店に専門書が並んでいる程度で、雑誌の面陳(表紙が見えるように並べること)なんて考えられませんでした。ですから、ラオックスさんがザ・コン館の1階を書籍売り場にしたのは、相当な決断だったろうと思います。

 とらのあなも、最初から本ありきではありませんでした。ですが、(周りがパソコン店だからといって)パソコンを置いても、他店との差別化にはなりません。秋葉原のお客さんは厳しいので、周りと同じことをしていては、パクリだと思われて見向きもしてくれません。何より資金が限られていたので、「安くてたくさん仕入れられるモノ」「予算内で極められるモノ」を探した結果が本でした。

―― 勝算はあったんですか?

吉田 私の師匠である阿佐ヶ谷の書店「ネオ書房」の店主に、「秋葉原でマンガを売りたい」と打ち明けたら、「秋葉原はいいよ!」と言われました。お金を使いに来る人がたくさんいる街だから、と。

―― 確かに、秋葉原は都内で最も消費金額が多いエリアという結果が出ていますね(C-NEWS/Yahoo! JAPAN調べ)。今もなお高価格帯の商品を売っていて、所得の多寡にかかわらず大きなお金を落としていく街ですからね。

吉田 マンガを買う層が集まるにもかかわらず、書店が進出していない空白地帯だったというのも、今考えると不思議なことです。

―― 面白いと思うのは、ソフマップは秋葉原をパソコン街に変えた風雲児的存在で、他の家電量販店と比べればフットワークが軽い会社だったはずにもかかわらず、オタク関連には敬遠して手を出さなかったところです。

吉田 やはり利益率の高いパソコンを扱っていたせいもあって、わざわざ利益率の低いものを扱う考えはなかったですね。『週刊少年ジャンプ』を売るなんて、とてもとても考えられなかった。同じような体積のパソコンゲームが、1万円近くで売れるわけですからね。当時はCD-ROMなどのメディアでさえ高く売れました。

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