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作ったデモで校則へ提案。神山まるごと高専で15歳が学ぶ“不満を価値に変える”力

入試倍率10倍。高い注目を集める神山まるごと高専・松坂孝紀氏に聞く

 ここ10年ほどで日本でも急速に広がりを見せる「アントレプレナーシップ教育」。政府の後押しも含めて、その重要性は認知されつつあるが、具体的な定義や実践手法となると、現場での試行錯誤は今なお続いている。「起業家精神とは何か?」「それをどう評価し、育むのか?」、正解のないこのような問いに、真正面から挑んでいる学校がある。2023年、徳島県神山町に開校した「神山まるごと高専」だ。

 「テクノロジー×デザイン×起業家精神」を教育の柱に掲げ、15歳からの5年間で「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育成しようとする同校。そこには、従来の偏差値教育とは一線を画す、挑戦と実践の場があった。

 本連載「先輩指導者に聞くアントレプレナーシップ教育」では、元小学校教員でありアントレ教育の指導者である石井龍生氏が聞き手となり、業界の最前線を走る「先輩」たちの実践知に迫る。第3回の対談相手は、神山まるごと高専の事務局長として立ち上げから学校運営に携わる松坂孝紀氏。

 15歳という多感な時期から親元を離れ、技術とデザイン、そして起業家精神を学ぶ学生たちは、どのような成長曲線を描くのか。独自の入試設計、予測不能な成長を促すカリキュラム、そして「てんやわんや」だという教育現場のリアルといった挑戦から、「起業家精神を育む」取り組みの意義とヒントが見えてきた。

神山まるごと高専 事務局長
松坂孝紀(まつざか・たかき)氏
 東京都生まれ。東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社を経て、2017年に人事コンサルティング会社を起業。企業や地方自治体の人材育成・組織開発など、国際学会でも取り上げられるコンサル事例を多数手掛ける。2021年より「神山まるごと高等専門学校」の立ち上げに参画し、東京から徳島県神山町へ移住。現在は同校の事務局長として、「テクノロジー×デザイン×起業家精神」を掲げる学校運営の実務全般を担う。2023年度グッドデザイン金賞を受賞するなど、「地方から新しい教育をつくる」挑戦に尽力している。

株式会社SAIL
石井龍生(いしい・りゅうき)氏
株式会社SAIL 代表。埼玉大学教育学部を卒業後、小学校教諭として5年間勤務。その後、角川アスキー総合研究所でアントレプレナーシップ教育プロデューサーとして、小中学生向けのプログラム開発などに多数携わる。2023年に独立し、塾事業とアントレプレナーシップ教育を掛け合わせた株式会社SAILを設立。元教員という経験を活かし、教育現場とビジネスの両面からアントレプレナーシップ教育の普及に取り組んでいる。

モデレーター:
北島幹雄(きたしま・みきお)
ASCII STARTUP編集長。イノベーションカンファレンス「JID」の総合プロデュースや、各種イベントでモデレーターなどを歴任。起業家インタビューや産官学連携の取材を手掛ける一方、イベント登壇を通じて起業家・技術者・大手企業・自治体をつなぐハブとしても活動。メディアと現場の両面から、スタートアップコミュニティの活性化に貢献している。

なぜ「テクノロジー」だけでは不十分なのか

――先日放送された「ガイアの夜明け」も話題になりましたが、「神山まるごと高専」におけるアントレプレナーシップ教育について、今回は深掘りしていきたいと思います。まずは、取り組みからお話いただけますか?

松坂:はい。神山まるごと高専は、徳島県神山町という人口5000人弱の町で、2023年に開校した新しい全寮制の学校です。15歳から親元を離れて、ここで生活をしながら、5年間学んでいきます。

 本校の特色のひとつが、テクノロジーとデザインと起業家精神を3つの柱として、「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育てる教育を行っています。このユニークさは多くの方から共感いただき、全国から学生が集まっています。いま、入学してくる学生の内、93%は徳島県外からきていただいていますね。

石井:一般的に、アントレプレナーシップ教育はあくまで”プラスアルファのプログラム”として扱われることが多い中で、神山まるごと高専では、それを“等価”に置いていますよね。この想いや意図を教えていただけますか?

