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シリーズ3作目も大人気のアニメーション

“シュレック3”――そのCG制作の舞台裏をPDI/ドリームワークスの中谷氏に聞く

2007年07月01日 14時25分更新

文● 千葉英寿

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中谷 学氏
シュレックは本当に面白い。制作しながら思わず笑ってしまうこともしばしば、と語る中谷 学氏。「特に猫(長靴をはいた猫)の表情がかかわいい。ジンジャーブレッドマンとピノキオが好きですね」

全米初登場第1位、オープニング週末興行収入では全米歴代第3位を記録し、ヒットを続ける3D CGアニメ映画“シュレック3”が、6月30日に日本国内でも公開された。この“シュレック3”の制作に参加している米PDI/ドリームワークス(Dreamworks)社のクリエイター、中谷 学氏が忙しい制作スケジュールの合間を縫って一時帰国した。日本人クリエイターとして映画制作に加わっている中谷氏に、“シュレック3”の面白さとその舞台裏での制作裏話、それらを支えるテクノロジーについてお話をうかがった。

シュレック3を支える技術、そのポイントは3つ!

シュレックの主要キャラクター
シュレックの主要キャラクター。中央がシュレック。シュレックの肩に乗っているのが長靴をはいた猫。となりのイケメン(?)が新国王候補のアーサー。そしてロバのドンキー。ぜひ劇場で、細かく描かれた光と影の表現を確認してほしい Shrek the Third TM & (C) 2007 DreamWorks Animation LLC. All Rights Reserved.

ご周知の通り、映画“シュレック”は米ドリームワークス・アニメーション社(Dreamworks Animation SKG)による3D CGアニメーションで、すでに世界的に大きな成功を収めている。今回で3作目となる人気シリーズだ。前述の通り“シュレック3”は、米国では興行的にも順調で、日本での成功も大いに期待されている。ボイスアクト(声優陣)は、これまでのとおり、マイク・マイヤーズ(Mike Myers)、エディ・マーフィ(Eddie Murphy)、キャメロン・ディアス(Cameron Diaz)のゴールデントリオに加え、アントニオ・バンデラス(Antonio Banderas)やジュリー・アンドリュース(Julie Andrews)といったハリウッドの名優が演じている。日本語吹き替え版もこれまでどおり、浜田雅功、藤原紀香、山寺宏一らが担当し、作品を盛り上げている(敬称略)。

姫様が大集合
あちこちの物語から姫様が大集合。右からシンデレラ、白雪姫、ヒロインのフィオナ姫、髪長姫(ラプンツェル)、眠れる森の美女

最近は“パイレーツ・オブ・カリビアン”や“スパイダーマン”などの実写作品では、シリーズ作品がランクインすることも珍しくなくなったが、続編がすべてランクインしているアニメーションはこの“シュレック”シリーズのみだ。そこにはファミリーだけではなく、パロディやブラック・ジョーク満載のストーリーが一般の大人たちをも十分に惹きつけているからだろう。今回の“シュレック3”では、“新キャラクターのアーサーを新国王に迎えようとするシュレック一行と、いまだ王座を狙うチャーミング王子、さらに悪役一派とのドタバタお世継ぎ騒動”が描かれる。あいも変わらずおバカだけど、愛すべき怪物シュレックがどんなお楽しみを演じてくれるのだろうか。

中谷氏は、シュレックの楽しさの裏にはこれまでのアニメーションとは異なる、またそれを凌駕する技術として3つのポイントがあると語る。まず最初のポイントが“ライティング”。次に“火のエフェクト”。そして、“髪の毛とクロス”だ。



ライティングにこだわり抜いた作品作り

はじめにライティングが出てくるのは意外に感じるかもしれないが、実はシュレックはライティングに大変力を入れているという。今回、中谷氏は PDI/ドリームワークスを代表して作品について語ってくれているが、中谷氏の同社での役割は“シニアライター”。つまりライティングに関するクリエイターというわけだ。中谷氏は今回の“シュレック3”はライティングがとにかくきれい、と語る。

「グローバルイルミネーションを使ってライティングを行なっているですが、“シュレック2”に比べて使った割合が違います。“シュレック2”が1割なら今回の“シュレック3”は9割。何がここまで違ったかかというと、ハードウェアが速くなったことにあります。ひとつは複雑な計算ができるようになって、ソフトもだいぶ最適化されたこともあります。また、ライティングの環境の使い方自体がだいぶうまくなったこともあります。よりクリエイターがやりたいことができるようになったんです。ライティングに関してはどこよりもいいものができたと思います」

