【JSTnews4月号掲載】特集1
糖尿病超早期を採血なしで検出、予防へ! 代謝や臓器のつながりに着目した予防法開発
2026年04月08日 12時00分更新
糖尿病は自覚症状がないまま進行し、悪化すると合併症を引き起こす深刻な病気だ。現在の治療は継続したインスリン注射や飲み薬による血糖値のコントロールが主であり、根本的な治療法はいまだに存在しない。そのため、早期発見と予防が重要となる。東北大学大学院医学系研究科の片桐秀樹教授は、脳や神経を介した「臓器間ネットワーク」に注目して糖尿病の克服を目指すプロジェクトを総括。採血検査をしなくても糖尿病を超早期で検出し、その発症を未然に防げる社会の実現に向けて歩み続けている。
国内患者・予備群は約2000万人
一度発症すると治癒は困難
糖尿病は、血液中に流れるブドウ糖の濃度が慢性的に高くなってしまう病気である。私たちの体内では、膵臓(すいぞう)中に点在する島状の細胞が集まったランゲルハンス島のβ細胞から分泌される「インスリン」というホルモンが血糖値を調整している。しかし、糖尿病になると、十分な量のインスリンを作ることができなくなったり、インスリンの効果が発揮されなくなったりする。現時点で根本的な治療法はなく、食事や運動、服薬などによって血糖値を正常範囲に近づける血糖コントロールが主な治療方法である。日本では生活習慣を要因とする2型糖尿病が糖尿病全体の9割以上を占めるという。
日本国内には、糖尿病の患者と正常よりも血糖値がやや高く糖尿病を発症するリスクが高い「糖尿病予備群」が合わせて約2000万人いると推定されている。多くの場合、自覚症状がないまま進行し、悪化すると失明や腎不全などの合併症や、心不全といった重篤な疾患を引き起こす。その結果、健康寿命の短縮や生活の質の低下をもたらすだけでなく、医療費の増大や介護需要の増加を通じて社会全体にも大きな損失を及ぼしている。
この問題に対し、東北大学の片桐秀樹教授はJSTのムーンショット型研究開発事業の目標2「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」における研究プロジェクトの1つである「恒常性の理解と制御による糖尿病および併発疾患の克服」のプロジェクトマネージャーとして、糖尿病の超早期発見、発症予防の研究を進めている。今回は、このプロジェクトの成果を紹介する。
医学以外の多様な分野とも連携
脳と神経に注目した独自の視点
片桐さんらの最終目標は、何度も採血検査をしなくても糖尿病やその合併症についての情報を得られるようにして、糖尿病を超早期に発見したり、発症予防の手段を講じたりできるようにすることだ。そのために、医学の各分野はもちろん、薬学、情報科学、工学、数学などのさまざまな領域の研究者と連携してプロジェクトを進めている。実は、プロジェクトメンバーの中で糖尿病の専門医は片桐さんを含めて数人だ。「糖尿病の研究者だけでは解決できない課題に立ち向かうため、必要な技術や知識を持っている人たちに声を掛けました。専門外の視点が入ることで議論も活発になります」と、多様性の大切さを語る。
片桐さんがムーンショット型研究開発事業に応募した理由の1つは、長年提唱してきた「臓器間ネットワーク」の研究成果を活用できると考えたからだ。臓器間ネットワークとは、脳が全身の臓器や器官の情報を集め、指示を出すことで代謝バランスを保っているという考え方だ。こうした情報は神経を介してもやりとりされるため、神経系に注目した糖尿病の病態解明や超早期予測法・予防法開発が独自の視点となる。
片桐さんは体内環境を一定に保つ「恒常性」に関心があり、糖尿病は「代謝がほんのちょっとだけ変わった状態」だと説明する。空腹時の全身の血液に含まれているブドウ糖は健常者で約4グラムであり、3グラムになったら低血糖、6グラムを超えると糖尿病と診断されるという。片桐さんは「ブドウ糖を精密に制御するような代謝のメカニズムを解明したいというのが私の研究の始まりです」ときっかけを語る。
AIと心電図で心不全を予測
併発疾患の在宅管理の実現へ
