形式だけのアクセラレータープログラムに価値なし。差別化のキーはメンタリングにある
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アクセラレータープログラムに関する文献
本手法に関して、筆者が実務家にもおすすめしたいと考えたものを、ポイントを示しながら紹介する。
まず本分野でどのような学術論文が出ているかを把握するためには、関連する研究を網羅的に検索したレビュー文献を参考にすると便利である。Bańkaは、キーワードに「startup accelerator」の用語を用い、2011年から2021年に掛けて報告された出版物に対して、2つの異なるデータベースを用いた分析結果を報告している。抽出された76件・56件のそれぞれに関して、要旨が記載されている。
*Bańka, Michał, Mariusz Salwin, Aneta Ewa Waszkiewicz, Szymon Rychlik and Maria Kukurba [2022], "Startup Accelerators," International Journal of Management and Economics, 58, 1–39.
**Bańka, Michał, Mariusz Salwin,Roman Tylżanowski,Ireneusz Miciuła, Monika Sychowicz, Norbert Chmiel and Adrian Kopytowski [2023], "Start-Up Accelerators and Their Impact on Entrepreneurship and Social Responsibility of the Manager," Sustainability, 15(11), 8892.
後者の報告をみると、最初に発表された研究は2011年のもので、2012年から2014年の間にはわずかに2件、2015年から徐々に増えて、2018年から2019年に掛けての合計で29件とピークが見られている。その後の2020年には6件と、本テーマへの関心が低下していることがうかがえる。ある程度の時間差はあるにせよ、このような傾向は現実に実施されているプログラムの動向を反映しているものと思われる。
ほとんどの報告はアクセラレーターという一般的なテーマを扱っている一方で、大企業のアクセラレーターに特化した研究が15件と、かなりの部分を占めている。それに加えて、シードアクセラレーターやアカデミックアクセラレーターもそれぞれ7件と注目されている。その他の研究として、特定の地域に根差した公的アクセラレーターや、異なる種類の比較などが行われている。
またその内容に関しては、アクセラレーター間の特徴の違いを明らかにしようとするものや、アクセラレーターとベンチャー企業の協業関係を理解しようとする研究、特定のプログラムを掘り下げた報告書、プログラムの設計・実施・運営の範囲を定義したものが多い。研究分野としては比較的若く、これまで体系化されてこなかったようだ。
上記のレビューを見れば、おおよその研究の流れが把握できる。続いて筆者の目に留まった文献を3つばかり紹介したい。
Seligは、ドイツの通信業界と自動車業界のハイテク企業2社の企業内アクセラレータープログラムを調査した研究を報告している。そこでは、本手法は新規事業の創出それ自体よりも、新しいスキル/ノウハウの創造や企業文化の変化を通じた組織変革や、結果としての従業員の定着や、外部人材を惹きつけるためのブランディングにつながることの重要性が強調されている。
*Selig, Christoph J., Tim Gasser and Guido H. Baltes [2018], "How Corporate Accelerators foster Organizational Transformation: An internal Perspective," Proceedings of the 2018 IEEE International Conference on Engineering, Technology and Innovation (ICE/ITMC), Stuttgart, Germany.
本報告の中で、大企業のインキュベーター/アクセラレーターに関する過去の文献を抽出した結果、23件の論文が特定されているが、そのほとんどがドイツ人研究者によるものであるとの記載があった。筆者はベンチャークライアントやベンチャービルダーを含めコーポレートベンチャリングの広い範囲の文献に目を通しているが、同じくドイツ人が多い印象を持っている。
この背景には、シリコンバレーを筆頭として革新的なベンチャー企業を次々に生み出すことに成功している米国に対し、さまざまな施策を打ちながらも今ひとつ対抗できていないEU各国という構図があるように思われる。中でもその筆頭であるドイツにおいて、いまだ経済全体において大きな比重を占めている大企業が試行錯誤する中で、イノベーション分野の研究者が必死に支援していることを表しているのかもしれない。
一方で、日本人研究者の名前を見かけることは滅多にない。アカデミアの研究内容が直接的に実務に適用可能とは思わないが、背景にある考え方は役に立つ可能性がある。コーポレートベンチャリングを実施する大企業にしろ、各種のイノベーション施策を打っている政府/自治体にしろ、アカデミアの知見をうまく活かせていないところに、国内のイノベーション活動の限界があるのではないだろうか。
2件目はAvnimelechによる、女性のアントレプレナーシップに対するアクセラレーターの役割を調査した研究である。イスラエルのベンチャー企業全体における女性起業家の割合は7.4%であるにも関わらず、アクセラレータープログラムの女性起業家の参加率は15.3%と有意に高い状況にある。これに関して、女性起業家がアントレプレナーエコシステムにうまく溶け込む後押しとなると説明されている。
*Avnimelech, Gil and Eyal Rechter [2023], "How and why accelerators enhance female entrepreneurship," Research Policy, 52(2), 104669.
女性が起業する際の障壁として、起業に関する人的資本の不足・低品質のビジネスネットワーク・低レベルの自己効力感・正当性の問題・限られた資本へのアクセスが同研究では報告されている。それに対してアクセラレーターは、起業トレーニング・ネットワーキング・メンタリング・正当性シグナリング・資金調達支援の5つの要素を通して有効な支援を提供し、強力な触媒として働くことが示唆されている。
最後は岸本による台湾の工業技術研究院(ITRI)からスピンオフして主に大企業にサービスを提供しているアクセラレーターのStarFabとコミュニティベースのアクセラレーターであるGarage+を調査した報告である。両者の歴史的経緯から運営方式、プログラムの個別事例まで掘り下げられており、アクセラレーターの立ち上げを検討している企業や公的機関の担当者にとって参考になるだろう。
*岸本千佳司 [2023],「アジア(特に台湾)のスタートアップ・アクセラレーターの研究」調査報告書 22-06, 公益財団法人アジア成長研究所。
おわりに
日本国内におけるアクセラレータープログラムの実施状況を振り返ると、2010年代前半に一部の大企業がサービス提供会社の支援の下で実施し始め、後半に最盛期を迎えた感がある。そして現在では多様な企業や地方政府による取り組みが見られるものの、イノベーション活動に積極的な大企業による取り組みの主流からは外れたように見受けられる。
アクセラレータープログラムは、多くの組織/人が関与し、実施にあたって相応の費用が掛かる重量級の手法の1つである。今日まで継続されていないということは、十分な成果が出なかったのではないだろうか。その理由として、形式だけ真似をして、その本質を理解していなかったこともあるかもしれない。本記事を参考に、今一度、本手法を検討するようになってもらえればうれしく思う。
著者プロフィール
羽山 友治
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。
https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022
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