ステンドグラスの微妙な光に注目
ドンキーと猫のバックに落ちるステンドグラスの微妙な光に注目

日本のアニメには影を省略した手法があるなど、ライティングについて考え方が異なるようだ。中谷氏はこの点について、日本と米国の違いを指摘する。
「日本の場合、2DアニメからCGに来ている。一方、アメリカの場合はハリウッドからCGにきている。これは実写からCGにきていると言い換えた方が分りやすいかもしれません。ご存じのように、実写は常に光と影を重要視しています。また、ライティングでストーリーを伝えるという考えがあります。季節や雰囲気もライティングでだいぶ変わるんです」

中谷氏はドリームワークスのライティングに対するこだわりについて次のように語る。
「ドリームワークスはショットごとの映像を大変大事にしており、妥協はしません。一回でいいものができることはないんです。特にシュレックは、レンダリングの回数がそれだけ多く、ちょっと光が多かったらそれを消したり、変な影があればそれを消したりと手間をかけています。そして、この手間のかかる作業を行なうライティングのチームは、アニメーションのチームとほぼ同数のスタッフが担当しているのです。照明があるからこそいい絵ができます。そういう意味では、ライティングはきれいな絵が描ける人がやるべきではないかと思います」



●ハードウェアの進化がエフェクトの完成度を上げた

CGで炎の表現がここまでできている
アニメと実写では表現に対する考え方が違うのだが、CGで炎の表現がここまでできているのは驚きだ

2つめのポイントはエフェクト。中谷氏はとりわけ“”がよくなったとしている。火に関しては、日本での制作事情から言えば、フルCGで表現するより、実写を使った方がリアリティがあり、費用的にも現実的と考えるのが現状で大勢を占める。“シュレック3”の場合、制作費に余裕があるからできることなのだろうか?

「火はかなりきれいに表現できるようになりました。(流体をリアルに再現する)Fluidエフェクトの機能を使って処理しているのですが、これまでは(論理的には)できたとしても“もの凄い時間”がかかっていました。ところが今では“数分の一の時間”で処理が可能になっており、実用化できていると言えます。これもハードウェアのパフォーマンスがよくなったことで実際に映画制作に使うことができるようになりました。もちろん予算に余裕がないとできないこともありますが、このエフェクトに関しては、テストにかかる時間が圧縮できたことが大きいのです。レンダリングスピードがあがったことで、テストから戻ってくる時間が、これまでの1/3で済むようになりました。そのためこれまでより多くテストをすることができます。シミュレーションも複雑なことができて、完成度も高くなるというわけです」



●“CGのようにリアルな髪の流れ”を表現する難しさ

肩にかかる揺れる髪に注目
ぜひ、劇場で肩にかかる揺れる髪に注目したい眠れる森の美女

3つめのポイントが“ヘア”(髪の毛)、そして“クロス”(衣服)だ。この2つの機能向上で、髪の毛や衣服については、より自然な表現が可能になってきたと中谷氏は語る。
「前作、前々作から主役級のキャラクターの髪の毛については力を入れて作っていたのですが、ほかのキャラクターのクオリティーは決して高くありませんでした。今回はすべてのキャラクターの髪の毛を、これまでの主役級のそれ並みにしました。これまではすべてのキャラクターの服をきれいに見せるのが難しかったのですが、今回は群衆の人たちの服まですべてシュミレーションしています。時間との戦い中で、ここまで手をかけるのは、作業の枠に収まらなかったのが、今回はそれが可能になりました」

キャラクターの特徴を自然に表現する点でもこの2つの機能は活かされている。
眠れる森の美女の髪の毛は特に難しかったですね。CGで髪の毛を表現する場合、肩に髪の毛がかからないようにするのが常識です。これは肩のコリジョン(肩の形を反映した髪の緩やかな流れ)を作るのが難しいからです。ロープのように1本だけのっているのであれば、それほど難しくはないのですが、髪がやわらかくファサ~ッと肩にかかっている場合、どの髪がどっちに落ちるかをリアルに表現するのがとても難しいのです。論理的には分っても、実際にこれを表現するのはこれまではできなかったことでした」

魔法使いマーリン
立派な白髭がトレードマークの魔法使いマーリン

ヘアとクロスの合わせ技でより自然な表現を実現しているキャラクターもある。魔法使いのマーリンというキャラクターが出てくるが、彼の風貌をヘアとクロスが実現している。
「マーリンは、ダボッとした服に長い見事な髭がアゴからお腹あたりにかけて下がっています。まず、これまで体のラインに沿ったクロスを作ることはできましたが、体のラインに関係ないダボダボした服を描くのは苦手でした。今回、シンプルなラインの服、さらにその服に沿うようにかかった髭を自然な感じで表現することができました」

