メルマガはこちらから

PAGE
TOP

教授は経営から降りる? 欧州「サロゲート型」に学ぶ大学発スタートアップの鉄則

ASCII STARTUP TechDay2025事前インタビュー:法政大学 田路則子教授

連載
ASCII STARTUP TechDay 2025

 欧州の大学発スタートアップはなぜ持続的に成果を上げられるのか。2025年11月17日開催のディープテック・スタートアップエコシステムのためのカンファレンス「ASCII STARTUP TechDay 2025」では、「研究からビジネスへつなぐ欧州の最新手法  〜日本の大学発エコシステムに足りないものは?~」(セッションの概要はこちら)をテーマにセッションを実施。研究者が経営を担い続けてしまう日本の現状に対し、欧州では「サロゲート型」と呼ばれるモデルが機能しているという。スウェーデンやバルト三国などで長年フィールド調査を行ってきた法政大学・田路則子教授に、日本の大学発エコシステムに足りない視点を伺った。

――先生はどのような研究からスタートされたのでしょうか?

 もともとは半導体の製品開発で博士号を取りました。ですが、日本の半導体産業が韓国や台湾に押されて低迷していくのを目の当たりにし、「なぜ海外は元気なのか」と考えたときに、答えのひとつがスタートアップでした。そこで研究テーマを切り替え、米国・英国・台湾を対象に調査を進め、『ハイテク・スタートアップの経営戦略―オープン・イノベーションの源泉』(2010年)という本にまとめました。

 この本では半導体、インターネット、バイオの3分野を取り上げ、シリコンバレーや台湾のTSMCのように、小さな企業から産業を興す仕組みを分析しています。当時の日本では「材料メーカーは強いけれど製品を担うスタートアップは育たない」という構造が浮き彫りになりました。

――その後、北欧や東欧に注目されたのはなぜですか?

 シリコンバレーを真似しようとしても日本には合いません。人口規模や文化が違いすぎますから。むしろ仙台や福岡と同程度の規模を持つスウェーデンの都市ヨーテボリのほうが参考になると思い、2018〜2019年に在外研究で調査しました。

 リトアニアやエストニアなどバルト三国も訪れ、現地研究者と論文「新興国スタートアップの資金調達と新興企業向け株式市場の役割―東欧バルト三国のケース・スタディから―」を共著しました。リトアニアでは、若者の国外流出を防ぐため、政府系ファンドやスタートアップ・ビザなどを整備し、フィンテックやIT分野の起業を後押ししているのが特徴です。

 一方で、エストニアが「電子政府」で世界的に有名になった背景には「宣伝のうまさ」もあります。リトアニアの研究者に話を聞くと、「実はITビジネスを最初に始めたのは自分たちなのに」と悔しがっていました(笑)。

――フランスやドイツと比べて、北欧はどう違いますか?

 フランスは研究者のポジションが制度化され、ディープテックを支える仕組みがあります。ただ国民性が違いすぎて、私自身は少し距離を感じました。ドイツは比較的日本と近く、学べる部分も多いですね。

 一方でスウェーデンは、人口が日本の10分の1しかなく、国内市場に頼れない。だから最初からEU圏全体を「国内」とみなし、英語でビジネスするのが当たり前です。GoogleやAppleに就職するだけでは面白くない、自国発の大企業を作りたいという焦りがある。そこがフランスやドイツとの大きな違いだと思います。

――資金面の仕組みにも特徴があるそうですね。

 スウェーデンではGDPの約2割を占めるファミリービジネスが存在し、何百年も続く地元の富裕層が大学発スタートアップに投資しています。日本の豪族や地元財団に近いイメージですね。彼らにとって「小さな会社を育てることは社会貢献」なのです。

 日本でも最近、地方大学が地元財団や企業OBに支援を求める動きがあります。慶應義塾の三田会のように、卒業生が後輩を支援する文化が広がると大きな力になるでしょう。ただ、国立大学の卒業生は「税金で学んだから寄付は不要」と考える人も多く、寄付文化の弱さが課題です。

――今回のテーマである「日本に足りないもの」は何でしょうか?

