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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第123回

【JSTnews9月号掲載】イノベ見て歩き/地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「地震直後におけるリマ首都圏インフラ被災程度の予測・観測のための統合型エキスパートシステムの開発」

地震時の被害を即時に把握し予測するシステムを、地震多発国ペルーと共同研究

2026年09月18日 12時00分更新

文● 島田祥輔 写真● 島本絵梨佳

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楠 浩一。東京大学 地震研究所 教授。2020~26年 SATREPS研究代表者。

 社会実装につながる研究開発現場を紹介する「イノベ見て歩き」。第33回は、地震多発国であるペルーとの国際共同研究で、地震発生直後の初動対応支援を目的とした、地震や津波による被害をセンサーで即時に把握するシステムを開発した東京大学地震研究所の楠浩一教授を訪ねた。建物や道路、水道の被害をいち早くつかむことで、地震発生直後の対応や早期復旧に役立つと期待されている。ペルーではすでに防災訓練で活用され、日本の地震や津波の対策にもつながる成果だ。

デジタル技術で情報を統合し
行政の初期対応をサポート

 東京大学弥生キャンパス(東京都文京区)のグラウンドと野球場に囲まれた場所に位置する地震研究所。1923年9月1日に発生した関東大震災を機に25年に設立され、100年以上の歴史を持つ。この地震研究所で、ペルーの大学や研究所、政府と国際共同研究を進めているのが楠浩一教授だ。

 日本と同じく、遠く離れた南米ペルーも地震や津波による被害が後を絶たない。1986年にペルー国立工科大学内に設立された日本・ペルー地震防災センター(CISMID(シスミド))などを通じて、日本とペルーは都市防災計画や防災技術の研究・普及活動を長年続けている。CISMIDのカルロス・サバラ教授と共に、楠さんはJSTのSATREPSの中で、センサー技術を活用してペルー・リマ市の被害状況を自動判定するためのシステム「SEIDAS(セイダス)」を開発した。SEIDASは、単に地震の揺れを感知したり津波被害を予測したりするだけでなく、建物や下水道、道路などの被害を把握し、行政が取るべき対応の判断をサポートする。楠さんは、「災害が発生した直後にやるべきことは『どれくらいの規模の災害で、どこで被害が出ているか』を瞬時に把握し、初動対応に当たることです」と話す。

 災害発生直後はあらゆる現場が混乱し、被害に関する情報が分散しがちである。この状況をデジタル化で克服し、情報を統合することがプロジェクトの到達点の1つだ。「防災分野はデジタル化が遅れていました。災害時は電源やネットが使えない状況になるため、アナログ技術による確実性を重視すべしという認識が長く続いていたからです。しかし現在は電源やネットの復旧も早くなり、今こそデジタル技術を使った災害対応システムを作るべきと考えました」と、研究開発を始めた理由を振り返る。

 SEIDASは、被害発生時の実態把握だけでなく、シミュレーションを用いた防災訓練にも活用できる。地震の規模を示すマグニチュードの値を入力すると、津波による浸水エリア、建物の倒壊リスク、道路や水道の損傷リスクがマップ上に表示される(図1)。エリアごとのレポートでは、水道復旧までにかかる予想日数も掲載される。これらの情報を日々の防災訓練に取り入れることができるのだ。

図1 SEIDASの画面。マグニチュード8.54の地震が発生した際の建物の被害(左)と津波による死傷者(右)の推定。マグニチュードの数値や震源地を設定することでシミュレーションが可能だ。

倒壊リスク算出し初動迅速に
AIによる損傷評価も開発中

 ペルーとの国際共同研究は4つの研究題目から構成されている(図2)。このうち、楠さんは研究題目2の中の建物を対象にする研究グループのリーダーを務めた。

 日本も含め、建物の被災状況を把握するためには調査員が現地に赴き、目視で確認している。これに対して楠さんが考えた方法は、建物に加速度センサー(図3)を設置してネットに接続し、地震発生直後の建物の揺れや変形、倒壊リスクを即時に把握するというものだ。ポイントは、地震発生時にゼロからデータを計算するのではなく、事前に計算・蓄積しておいた膨大な被害パターンと、実際にセンサーが検出した揺れのデータを照らし合わせる点にある。こうして瞬時に倒壊リスクを予測し、迅速な初動対応の検討材料にできるのだ。

 揺れを検知するためのセンサーは「多くても4~5台置くだけで十分です」と、楠さんは簡便さを強調する。「しばしば『建物の図面は必要なのか、あらかじめコンピューターの中に建物のモデルを作らないといけないのか』と質問されるのですが、それらは不要です。センサーを水平に設置して建物内のセンサー全てが同期していれば、地震による建物の揺れや変形を検出できます。倒壊リスクについては、木造・れんが造りといった構造種別、建物の階数、築年数といった構造特性も含めて計算します」。センサーの時刻を100分の1秒レベルで同期するため、建物内に小型コンピューターを1台設置する。

 また、センサーを設置していない建物についても、近隣の建物で測定したデータと建物の構造特性から損傷程度を評価する人工知能(AI)の開発にも着手している。ただし、災害対応においてAIをどこまで利用するか、楠さんは慎重に考えるべきであると注意を促す。「AIには誤差や不確定性がつきものです。人命がかかっている状況で、このような誤差や不確定性が許されるのか、よく考える必要があると思います」。

図2 プロジェクトの推進体制。研究題目は4つあり、楠さんは研究題目2の建物グループのリーダーを務めた。

図3 楠さんが開発した、建物の揺れを検出するための加速度センサー(右)と、センサーの時刻を同期するためのコンピューター(左)。センサーは幅約15cm×奥行き約8.5cm×高さ4cmで約160g、コンピューターも幅9cm×奥行き6.7cm×高さ3.6cmで約150gと非常にコンパクトだ。センサーは建物に最大5個、コンピューターは1個設置するだけで必要なデータを取得できる。

大雨や台風被害なども軽減
日本の防災研究につなげる

 2026年5月末、ペルーで全国防災訓練があり、リマ市のチョリヨス地区ではSEIDASのデモンストレーションが実施された。これに先立ち、楠さんは現地に赴き、防災担当者向けにSEIDASの機能や操作方法について説明した。今後はペルー全土、さらには中南米へと対象地域を広げるため、まずは建物や道路に関する基礎情報を集めたいとしている。また、27年に仙台市で開催予定の国連防災機関によるアジア太平洋防災閣僚級会議で、SEIDASを含めた災害対応のデジタル化を訴えたいと楠さんは考えている。

 楠さんは現在、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマート防災ネットワークの構築」のプログラムディレクターも務めており、SATREPSの成果をスケールアップして、地震や津波だけでなく大雨や台風などによる被害の軽減や早期復旧の実現を目指す。「日本で災害対応のデジタル化を進める時期と、ペルーと共同でデジタル化を進める時期が重なり、SATREPSは非常にタイムリーな国際協力となりました。日本で開発された技術をペルーに提供するのではなく、日本にない新しいものをペルーと一緒に作ってきたことに意義があります」と述べた上で、人材交流や次世代への継承も進んでおり、今後の日本の防災研究につなげたいとしている。

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