形式だけのアクセラレータープログラムに価値なし。差別化のキーはメンタリングにある
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ベンチャークライアントについて議論するとき、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)と並んでアクセラレータープログラムがよく引き合いに出される。しかしながら約半世紀前の米国で普及していたCVCと比べると、初期のシードアクセラレーターが設立されたのは2000年代中盤以降と、コーポレートベンチャリング(ベンチャー・スタートアップ企業に限定したオープンイノベーション活動)の歴史の中では比較的新しい手法と言える。
拙著「オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド」(以下、「OI担当者本」)の中では、コーポレートベンチャリングを取り上げた第7章の中で簡単に触れただけであり、詳細については扱ってこなかった。一方で、国内でもさまざまな試みが行われていることから、一般的に慣れ親しまれた手法と思われる。そこで筆者なりの視点で、読者に興味を持ってもらえそうな情報を示したい。
*羽山友治 [2024],『オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』 ASCII STARTUP,角川アスキー総合研究所。
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オープンイノベーション担当者が最初に読む本 外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド羽山 友治、ASCII STARTUPKADOKAWA
アクセラレータープログラムの基本事項
アクセラレータープログラムは仕様が固まった製品やサービスを保有するシード期のベンチャー企業に対して教育を施すことにより、短期間で大きな成長を促すプログラムである。田代はアクセラレーターの定義や特徴についての文献を調査した結果に基づき、以下のようにまとめている。
▶3ヶ月から6ヶ月と期間が限定されている
▶毎期、複数のベンチャー企業が参加して、同窓的なつながりを持つ
▶多様なメンタリングが提供される
▶ピッチやデモデイなどの各種イベントが実施される
▶株式と引き換えにプレシード投資が提供される場合がある
▶期間中にオフィスなどの物理的なリソースが提供される場合がある
▶事前に競争的な選抜プロセスを経る必要がある
*田代智治・岸本千佳司 [2021]「エコシステムにおけるアクセラレーターの発展と重要性―定義とその特徴の体系的・包括的理解―」『中小企業季報』(大阪経済大学)No.3・4合併号, 11~28。
アクセラレーターと混同される用語としてインキュベーターがある。典型的なインキュベーターではオフィスに加えて教育・サービス・メンタリングが提供されることも多いが、明確な枠組みの中で行われるものではない。インキュベーターが文字通りの孵化装置として外部環境に出す準備期間としてベンチャー企業や起業家を育てることを目的としているのに対して、アクセラレーターでは現実を突きつけてビジネスモデルの早期判断が迫られる。
実際にシードアクセラレーターと呼ばれる企業が存在し、アクセラレータープログラムを事業として営んでいる。一方で大企業が主催者となって行われるプログラムも実施されている。通常のものはあくまでもベンチャー企業の成長を目的としているが、そこに大企業ならではの視点が加わってくる。ベンチャー企業との協業を自社の成長に活かすという側面である。
またイノベーションエコシステムを活性化させたい中央/地方政府が、特定の地域の発展・成長の手段としてアクセラレータープログラムを運営する動きが広がっている。これに関して、全米科学財団(NSF)のRegional Innovation Engines Program(RIEプログラム)に代表される、場所ベースのイノベーション政策の有望性と課題を評価した研究においても、実行可能な戦略的打ち手の1つとして推奨されている。
*Guzman, Jorge, Fiona Murray, Scott Stern and Heidi L. Williams [2024], "Accelerating Innovation Ecosystems: The Promise and Challenges of Regional Innovation Engines," Entrepreneurship and Innovation Policy and the Economy, 3(3). 9-75.
質や評判を大きく左右するメンタリング
前述したアクセラレータープログラムの特徴の1つに、メンタリングが提供されることが挙げられる。そのこと自体は広く知られているものの、そこまで重く捉えている人は多くないのではないだろうか。しかしながら関連する文献を見ると、メンタリングはアクセラレータープログラムの中心的な役割を担っており、プログラムの質や評判を大きく左右するものであることがわかってくる。
Avnimelechはイスラエルでアクセラレータープログラムに参加したアントレプレナーやメンターその他を対象としたインタビュー結果に基づき、メンターの役割と実践についての包括的な説明を行った研究を紹介している。そこではメンタリングに関する基本事項に加えて、現状の問題点やプログラムを運営するアクセラレーターがとりわけ考慮すべき点などが整理されている。
*Avnimelech, Gil and Eyal Rechter [2019], "Mentorship Processes within Startup Accelerators," Available at SSRN, DOI: 10.2139/ssrn.3361638.
