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今さら“地域”に投資すべき?見過ごされてきたイノベーションの土壌とは

アントレプレナーエコシステムと場所ベース政策の基礎知識

連載
羽山友治の【新規事業が動く思考スイッチ】

著者紹介●羽山 友治(はやま・ともはる)
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー。10年以上にわたり、世界中のオープンイノベーションの研究論文を精査し、体系化。戦略策定・現場・仲介それぞれの立場での経験を持つ。著書に『オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』がある。

地域からイノベーションを生み出す「アントレプレナーエコシステム」

 これまでのオープンイノベーションは、企業と企業、あるいは企業と大学など、1対1の連携を前提とした議論が主流だった。しかし近年では、複数の関係者が集まり、地域全体でイノベーションを生み出す「アントレプレナーエコシステム」という概念が注目を集めている。

 こうした流れの中で注目されるのが、「場所ベースのイノベーション政策」だ。これは、地域に根ざした特性や課題を踏まえ、地理的な観点からイノベーションの創出を支援する政策手法である。本稿ではその基本的な考え方と背景について整理してみたい。

なぜ「場所」が重要なのか?

 イノベーション政策の多くは、研究開発投資やスタートアップ支援など、全国一律の仕組みで設計されることが多かった。しかし、地域の産業構造や人口動態、大学や企業の集積状況は大きく異なる。地域の個性や強みを無視した施策は、結局“何も起こらない”という結果に終わることも少なくない。

 このような背景から、近年では地域特性に合わせた「場所ベース」のアプローチが支持を集めている。例えば、イギリスの研究チームによる報告では、「経済的に遅れた地域であっても、地域の強みを起点にした戦略的支援を行えば、イノベーションの質と量を向上させ、総生産の増加にもつながる」としている。

場所ベース政策の成功のカギは?

 場所ベースのイノベーション政策は、単なる企業誘致やスタートアップ支援にとどまらず、以下のような要素が有機的に組み合わさる必要がある。

  • 地域の強みの特定:流行や先端技術にとらわれず、その地域ならではの資源や知見を活かすことが重要だ。

  • 経済的基盤の存在:まったくゼロからのクラスター形成は難しい。ある程度の初期条件が整っている地域のほうが成功率は高い。

  • 統合的なアプローチ:交通・教育・デジタルインフラの整備、人材育成など、複数の施策が補完的に機能する必要がある。

  • 地域主導の設計:中央集権的な施策ではなく、地方自治体や地域のプレイヤーが主体となって設計・実施できる仕組みが求められる。

誰がどう担うのか?

 イノベーションは単にベンチャー・スタートアップ企業や技術シーズの問題ではない。自治体、企業、大学、NPOなど、地域に関わる多様なアクターが連携し、それぞれの立場から価値を生み出す構造が求められる。

 例えば、米国で始まった「Regional Innovation Engines(RIE)」プログラムでは、地域のアントレプレナーエコシステムを確立するために、画一的な支援ではなく、地域ごとの強みやニーズに合わせて戦略を構築するアプローチが取られている。

経済効率だけでは測れない価値

 場所ベースのイノベーション政策は、単に「経済成長」だけでなく、社会的包摂や地域の持続可能性の観点からも評価されるべきである。これは「全国で一律に最も効率的な配分を目指す」という従来の経済合理性重視の政策とは異なる価値軸を持っている。

 もちろん、こうした政策には即効性があるわけではない。むしろ、数年〜10年単位での取り組みが求められるため、関係者の粘り強さと継続的な支援が不可欠だ。


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