 決定的に欠けているのは「サロゲート型」の仕組みです。スウェーデンではCTOの教授が会社を立ち上げても、製品化の目処が立てば経営から退きます。経営はMBA取得者や企業出身者が担い、教授は株を持ったまま研究に戻る。そして新しいシーズを生み出して次のスタートアップを起こす。この循環が非常に健全です。

 日本では教授がそのままCEOを続け、経営と研究の両方に責任を抱えてしまうケースが多い。結果として会社もうまくいかず、研究者本人も大学に戻れなくなる。これでは不幸です。ディープテックで成功するには、研究と経営を分離するサロゲート型が不可欠です。

――「サロゲート型」では、どんな方々がCEOを担うのですか?

 MBAの修了者やグローバル企業の出身者など、産業側の人材が多いです。大学のインキュベーターからメンターが派遣され、週1回取締役として複数のスタートアップを回ることもあります。彼らはネットワークを持ち、パートナーや顧客を紹介できる。これは研究者にはできない役割です。

 日本のディープテックは、この「横つなぎの支援」が圧倒的に不足しています。IT系スタートアップならエンジェルやシリアルアントレプレナーがいますが、ディープテックでは人材の層がまだ薄い。だからこそ海外事例から学ぶ価値があるのです。

――当日のセッションではどんな話をされますか?

 スウェーデンのサロゲート型を中心に、日本がどう仕組みを取り入れるべきかを議論したいと思います。研究者や大学関係者だけでなく、大企業の新規事業担当者の方にも聞いていただきたいですね。大学発ディープテックを成功させるには、産業界や投資家の関わりが不可欠です。会場で一緒に考えたいです。

――最後に、メッセージをお願いします。

 海外の事例をそのまま真似るのではなく、日本に合った仕組みを模索することが大事。当日は皆さんとその議論を深められればうれしいです。

田路 則子(タジ・ノリコ)氏
法政大学 大学院経営学研究科 教授。神戸大学経営学部卒業後、政府系金融機関やIT企業勤務を経て研究者に転身。シリコンバレー、英国ケンブリッジ、台湾・新竹、スウェーデンなどでフィールド調査を重ね、イノベーションマネジメントや大学発ベンチャーを研究。著書に『起業プロセスと不確実性のマネジメントー首都圏とシリコンバレーのWebビジネスの成長要因』(白桃書房、2020年)、『ハイテク・スタートアップの経営戦略―オープン・イノベーションの源泉』(東洋経済新報社、2010年)などがある。

 2025年11月17日開催のディープテック・スタートアップエコシステムのカンファレンス「ASCII STARTUP TechDay 2025」、15時半開始セッション「研究からビジネスへつなぐ欧州の最新手法〜日本の大学発エコシステムに足りないものは?~」にて、法政大学の田路則子氏に大学発スタートアップのサロゲート型起業について、お話いただきます。無料参加チケットは以下からお申し込みください。

 「ASCII STARTUP TechDay 2025」開催概要

▼ 参加方法:事前登録制(下記よりお申し込みください)▼
チケット申し込みサイト(peatix)

 【開催日時】2025年11月17日(月) 13:00~18:00
 【会場】浅草橋ヒューリックホール&カンファレンス
 【主催】ASCII STARTUP(株式会社角川アスキー総合研究所)
 【入場方法】事前登録制(入場無料)
       18:00~ アフターパーティーチケット(有料)
 【協賛】MASP(Michinoku Academia Startup Platform)
 【協力】インクルージョン・ジャパン株式会社、関西スタートアップアカデミア・コアリション(KSAC)、一般社団法人スタートアップエコシステム協会、東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)、東北大学、フランス貿易投資庁-ビジネスフランス(Business France)、Beyond Next Ventures株式会社、CIC、HSFC<エイチフォース>北海道未来創造スタートアップ育成相互支援ネットワーク、Incubate Fund、Monozukuri Ventures、Peatix Japan株式会社、Platform for All Regions of Kyushu & Okinawa for Startup-ecosystem(PARKS)、QBキャピタル合同会社 TECH HUB YOKOHAMA(横浜市)、Untrod Capital Japan株式会社
 【公式サイト】https://jid-ascii.com/techday/

 ※企業のブース出展は公式サイトからお申込みいただけます。(先着30社)

合わせて読みたい編集者オススメ記事

バックナンバー