松坂:背景にあるのは、今の時代、「モノづくり」だけでも「コト起こし」だけでも、世の中を変えるようなインパクトを生むのは難しいという認識です。

 世界のビッグテックやスタートアップを見渡すと、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのようにトップ自身が手を動かしてモノをつくれる強みを持っています。技術も深く理解しているリーダーが、「コト起こし」をしているわけです。

 一方で、日本の従来のものづくり教育では、優秀なCTOや工場長は育っても、自ら起業してトップに立つ人材は比較的珍しいケースでした。これからは「モノ」と「コト」は不可分な時代です。

 だからこそ、私たちは「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育てたい。単に起業家精神を説くだけでなく、エンジニアリングやデザインという「手」を持ち、価値を実装できる人材を育成するために、この3つを柱に据えています。

入試で見極めるのは「モノづくりの歴史」と「未来を描く力」

石井: 高専というと、数学や理科が得意で「モノづくり」に没頭したい子が目指すイメージがありますが、どのような学生が集まってくるのでしょうか。

松坂: そこは当校の特徴の一つで、実は他の一般的な高専を併願している受験生は全体の4割程度で、半分もいません。残りの半数以上は、地元の進学校や普通高校を併願先として考えています。つまり、従来の「高専志望層」とは異なる、新しい層が興味を持ってくれているということです。

石井: それは意外ですね。もっと技術志向の子が多いのかと思っていました。では、入学してくる子たちは、最初から「コト起こし」に関心が強いのでしょうか?

松坂: もちろん「コト」への関心が高い子も多いですが、私たちは入試段階で「モノづくり」への適性や興味をかなり重視しています。

 今年度の入試課題の一つに、「今までの自分自身のモノづくりの歴史を動画で紹介してください」というものがありました。単に「これを作って楽しかった」という一点ではなく、脈々と続く継続的な興味や、探究のプロセスを見ているのです。ですから、いくら起業に興味があっても、「モノづくりには関心がありません」という方は、当校の目指す人物像とは異なりますよ、というマッチングを入試の時点ではかっているんです。

神山まるごと高専 2025年度入試 動画課題より

石井: なるほど。「モノづくり」ができるアントレプレナーを育てる、というメッセージが入試にも強く表れているわけですね。

松坂: そうですね。さらにもう一つ、「自由表現課題」というものもあります。例えば、今年度出題したのは「人類が火星移住を実現した未来で、地球の文化を学ぶための研修旅行のしおりを作ってください」といったお題です。

石井: それは面白いですね! 正解がない問いですし、そもそも火星と地球の違いから考えないといけない。

松坂: おっしゃる通りです。正解のない問いに対して、自分で調べ、人に聞き、試行錯誤しながら形にしていく。考え続け、手を動かせる力があるかを見ています。

 こういった課題を見て「意味がわからない」「面倒くさい」と感じるのではなく、「楽しい!」と思える子でないと、当校での5年間はつらいかもしれません(笑)。

石井:すごくこだわりを感じますが、採点する側は大変そうですね。でも、みんなで集まってディスカッションするのはとてもやりがいがありそうです。

松坂:そうですね。一元的に見るのではなく、多様な視点で見ることが重要ですので、入試はスタッフ総出で取り組んでいます。

4つの要素で定義する「起業家精神」

石井:そんな中から選ばれるのは、学生にとってもうれしいことでしょうね。そうして自らの意志でこの環境を選び取った学生たちが、5年間でどう育っていくのか。その教育設計について教えてください。

松坂: 私たちは起業家精神を、大きく4つの要素で定義しています。
1つ目は「理想の未来を描くこと」
2つ目は「当事者意識を持って行動すること」
3つ目は「リソースを限定しないで大きく考えること」
そして4つ目が、私たちのビジョンでもある「β(ベータ)メンタリティ」です。これは、次から次へと試作(ベータ版)を作り、試行錯誤を繰り返すアジャイルな思考様式のことです。

石井: 「βメンタリティ」は非常に本質的ですね。口先だけでなく、まずはやってみて、一次情報を得て改善していく。それをどうやって授業に落とし込んでいるのですか?

松坂: 入学直後の「ITブートキャンプ」という授業が象徴的です。例えば「地域の医療課題を解決するアプリを5日間で作る」というお題が出されます。15歳になったばかりの彼らにとって、医療課題なんて未知の世界ですし、技術もまだ未熟です。当然、思ったようなものは作れませんし、プレゼンもうまくいかない。

 そこで初めて、「自分は社会を知らない」「もっとプログラミングができれば形にできたのに」という欠乏感や悔しさを感じるんです。この「行動した結果としての気づき」こそが、その後の学習意欲や成長の原動力になります。

石井: 先に知識を教え込むのではなく、まずは「チャレンジファースト」で経験させ、そこからのフィードバックで学びを設計していくわけですね。

松坂: その通りです。また、「リソースを限定しない」という点では、「チャレンジファンド」という仕組みも用意しています。学生が何かに挑戦したいとき、学校に対して企画書を出し、プレゼンをして認められれば、資金が提供されるというものです。

石井: まるでスタートアップの資金調達ですね。

松坂: はい。通常なら「お小遣いの範囲で」とあきらめてしまうところを、「学校のリソースを使えばもっと大きなことができる」と発想を広げることができます。もちろん、プレゼンでは「いつまでに何をするか」を厳しく問われますし、結果に対するフィードバックもありますが(笑)。

