科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第130回
【JSTnews10月号掲載】イノベ見て歩き/大学発新産業創出基金事業 ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム(D-Global)「ナノ粒子を用いた新規構造色インク・塗料の開発及び事業化推進」
1つのありふれた材料から生まれたナノテクノロジーが化粧品から宇宙産業にまで
2026年10月21日 12時00分更新
社会実装につながる研究開発現場を紹介する「イノベ見て歩き」。第34回は、色素を使わずナノサイズのシリコン粒子だけで鮮やかに発色し、半永久的に退色しない「構造色インク」を開発している、神戸大学大学院工学研究科の杉本泰准教授に話を聞いた。スタートアップの設立やドイツの研究機関との連携など、破竹の勢いで社会実装とグローバル展開を進めている。
特定の波長の光を強く散乱
見る角度による色の変化なし
六甲山の稜線(りょうせん)を間近に臨む神戸大学六甲台第2キャンパス。この場所で、構造色インクをはじめとする最先端のナノフォトニクス研究に取り組む杉本泰准教授を訪ねた。
かつて芸術家たちは鮮やかな色を追い求め、自ら植物から色素を抽出して絵の具を作った。しかし名画も時の流れにはあらがえない。一般的な色素は、紫外線や熱、化学反応などによって時間とともに劣化し、どうしても色あせてしまう。退色という課題に、杉本さんは全く新しいアプローチで挑む。色素を使わずに、ナノ粒子の光の性質を利用して半永久的に色を保ち続ける「構造色インク」を開発した。
誰しもシャボン玉や玉虫を見たことはあるだろう。あの不思議な色こそが構造色で、表面の微細構造や薄膜によって光が干渉し、美しい輝きを生む。構造色は色素に依存しないため、その構造が壊れない限り退色することはないが、「玉虫色」という言葉があるように、見る角度によって色が変わってしまう。しかし、杉本さんが開発した構造色インクはナノサイズのケイ素を使っており、見る角度による色の変化が極めて小さい。
ケイ素、すなわちシリコンは地球の地殻で2番目に多く含まれる元素だ。安定して入手でき、ヒトへの安全性も非常に高い。また、屈折率が非常に高く、入ってきた光の波長を約4分の1に圧縮する特性を持つ。シリコン内に取り込まれた光の波長とシリコンの粒径が同程度だと、特定の波長の光を強く散乱させる現象が起こる。これを「Mie(ミー)共鳴」といい、例えば、粒径が100nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)のシリコンに400nmの光を照射すると、光の波長は100nmに圧縮され、粒径と一致するためにMie共鳴が起き、その波長の光が強く散乱する(図1)。
まず一酸化ケイ素を約1500℃で熱分解して得られたシリコンで非常にゆがみの少ない真球を作り、密度勾配遠心法を用いて大きさを精密に分ける。この製造法は杉本さんの特許技術だ。サイズのそろったシリコンナノ粒子は、Mie共鳴によって粒径に応じた色を示す。また整った球体であるため、どの角度から光が当たっても光が透過する距離=直径と全て等しくなる。そのため玉虫のように見る角度によって色が変わることはない(図2)。
図2 構造色インクと、それらで塗装したミニカー模型。赤~黄色はインクの見た目と塗装色が近いが、青~紫色は大きく異なる。「特に紫は多重散乱するとピンクになるようで、とても興味深く、今後の研究テーマです」(杉本さん)。
市販のプリンターで印刷可能
反射光と透過光で異なる色
ナノ粒子は凝集しやすく、凝集すると本来の鮮やかな発色が得られなくなる。そこで杉本さんは、シリコンの表面を透明な二酸化シリコンで覆い、粒子を分散させて水性アクリル樹脂に混ぜた。ナノサイズの粒子はプリンターのノズルを詰まらせないので、市販のインクジェットプリンターでそのまま利用でき、わずか一層で鮮やかなカラー印刷に成功した(図3(a))。ナノ粒子のサイズと濃度を変えると、インクの色が変わり、しかも反射光と透過光でまったく異なる色になる。透明なフィルムにクジャクの絵を印刷して(図3(b))スマートフォンの上に置くと、画面がオフの状態ではクジャクの絵柄がはっきりと見える(図3(c))。一方で、画面がオンの状態では下からの光が透過するため、絵柄がほぼ見えなくなる(図3(d))。この特性を生かして、パスポートや紙幣などの偽造防止技術や情報表示デバイスへの応用が期待されている。
図3 構造色インクでフィルムに印刷したクジャク。(a)シリコンナノ粒子の直径と濃度をわずかに変えるだけで色が変わる。(b)~(d)異なる反射色と透過色を持ち、光を当てる方向や強さで印刷物を消すことも可能だ。
量産化へスタートアップ設立
化粧品・航空宇宙で反響や期待
革新的な研究を見いだし支援するベンチャーキャピタル「ANRI(アンリ)」(東京都港区)で当時客員起業家(Entrepreneur in Residence:EIR)だった亀田孝裕さんとの出会いと、JSTのディープテック・スタートアップ国際展開プログラム(D-Global)への採択が、構造色インクの社会実装や海外への展開を加速させている。
課題は量産化だった。研究室では企業が求めるほど大量のシリコンナノ粒子を作れない。そこで、杉本さんらは2026年2月にNanoResonance(ナノレゾナンス)(兵庫県神戸市)を設立、亀田さんが最高経営責任者、杉本さんは最高科学責任者に就任した。スタートアップを後押しするD-Globalの追加支援も活用し、塗料の技術者など各方面に知見を持つ強力なメンバーを集め、適材適所のチーム力で事業を進める。杉本さんは、「私自身の役割はコア技術の発展と、科学的根拠に基づいて製品開発の方向性を示すことにあります」と話す。
一見、華々しい成功のように見える現状についても「何十年も前の先輩方が脈々と研究室で積み上げてきた、地道な基礎研究がもたらしてくれたものです」と感謝の姿勢を崩さない。研究室運営で大切にしているのは「一人一人の能力を最大限に引き出す組織づくり」だ。30人以上いる学生全員の研究内容だけでなく、悩みや課題も把握し、コミュニケーションを密に取っている。企業での勤務経験がある恩師・藤井稔教授の存在も大きい。「特許を取っておくように、という的確なアドバイスには本当に助けられました」と杉本さんは振り返る。
発色するシリコンナノ粒子は産業界から注目されている。意外なところでは化粧品メーカーの反響が大きい。「ナノ粒子は全波長の光を反射するため、日焼け止め効果があります。安全であるだけでなく、ひと塗りで美しく発色するため、つけ心地も非常に軽い。私たちの技術から、次世代の日焼け止めやファンデーションが生まれるかもしれません」と杉本さんは語る。
航空宇宙分野では、1㎡あたりわずか0.3~0.5gで塗布できる「軽い・薄い・強い」構造色インクが、航空機の燃費向上につながり、ひいては温室効果ガスの削減をもたらすと強く期待されている。2026年5月、神戸大学はドイツの素材・材料に関する研究機関「ECOMAT(エコマット)」との連携協定を締結した。
シリコンという身近な素材から生まれたナノテクノロジーが、世界の景色を大きく塗り替えていく。杉本さんたちの挑戦から目が離せない。
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