これ以外にも、ずぶぬれになったドンキーの毛の濡れた感じや、王座を狙うチャーミング王子の“キモいサラサラヘア”も、よりグレードアップしている。



作業時間が半分になれば、もっと複雑なことに挑戦できる

中谷氏は、これまで紹介してきた機能を実現する上で、パソコンのパワーによるところが大きいと繰り返している。今回、“シュレック3”の制作においては、AMD Opteronデュアルコアプロセッサーを搭載した『HP ProLiant(プロライアント) DL145』サーバーや、『HP xw9300』ワークステーションを使用しており、強力な作業環境で制作を行なった。では実際のところ、体感的にはどの程度よくなったと感じているのだろう?

「以前と比べて、ライティングのシーンで処理が重くなることがなくなりました。これまでは軽いキャラクターだけを出していたのが、“シュレック3”では複雑なシーンを表示しても問題なく動作します。特にデュアルコアプロセッサーなので、2つのシーンを同時に表示して比較でき、複雑なシーンでも確認できます。複数のことが同時にできるので、その分仕事が早くなるのです」

ピノキオとジンジャーブレッドマン
中谷氏もお気に入りというピノキオ(手前)とジンジャーブレッドマン(右)

また、“シュレック”と“シュレック3”を比較した場合、3倍のレンダリングスピードになったという数値が紹介されている。しかし、中谷氏はこれはあくまで数値にすぎないと語る。
「これは個人的な感想ですが、3倍どころではないと感じています。動作が速くなることでもっと複雑なことができるようになります。2000万時間のレンダリング時間が、作業スピードが速くなったから、1000万時間になるという事ではないと思います。速くなった分、複雑なことをするようになるのです」

パソコンの性能の向上によって、生まれるメリットは作業効率化だけではないと中谷氏は指摘する。
「例えば、どれだけソフトウェアが進化しても、人が見慣れているものをCGで描くことが難しいのは変わりありません。中でも顔は難しい。最近では微妙な表情も表現できるようになっており、顔の表情に関してはどんどんよくなっているのは事実です。しかし、それだけリアルになっても、顔だけはごまかしが効かないのです。よりいいものに近づけるには、やはり何度もシュミレーションを行なう必要があるのです」



若手クリエイターへのアドバイス

昨今の日本人クリエイターに対する期待は、世界的に見ても高まっていると言える。しかし、言葉の問題などいくつかの課題から、日本人クリエイターが海外の制作スタッフの一員として活躍している姿はまだまだ例は数少ないものだ。そうした中、中谷氏はどういった経緯からPDI/ドリームワークスに籍を置いているのだろう。

中谷 学氏

中谷氏は、PDI/ドリームワークス以前は、(株)セガにおいてゲーム制作の仕事に就いていたという。ステージとエフェクトを担当し、モデリングとサーフェシング、エフェクトの仕事を主にやっていた。ところがPDIではこれらは別々のスタッフが担当しており、面接の際にサーフェシングかライティングを選択することになり、まったく経験したことのない分野ではあったものの、最も絵を描くことに近いライティングを選んだという。

中谷氏のようにハリウッドのスタジオで活躍するにはどういった事が日本人クリエイターには必要なのだろう? 中谷氏は次のようにアドバイスする。
「いまや使うツールは変わらず、ハードウェアもそれほど変わりません。だいたいがみんな同じような環境にいると思います。ハリウッドに出るには、単純にいい作品を創ることです。ほとんどの会社が3年以上の経験が必要なのですが、手っ取り早いのは自分で“デモリール”(デモ作品)を作って見てもらうのです。それには欲張ったものではなく、15秒でいいからとことんクオリティを高いものを作る。もうひとつは、コンテストに応募することです。四コママンガのように、短くて清潔で、できるだけ小さな世界で自分の語りたいことが表現された、インパクトのある作品が必要です」

さらに中谷氏は「ハリウッドにはいろんなスタジオがあります。大きなスタジオを目指すなら得意分野を作るべきで、自分の専門分野をとことん極めることです。“なんでもできる”という人がいますが、“なんにもできない”と同じだと思います」としている。さらに、心構えが必要だと語る。
「僕はセガではそれなりにいいポジションにいました。ところが、新しいことをはじめるにあたって、一からやりなおすことになりました。いま一度、今までの自分を捨てる勇気が必要だと思います。もし、それがほんとにやりたいことなら、一度、一からやりなおすのです。うまければ必ず評価されますから。ぜひ、頑張ってほしいですね」

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