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松岡美樹の“ネットメディアの心理学” 第4回

ブログを炎上させる感情とホンネ

2007年04月19日 17時00分更新

文● 松岡美樹、イラスト●さとうゆり

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タバコの話題がコメント欄に飛び火


 ところがその記事のコメント欄のほうはといえば、残念ながらそうはいかなかった。投稿者が喫煙派と嫌煙派の二手に分かれ、感情的なレスの応酬になってしまった。ブログのコメント欄は往々にして生産的な議論にならないことが多いが、その典型みたいな有様である。

 禁煙をネタに何か有意義な議論をするとしたら、まずひとつ考えられるのは、「どうすれば分煙を社会規模でうまく実現できるか?」だろう。例えば、このお題で具体的、かつロジカルに議論すれば、結論なんぞはすぐ出ないまでも何かの足しにはなる。

 ところがコメント欄の書き手の多くは、そんなことは考えていない。ある投稿者が、「タバコネタのコメント欄は必ずと言っていいほど、喫煙者と嫌煙家の罵り合いになりますね」と書いていたが、まったくその通りである。

 「どんな書き方をすれば、相手により多くの損害を与えられるか?」「敵をへこませ、傷つけるにはどう書けばいいのか?」。そんな目的で書いているとしか思えないコメントがやたらに目立った。

 喫煙者と嫌煙者がどう共存するか? を考えるのではなく、たがいに相手を滅ぼそうとしているわけだ。



本音がポロりのコメント欄


 喫煙者は、本音では「自由に吸わせろ」と思っている。思っていながら嫌煙者に配慮し、公式には言動を取りつくろおうとする。

 かたや嫌煙者も、「煙が私にふりかかりさえしなければ、あなたが1人でいくら吸おうが自由なのです」(つまり分煙だ)などと言いながら、本音では「喫煙者はこの世から消えてなくなってほしい」と思っている。

 この双方の本音が出るのが、ブログのコメント欄なのだ。感情に支配され、理性を失った人間は本音を出す。タバコ問題に限らず、これがブログ炎上のメカニズムのひとつである。

 とすれば炎上を避け、生産的な議論をするために必要なのは、自分の体験感情を分けて考えることだ。

 自分はマナーの悪い喫煙者として非難された。あるいは、吸わない自分はこんなひどい被害を受けた──。

 これらの「体験」は、議論するための貴重な材料である。使わない法はない。ただし、それらの「体験」に伴って湧き出してくる不快な「感情」は、あくまで切り離して語る必要がある。

 ブログを炎上させず、有意義な議論をするコツは、自分の感情をどこまでコントロールできるか? なのである。

松岡美樹(まつおかみき)

新聞、出版社を経てフリーランスのライター。ブロードバンド・ニュースサイトの“RBB TODAY”や、アスキーなどに連載・寄稿している。著書に『ニッポンの挑戦 インターネットの夜明け』(RBB PRESS/オーム社)などがある。

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