 そうした環境を用意することで、自分の手元にあるリソースだけで物事を小さく考えない癖をつけています。

日常的に近い距離で起業家の話を聞く時間が用意されている。

寮生活の不満を「アプリ開発」で解決する学生たち

――開校時に入った学生も、5年間の学生生活の折り返しを過ぎたかと思います。当初に立てた設計があると思いますが、ここまで進めてみた実感はいかがでしょうか。

松坂: 学生の成長は十人十色で、「ゴールへのたどり着き方」は本当に無限にあって、蓄積されたものが突然花開くのを日々感じています。そのため、当初想定していたカリキュラムの配当年次や課題の出し方など、スタッフ自身も常にβメンタリティを持って、柔軟に体制を変えながら教育を進めています。

石井: 学生の方々の成長を感じる瞬間はどんな時ですか?

松坂: 一番感じるのは、やはり「実践」のレベルが変わった時ですね。当校は全寮制ですが、共同生活には不満もつきものです。「点呼が面倒くさい」とか(笑)。

 普通の高校生なら、先生に「ルールを変えてください」と提案するかもしれません。これはこれで素晴らしいことですが、うちの学生は「点呼を楽にするアプリを作ったので、デモさせてください」と持ってくるんです。

石井: 「不満があるなら自分で作って解決する」という行動が自然に出ているんですね。

松坂: そうなんです。嘆くだけの「評論家」ではなく、自ら手を動かして変革する「実践者」であってほしい。それが寮生活のような身近な課題から始まり、やがて神山町の獣害問題や高齢者福祉といった社会課題へとテーマが広がっていってます。そうやって「社会事」に対して一歩踏み出す姿を見ると、成長したなと嬉しくなりますね。

石井: 学校だと、先生に意見を言うだけでもハードルが高いものですが、10代のうちから「解決策を実装する」経験を積めるのは本当に大きいです。一方で、そうした非認知能力の評価は難しいと思うのですが、どのように成績をつけているのでしょうか。

松坂: そこは私たちも試行錯誤している最中です。成績表にはアントレ教育としての具体的な項目は入っていませんが、起業家精神に関する「360度評価」と「自己評価」を組み合わせた仕組みを実験的に導入しています。

 特に重視しているのが「自己評価」です。まず自分で5段階評価をつけてみる。「自分は3だな」と思えば、少なくとも1や2の段階はクリアしているという自信になりますし、4や5に上げるには何が必要かを考えるきっかけになります。

 そこに、他者からの360度評価を合わせることで、客観的な視点を取り入れ、自己認識をアップデートしていく。評価をつけること自体が目的ではなく、成長のためのツールとして活用しています。

正解のない時代に、大人自身も「βメンタリティ」を

――最後に、これからの時代のアントレプレナーシップ教育に向けて、メッセージをお願いします。

松坂: 教育現場にいる私たち自身が、まず成長し続けることが大切だと感じています。私たちも、何が「正解」なのかわからない中で、手探りで学校運営をしています。カリキュラムも「やってみたら、もっと早く学んでもらうべき内容だった。じゃあ、学年を変えよう」と柔軟に変えることもあります。 まさに私たち自身が「βメンタリティ」を持ち、正解がわからない中でも、「これがいいんじゃないか」と情熱を持って全力でやり切る。その背中を見せ続けることこそが、アントレプレナーシップ教育の真髄ではないかと思っています。

取材後記

 松坂氏は取材の中で、「教育現場はベルトコンベアではない」と話していた。

「このプログラムをやれば、アントレプレナーシップが身につく」という、都合のいい正解はない。神山まるごと高専の現場では、大人たちが本気で試行錯誤をしながら、「効率化」や「確実性」とは正反対の泥臭い挑戦を続けている。

 15歳という多感な時期に、「未熟であること」が許され、むしろ推奨される環境。「不満があるなら作ればいい」と、大人が本気で面白がり、資金まで渡して背中を押してくれる場がある。そこで育つ彼らは、「評価される側」の人間ではなく、自らの手でルールを書き換える「変革する側」の人間として成長していく。

 松坂氏は「現場はてんやわんやです」と笑っていたが、その笑顔こそが、この学校の最大の強みだろう。先生自身が変化を恐れず、失敗を楽しみ、学生と共に走り続けている。その在り方そのものが、最強の教材だ。

 私たち教育者や保護者は、子どもたちに「失敗するな」と言う前に、まず自分自身が「ベータ版」として挑戦し続けているだろうか?  彼らが卒業後、どんな「コト」を起こして日本を、そして世界を驚かせてくれるのか。その未来に期待したい。

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