糖尿病の併発疾患には、高血圧や心臓のポンプ機能が低下する心不全などがある。心不全は命に関わる病気であり、糖尿病と併せてこれらの併発疾患の早期発見も重要な研究課題である。このプロジェクトでは、自宅でも使える計測装置を使って、これらの併発疾患の予兆を捉える人工知能(AI)の研究を進めている。
心不全の悪化は自宅で起きることが多い。この問題に対して、プロジェクトメンバーの1人である、東京大学 大学院医学系研究科/東京科学大学 難治疾患研究所の藤生克仁特任教授らは、9500人以上の心電図データを学習したAIモデルを活用し、心不全の重症度を分類する「HFインデックス」という指標を開発。自宅で使える携帯型心電計や腕時計型デバイスで計測される心電図からHFインデックスを算出すると、心不全の悪化や発症を高精度で診断できることを実証した。
臨床の場では心不全の指標として、血液検査により「脳性(B型)ナトリウム利尿ペプチド(BNP)」を測定することが一般的だが、HFインデックスはBNPと同等あるいはより鋭敏に心不全を検出できることを明らかにした(図1)。このシステムを応用することで、自宅で心不全を早期に発見でき、遠隔医療の発展にもつながることが期待される。
この研究にヒントを得て、東京科学大学大学院医歯学総合研究科の山田哲也教授は、自宅で使える携帯型・腕時計型心電計から、糖尿病の超早期段階を高感度に検出するアルゴリズムの開発に成功した。
さらに藤生さんは、ターゲットスペクトルカメラという特殊なカメラを用いて、顔や手のひらを5秒間撮影するだけで高血圧を検出するAIモデルも開発。これは、皮膚の反射スペクトルを測定し、高血圧に特徴的な波長データをAIで解析することで、非侵襲的に健康状態を数値化・可視化するものだ。このモデルを発展させ、超早期段階での糖尿病の状態を検出することにも成功。2025年の大阪・関西万博で展示し、来場者は非接触の健康診断のデモを体験した(図2)。いずれの成果も、日常生活の中で糖尿病やその併発疾患の発症に対する早期検出につながるものだ。
迷走神経刺激しインスリン増
てんかん治療の患者で実証へ
検出ができても予防できなければその意味は限られる。片桐さんは、糖尿病を防ぎ治す方法として、膵臓のβ細胞の増加法について画期的な成果を上げている。片桐さんは以前、肝臓-脳-膵臓という神経系による臓器間ネットワークによる膵臓β細胞の量調節の仕組みをマウス実験で明らかにした。具体的には、血糖値が上がると肝臓で細胞外シグナル制御キナーゼという酵素が活性化し、そのシグナルが神経を介して脳に、さらに脳からの情報が迷走神経という自律神経を介して膵臓に伝わり、β細胞の増加を促すというものだ。
今回のプロジェクトではもう一歩踏み込み、糖尿病の予防を想定した実験を試みた。まず、脳から膵臓に伸びている迷走神経を、青色光による刺激で活性化するように遺伝子を改変したマウスを作製し、近赤外光を当てると膵臓が青くなるように細工。そのマウスに近赤外光を当て糖分を与えたところ、インスリン分泌量が増加し血糖上昇を抑制した。また、光刺激を2週間続けるとβ細胞の数が2倍以上に増えることがわかった(図3)。膵臓につながる迷走神経だけを刺激することで、質と量の両面からβ細胞を活発にし、血中のインスリン量を増加させることができたというわけだ。
この実験では遺伝子を改変したため、そのまま実際の患者に使うことはできない。一方、てんかん患者の中には、治療のために迷走神経を電気刺激する装置を埋め込んでいる人がいる。この患者に協力を依頼して、グルカゴン負荷試験という検査でβ細胞量を調べる臨床研究を実施し、実際にヒトで迷走神経刺激によりβ細胞が増えるかを確認している。今後は糖尿病患者で検証したいとしている。
一方で、より手軽な方法として、β 細胞を増やす飲み薬やサプリメントの開発も考案中だ。片桐さんらは、候補となる化合物をすでにいくつか見つけているという。
食後血糖値抑制でリスク低下
40年にわたる追跡調査で判明
現在の糖尿病は、空腹時に75グラムのブドウ糖を摂取して一定時間後の血糖値を調べる「ブドウ糖負荷試験」による基準値に基づいて診断される。しかし、糖尿病を発症する前の「正常」といわれている血糖値の中でもさらに死亡リスクの低下につながる範囲があるのかは不明だった。
