ファイル共有に始まるマルチユーザーの歴史
Mac OS Xでは、当たり前のようにサポートしているマルチユーザー機能も、実は'99年に登場したOS 9からようやく導入されたものだった。パーソナルコンピューターが文字通り個人的なものなら、自分専用のマシンになぜユーザー名とパスワードを入力してログインしなければならないのか。それは大型コンピューターを多くのユーザーでシェアして使っていた時代の名残りではないのかと、いぶかしく思うユーザーがいても不思議ではない。実際にMacが登場した頃は、パソコンの「パーソナル」という特徴が強調されていた時代でもあり、マルチユーザー機能は、その必要性さえほとんど顧みられることがなかった。
しかし、いくらパーソナルなMacでも、ネットワーク機能を装備するようになると事情は変わってくる。1台のMacについて見れば、マルチユーザーをサポートするわけではない。ただし複数のMacが接続されたネットワーク環境で、ファイル共有機能によって他人のMacの中にあるファイルにアクセスするためには、ユーザーを識別し、どのユーザーにどこまでのアクセスを許すかといったアクセス権の情報を管理する必要が生じる。こうしてマルチユーザー機能が不可欠なものとなったのだ。
'91年に登場したSystem 7では、それ以前にはオプション機能として用意されていたAppleShareのファイル共有機能を標準装備した。コントロールパネルでそのMacの持ち主の名前とパスワード、ネットワーク上でのMacの名前などを設定したり、そのMacにアクセスを許可するユーザーを何人でも定義して、共有するフォルダーに対してユーザーごとにアクセス権を設定することなどが可能であった。こうした機能は、基本的な仕組みとしては現在に通じるものだ。
OS 9から使えるようになった「マルチユーザ」機能は、こうしたファイル共有機能から派生したものとは明らかに異なり、現在のマルチユーザー機能同様、ユーザーごとに独立した環境を提供する。OS 9の同機能では、ユーザーごとに使用許可するアプリケーションソフトを選択できたり、通常のFinderを簡略化して初心者にも使いやすくした「パネル」と呼ばれるインターフェースを用意するなど、なかなか手の込んだものとなっていた。さらに、音声によってログイン可能な「ボイスプリントパスワード」機能など、今のOS Xにもない意欲的な機能を搭載していた。
一方のWindowsでは、Windows 95までは、1台のマシンを複数のユーザーで共有するという意味のマルチユーザーの考え方はなかった。ただし、やはりネットワーク経由のファイル共有機能を利用するために、ネットワークにログインするためのユーザーという概念はあった。その後、Windows 98では1台を複数のユーザーで共有する機能を装備し、ユーザーごとに固有の「マイドキュメント」フォルダーを用意するようになる。ただし、マルチユーザー機能を使わない場合には、そのままログインせずに使えるなど、あいまいな部分も残されていた。XPからは現在のVistaにも通じるマルチユーザー機能を装備したが、ユーザーごとのフォルダーが格納される場所などについては、Vistaには引き継がれなかった。
(MacPeople 2008年5月号より転載)
筆者紹介─柴田文彦
MacPeopleをはじめとする各種コンピューター誌に、テクノロジーやプログラミング、ユーザビリティー関連の記事を寄稿するフリーライター。大手事務機器メーカーでの研究・開発職を経て1999年に独立。「Mac OS進化の系譜」(アスキー刊)、「レボリューション・イン・ザ・バレー」(オライリー・ジャパン刊)など著書・訳書も多い。また録音エンジニアとしても活動しており、バッハカンタータCDの制作にも携わっている。
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