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小さな成功はもはや通用しない。東大FoundX馬田氏が警鐘を鳴らす、起業家が今“頭を切り替えるべき”理由

ベストセラー『解像度を上げる』著者が語るディープテック起業支援の現場

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試行錯誤しつつ今後15年を牽引するディープテック起業家を生み出す

この数年で環境は大きく変わり、「頭の切り替えが必要」と指摘する馬田氏。聞き手はASCII STARTUP編集長の北島幹雄(右)

 スタートアップのあり方が時代として変わる中での難しさとはどこにあるのか。投資環境や支援する側の変化について、さらに聞いた。

 スタートアップを生み出す動きの一つに、技術・マーケットありきで、プロ経営者をアサインしてスタートアップする「カンパニー・クリエーション」がある。米国のバイオテックから生まれた流れだが、近年は国内大手VCによるディープテックの組成が準備期間をかけて進められている。

「VCが自ら主導してスタートアップを立ち上げるようなカンパニー・クリエーションを行う場合、事業や技術を前提とするものの、起業家はしばらくの間不在のままで進んでいく。FoundXの取り組みとは少し近いところはあるが、我々はある程度の市場や制約をこちらで提示したうえで、初回の起業となる創業者を起点に、技術や事業の探索をする方法をとっている。いずれにせよ、かなり大きなマーケットを狙わなければ、大きなVCファンドの回収は難しいため、テーマが絞られてきているのではないか」

 スタートアップへの出資のトレンドは、東京証券取引所のグロース市場における上場維持基準の引き上げの影響も後押しし、評価の高い企業へさらに資本が集まりやすい現状がある。だが、国内にとどまらないマーケットを設定をするなら、その価値づけの方法も従来のものに留まっていては遅れてしまう。海外の投資家が日本のスタートアップへ出資するケースも以前より増えている状況だ。

「国内に投資資金はあるので、ある程度資金は集まるし、起業家が希少な日本のほうが、最初の資金調達は海外よりもやりやすいという声もある。ただ、プロダクトや技術によっては、国内マーケットよりも海外マーケットの方が相性が良いものもある。そうなると、最初から海外をターゲットとする起業も自然と増えていくのではないか」

 起業する場所、狙うべき市場、支援する相手選びは、スタートアップにおいてはさらに検討を要すべき事項となった。

「スタートアップが狙うのは未来の市場だが、例えば、『2040年に××というニーズが出てくるだろうから』といっても、そこにつながる適切な足下のニーズを見つける必要もある。その第一歩目にはどういうニーズがあるか、というのに適切な答えを出すことは難しい。また、遠い未来の市場であればあるほど、その未来が信じ切れなかったり、その道の険しさに諦めてしまう人も多いのが本当のところ」と厳しい現実があることを馬田氏は示唆する。

 こうした実状を踏まえ、「一口にスタートアップ支援といっても、その組織の目的によって、求める結果には違いがある。FoundXが狙っているのは、日本の次世代の産業育成と、日本・人類の課題解決の両立を意識したものとなっている。東大をはじめとした大学や研究機関と連携し、世界や人類の課題を解決するための新産業を創造することを目指して大きなファンドを作ったUTEC(東京大学エッジキャピタルパートナーズ)は、大きな課題解決とリターンを見込める国内外の投資先を探しているだろう。もう少し小さなファンドであれば、日本市場での成功を収めることを狙うだろうし、自治体が関わる支援は、地域経済を潤すことが目的となる。目的が違えば狙う結果も違い、支援の方法も違う。どれが良い悪いというわけではない」と指摘する。

 スタートアップや起業をする側は自分たちの事業や目標に合わせ、適した支援先を選ぶ必要がある。ファンド側も起業する側も、思い描く将来像が合致した相手と組まなければお互いに不幸になる可能性があるといえるだろう。

 そのような背景や実態に合わせて、「目的は変わらないものの、支援プログラム自体は大きく変えている」と馬田氏は明らかにする。

「教えやすさということでは、これまでのリーンスタートアップの方法論やデザイン思考などの型を教えることが一番。しかし、ビジネス環境やニーズは常に変わり、求められるビジネスも変わり、ビジネスの型も常に古くなる。長く使える型はもちろんあるものの、『既存のビジネスのしがらみを破り、新しいビジネスを作り出す』という目的をかなえるためには、過去の型を学んでいるだけでは思うような成果は出ないし、その型が通用するビジネスはどんどんと少なくなるだろう。そのため現在は、『一緒に答えを探しに行きましょう』という方向になっている」

 FoundXでもこの5年、馬田氏いわく「手法ではたくさんの失敗をしている」と苦笑いしながら話す。毎年プログラムも変えているそうで、最適な支援策は決定的な答えがあるものではないことが伝わってくる。

「毎年、外部の教育機関向けにオープンハウスを実施し、他大学の人にも参加してもらうが、その時には起業やスタートアップの方向性や、『こういうところを教育でもアップデートした方がいいのではないか?』という話になることが多い」

 ベストセラーとなった『解像度を上げる――曖昧な思考を明晰にする「深さ・広さ・構造・時間」の4視点と行動法』(英治出版)にはそうした考え方の一部が含まれているという。

「自分のスライドが思いの外に評価されたこともあって、何度も同じことを説明しないで済むようにと書籍にしたが、最近はお会いした方に『読んでいます』と言われることも多く、恥ずかしい思いをしている」と馬田氏は笑った。

 FoundXは一貫して、「これからの日本の産業を牽引するスタートアップを生み出すこと」を目指している。

「これまでは、ハイグロース・スタートアップといえばIT企業だったが、これだけさまざまなITソリューションが活用されている現状を考えると、もはやIT単独で起業してもかつてのような大きな成長は難しい。小さな成功ではなく、日本の次を担う新しい企業を生み出すことが私たちの目的」と馬田氏は改めて断言する。

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