メンタリングは、経験が豊富な人(メンター)と経験が浅い人(メンティー)の1対1の学習関係で行われ、さまざまな効果を持つ。メンタリングに関する研究の多くは組織内または教育的な文脈に焦点を当てており、特に大組織における機能として以下の2つが報告されている。
▶心理的支援
自信をつけ、受容とカウンセリングを提供する
▶キャリア関連機能
仕事に関連したスキルの開発やビジネス領域の知識の習得を支援する
ベンチャー企業側の文脈では、メンタリングは起業家の自尊心を高め、起業の意図・コミットメント・行動に影響を与えることで、業績・生存率・成功確率を高めることが判明している。このときのメンターの主な役割は、アントレプレナーが経験を振り返ることによって経験からの学びを活用し、当初置かれた前提すらも疑うダブルループの学習プロセスを促進することにある。
Avnimelechは、メンタリングを実践する際に考慮すべき4つの次元を以下のようにまとめている。
▶直接性
メンティーが独自に答えを見つけるように導く完全な非指示的メンタリングから、メンティーに指示を与える完全な指示的メンタリングまで幅広い
▶関与
プロセス・利用可能性・フォローアップに対するメンターの態度
▶アントレプレナーとベンチャー企業の焦点
アントレプレナー個人の成長とベンチャーの進捗のどちらに焦点を当てるか
▶プログラムとの整合性
アクセラレータープログラムが掲げる目標とどの程度整合しているか
関与の次元はほとんどの成果にとってより重要である一方で、直接性の次元はベンチャー企業の進捗というよりも、アントレプレナー個人の学習にとって特に重要である。
またメンターとメンティーのマッチングに関して、2つの特性が区別されている。
▶表面レベルの特性
年齢・性別・民族性・背景・言語などの容易に検出可能なもの
▶深層レベルの特性
態度・価値観・動機・信念などの側面に関するもの
メンターとメンティーの間の多様性が開きすぎているとコミュニケーションが阻害される一方で、類似性が高すぎるとメンタリング関係における学習が妨げられる可能性がある。表面レベルの特性は通常、初期段階では影響を与えるが、時間の経過とともに減少する。関係が進展するにつれて、深層レベルの特性の重要性が増していく。
メンターは、保有している知見や経験によって、プロセス/スキル/ドメイン/投資の4つの種類の専門家に分けられる。またアクセラレータプログラム内の役割として、以下の7つが存在している。
●メインメンター:一般的なビジネスの側面とソフトスキルを支援する
●エキスパートメンター:ベンチャープロセスの特定の側面を解決または促進する
●投資トレーナー:アントレプレナーが投資家に会う準備を手伝う
●ビジネスサービス提供パートナー:非常に限定的な問題に対する解決策を提案する
●ディールフロースクリーニングパートナー:候補となるベンチャー企業を選定する
●デモデイジャッジ:プログラムとベンチャー企業のために広報する
●講師:特定の話題について教える
それぞれに対して有効な専門家の種類や求められる特性、メンタリングの際に選択すべき次元が異なってくる。
関係者の間で指導・トレーニング・ベストプラクティスの共有・評価が必要であることは一致しているものの、ほとんどのプログラムでは、専門家の種類や異なる役割の間に明確な区別がなく、同じベンチャー企業のために働く異なるメンター間に存在すべき相互作用に関するガイドラインもない。さらに、メンターの割り当ては必ずしも理想的には行われていないことが明らかにされている。
また続く2024年の報告において、メンタリングがアクセラレータープログラムにおける人的資本の開発・ネットワークの構築・資金調達能力の獲得・正当性の向上・心理的発達・事業の進歩のすべてについて促進できることを明らかにしている。ただし、機能的で具体的な側面に関連した支援を単発で提供するだけでなく、一定期間を継続的に関わる中で信頼に基づいてアントレプレナーと接することが求められる。
*Rechter, Eyal and Gil Avnimelech [2024], "Intensive personal mentoring: accelerators’ secret sauce," Small Business Economics, DOI: 10.1007/s11187-024-00943-x.
以上を踏まえると、サービス提供会社を利用してアクセラレータープログラムを実施する大企業や支援事業者を選定する中央/地方政府の担当者にとって、メンタリングの質は選定時の大きなポイントの1つになりそうである。各サービスがメンターに関する情報を開示していないとしても、問い合わせに関するやり取りを通じて、どこまでメンタリングに重きを置いているかは読み取れるのではないだろうか。
また、他のアクセラレータープログラムとの差別化を考えた場合は、よいメンターの確保が重要となってくる。これに関して、Yitshakiは、メンターの動機には起業家を助けたいという利他的なものと、メンター自身の評判の向上や最新の技術情報の入手、投資機会の獲得などビジネス上のものがあることを明らかにしている。そこで、それぞれのメンターに合った個別の働きかけが必要となる。
*Yitshaki, Ronit and Israel Drori [2018], "Understanding mentorship processes," in Accelerators: Successful Venture Creation and Growth, Wright, Mike and Israel Drori (eds.), Edward Elgar Publishing, 58–80.
以上が簡単なまとめであるが、メンタリングについてはいまだ海外でもうまく実践されているとは言い難い状況にあるようで、アクセラレータープログラムの中でも特に注力すべき領域ではないだろうか。
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