そこで片桐さんらは、岩手県大迫町(現・花巻市)の一般住民を対象に1986年から継続的に実施されている追跡調査のデータを用いて、長期的な検討を実施した。この追跡調査は高血圧や循環器疾患に関するもので、4 年に1回の頻度でブドウ糖負荷試験が実施されている。研究では、耐糖能が正常である平均62歳の地域住民を対象に、ブドウ糖負荷試験における血糖値と寿命の関係を検討。その結果、ブドウ糖摂取1時間後の血糖値が1デシリットルあたり170ミリグラム(mg/dL)以上の群では、それ以下の群に比べて、その後20年間で顕著に死亡率が高いことがわかった(図4)。さらにその死因としては、動脈硬化や悪性腫瘍が増えることも示された。
この結果は、食後血糖値の上昇と動脈硬化や悪性腫瘍の発症とに共通のメカニズムがあることを示唆するものであり、現在片桐さんらはこのメカニズムの解明を進めている。動脈硬化や悪性腫瘍を防いで寿命を延ばすことにつながることが期待され、大きなインパクトにつながると考えられる。
中年太りの一因に神経細胞
運動中のエネルギー源も解明
片桐さんのプロジェクトでは他にも、体内の臓器や器官が協働して代謝のバランスを整えていることを多く明らかにしてきた。年を取って痩せにくくなったと感じる人は多いだろう。その原因の1つに、脳の神経細胞から伸びている突起の長さがあるかもしれない。
生物の体には、体内に脂肪が蓄積すると、脂肪細胞からレプチンというホルモンが分泌され、代謝量や脂肪燃焼量を増やし、食欲を抑える仕組みがある。レプチンが脳の視床下部にある神経細胞に作用すると、その神経細胞からメラノコルチンという分子が分泌され、メラノコルチンを別の神経細胞にあるメラノコルチン4型受容体(MC4R)というたんぱく質が受け取り、代謝促進や食欲抑制をもたらす。
MC4Rは神経細胞全体にあるのではなく、神経細胞からアンテナのように伸びている「一次繊毛」の表面にしか存在しない。そこで、名古屋大学大学院医学系研究科の中村和弘教授らは、ラットのMC4Rがある一次繊毛は加齢によって徐々に短くなること、遺伝子改変によって一次繊毛を強制的に短くするとエサの摂取量が増えて体重も体脂肪率も増加することを突き止めた(図5)。現在は、薬の投与によって一次繊毛を伸ばせないか、研究を進めているという。
また、肥満に対しては運動が有効とされているが、運動の強度によってエネルギー源が使い分けられていることも明らかにした。肝臓では炭水化物以外からブドウ糖を作る「糖新生」という反応が起こっている。片桐さんらはマウスの実験から、ゆっくり走る軽い運動では脂肪組織からのグリセロールを、速く走る激しい運動では筋肉に由来する乳酸を材料にして糖新生が起きていることを見いだした。この仕組みを制御することは、運動能の向上法や肥満を改善し、サルコペニアを予防する手法につながると考えられる。高齢者は筋肉維持が重要であるため、肝臓の糖新生に注目することで筋肉を維持しながら脂肪を燃焼する運動療法や運動補助剤の開発につながるものと期待される。
片桐さんはこれまで、自身が参加する共同研究以外にも、プロジェクトマネージャーとして腕を振るってきた。「日本のトップレベルの研究者である参画メンバーと意見交換を進めることができるのは本当にありがたく、異分野の研究者の成果をプロジェクト内での共同研究につなげるなどやりがいをもって連携を進めてきました」と振り返る。
10年間のプロジェクト期間の半分が過ぎた現在、後半の5年間ではそうした連携を生かして、AIや数理モデル解析をより充実させたいと意気込みを見せる。「例えば、糖負荷試験や血液循環のシミュレーターを作成しており、血糖値やインスリン濃度の変化を正確に予測し、各臓器の代謝状態を評価できることを目指しています」。さらに、次の世代への継承も見据えて、プロジェクト参加者3名をサブプロジェクトマネージャーに任命した。プロジェクトの総力を挙げて、最終目標である「2050年の糖尿病や併発疾患の超早期発見・予防」の実現を確かなものにすべく取り組みが進んでいる。
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