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MCコジマのカルチャー編集後記 第298回

日本シリーズのエラー 泣いたのは、その瞬間ではない

2017年10月31日 08時00分更新

文● モーダル小嶋/ASCII

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失敗を取り返せるとは限らない

 みなさんは、失敗をしたことがあるでしょうか。それもイージーミスではなくて、大きな、やってはいけないレベルの失敗を。

 10月29日、プロ野球日本シリーズの第2戦。福岡ソフトバンクホークスが横浜DeNAベイスターズに勝利しました。この試合で、筆者が思わず目に涙を浮かべた場面がありました。

 7回裏、ワンアウト一塁の場面。今宮健太選手が放った打球はセカンド方面に転がり、二塁手の柴田竜拓選手がなんとか処理。二塁に入った倉本寿彦選手へ送球しました。しかし、倉本選手は捕球できず、オールセーフ。そのあと、中村晃選手のタイムリーで逆転されてしまいます。

 多くの人が、この倉本選手のエラーを痛恨のミスとしていました。しかし、胸が張り裂けそうになったのは、その後の展開。8回表、9回表の攻撃で、ベイスターズは1点も入れることができなかった。そして、何より、打順のめぐり合わせがあったにしても……倉本選手に打席が回ってこなかったのです。失敗したことを一番悔やんでいるであろう人が、バッターボックスに立てなかった。

 グラウンド上で起きたミスは、プレーでしか取り返せません。ミスは取り消せない。だから、自分の力で流れを取り戻したかったはず。ところが、それすらできずに試合は終わってしまった。

 自分に打席が回ってくるかもしれないと、ベンチでバットを握っていた倉本選手の気持ちを、それでも回ってこなかったときの気持ちを想像したとき、筆者の目は濡れていました。

現実は非情すぎる、でも……

 プロの厳しさといえばそれまででしょう。フィクションのように、都合よく名誉挽回のチャンスは訪れないのが勝負の世界。しかし、せめて、機会だけは回ってきてほしかったと思うのです。凡退するにしても、自分のミスを取り返すきっかけがあれば……。でも、野球の神様はそれさえも与えてくれなかった。現実は非情です。非情にすぎるかもしれない。

 ペナントレースという「負けても明日がある」という戦い(これはこれで、また、残酷な面もあるのですが)に明け暮れていた選手たちにとって、負ければすべてが終わってしまう日本シリーズは、プロ野球の最大の晴れ舞台であると同時に、おそらくもっとも緊張するであろう試合。

 そこでミスをした瞬間の悔しさ、悲しみは、想像を絶するという言い方ですら生ぬるいかもしれない。日本シリーズ第1戦で敗戦投手になった井納翔一選手は「申し訳ないではすまされない」とコメントしたそうです。

 選手の失敗を、そしてベイスターズの敗戦を、自分はまったく責める気になれません。ファンの前で、チームの中で、責任を感じ、次に向かって切り替えようと必死になっている人の心情を思うと……いや、筆者が想像できるレベルの感情など、たかがしれているはずです。

 だから、プロスポーツの試合は胸を打つのかもしれません。華麗なプレーだけでなく、目を背けたくなるような場面も、どうしてこんな理不尽なんだと嘆きたくなる状況も、まざまざと見せてくれる。すべてがうまくいくわけでもなく、勝利も敗北もめぐってくる、人生の喜怒哀楽を見せてくれる。さまざまな積み重ねの上にも、何も生まれないかもしれない。しかし、その非情さゆえに、何かを成し遂げたときの輝きは増すように思える。

 応援しているだけの自分でも、時にスポーツの世界に己を重ね合わせるときがある。良いときも悪いときもある。結果がどちらであれ、前を向いて勝負の世界に立ち続けなくてはいけない。その事実を目の当たりにすると、失敗や落胆を抱えている自分も、もう少しだけがんばらないと……と思ったりもします。

 29日の日本シリーズでも、「失敗を取り返せるとは限らない」という、悔しく辛い現実がありました。でも、人生は、そういうものかもしれません。誰もが失敗することがある。それは大きなミスで、取り返しがつかないかもしれない。さらに、それを取り返せる機会は一生めぐってこないかもしれない。では、何をすれば良いのだろう。自分とは縁遠い世界を見て、そんなことを考えたりする。

 何千万円、何億円という年俸のプロ野球選手と、自分の環境を並べることに、おこがましさを感じないかといえば、もちろんウソになる。また、自分が応援しているチームや選手が勝ったとしても、自分が何かを成し遂げたわけでもない。

 ただ、ファンを一喜一憂させるエンターテイメントの世界には、毎日の暮らしの中で、ささやかに元気づけられたり、辛いことを忘れさせてくれたりする、何かがある。時には胸が痛む光景も、見せて“もらえる”。そういう経験が得られることに感謝しつつ、今日も贔屓のチームの試合を応援しようと思います。

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