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企業が生き残るために知るべき「ベンチャービルダー」の現在地を整理する

オープンイノベーションや新規事業開発担当者にとっての選択肢として注目

連載
オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド

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大企業が運営するベンチャービルダー

 続いて企業支援型ベンチャービルダーの話に移る。最初に多くの企業が持っている一般的な新規事業開発の仕組みとの違いを明確にしておきたい。重要なポイントは独立した組織としてのベンチャー企業を立ち上げるか否かで、創業者のリクルートは社内外のどちらでもあり得る。例えば前述のC-Labの場合は、Samsung Electronicsの従業員が主体となっている。

 Kullikはドイツ企業のViessmannが展開するベンチャービルダーのWATTxと、BoschグループのベンチャービルダーであるStart-UP GmbHを調査対象とした研究を報告している。WATTxは非中核市場で活動し、イグジットによる利益の創出を目指している。設立するベンチャー企業の50%の株式をViessmannが保有し、残りを外部投資家が出資する。Start-Up GmbHは新市場をターゲットとし、Boschが完全な所有権を握って、自社の成長につながる企業を設立している。
*Kullik, Oliver, Katharina Hölzle, Bastian Halecker and Matthias Hartmann [2018], "Company Building – A New Phenomenon of Corporate Venturing?," XXIX ISPIM conference proceedings, Stockholm, Sweden, 1-9.

 Boschの場合は工場のような方法で会社を設立することよりも、社内のアイデアをベンチャー企業として発展させ、新しい市場に参入することによって、組織全体で起業家マインドを相互に育成することに重点を置いている。WATTxが外部的なコーポレートベンチャリングの形態を採っているのに対して、Bosch Start-Up GmbHは内部志向の取り組みと言える。

 上記の2社のように取り組みを紹介した事例は少数ながら見られるものの、企業支援型ベンチャービルダーにおけるベストプラクティスをまとめた文献は見当たらない。一方で、Kitsutaはブラジルの大手ソフトウェア企業が外部起業家を活用したベンチャービルダープログラムを立ち上げ、中止した事例を調査した研究を報告している。
*Kitsuta, Carla M. and Ruy Quadros [2022], "The Anatomy of a Corporate Venture Builder : Factors influencing Failure," Proceedings of 2022 Portland International Conference on Management of Engineering and Technology (PICMET), Portland, USA, 1-9.

 本報告では失敗要因が戦略・組織・プロセス/ツールに分けて列挙されており、長期的な目標を持っていたベンチャービルダーと、短期的な成果を期待していた本社のトップマネジメントの間の整合性の欠如が失敗の決定的な要因であった。この種の取り組みは成果が出るまでに3~8年程度が掛かり、これはトップマネジメントの平均在職期間よりも長く、切り替わりのタイミングで見直されることも多いとも書かれている。

 このほか、企業支援型ベンチャービルダーは、デジタルトランスフォーメーション(DX)とも関連して用いられている。Mittermeierは社内のプロセス改善などに取り組む大企業のデジタル部門が、イノベーションプロジェクトのオーナーとなって社外のリソースを活用しながら独立した事業開発を行うベンチャービルダーとして、より外部志向に変わりつつあることを紹介している。
*Mittermeier, Ferdinand [2024], "Upgrading Digital Units: Why Incumbent Firms Engage in Digital Venture Building," Proceedings of the 30th Americas Conference on Information Systems (AMCIS), 10.

大企業にサービスを提供するベンチャービルダー

 最後は、大企業にベンチャービルダーサービスを提供する独立系コーポレートベンチャービルダーである。Mittermeierによるデジタル分野のベンチャービルダーを対象とした事例研究では、各フェイズを進めるにあたり、4つの異なる役割を果たす人材をすべて集める必要があることが示されている。

▷準備フェイズ(戦略コンサルタント)
 ▶戦略的整合性の追求
  ●デジタルイノベーション戦略を遂行する
  ●現在の組織体制を検証する
  ●コーポレートベンチャービルディングのコンセプトを明確にする
 ▶ガバナンス構造の構築
  ●運営委員会を設置する
 ▶独自性のあるリソースへのアクセスを確保する
▷同定フェイズ(戦略コンサルタント・シリアルアントレプレナー)
 ▶オプションの創出
  ●独自性のあるリソースの活かし方を考える
  ●デジタルイノベーションのトレンドにリソースを適合させる
 ▶オプションの評価
  ●短期間の仮説検証を実施する
  ●実現性や不確実性について整理する
  ●オプションに優先順位を付ける
▷開発フェイズ(シリアルアントレプレナー・社内チャンピオン)
 ▶共同開発
  ●部門横断チームを立ち上げる
  ●大企業の従業員を巻き込む
  ●社内チャンピオン(応援してくれる社内の実力者)を活用する
 ▶リーンプロトタイピング
  ●製品・市場フィットを達成する
  ●短期志向の企業文化に対処する
▷実現フェイズ(シリアルアントレプレナー・セカンドステージアントレプレナー)
 ▶オペレーションの準備
  ●ベンチャー企業が将来必要とする人材の獲得を支援する
  ●IT能力を提供する
 ▶CEO候補の支援
  ●コーチングを実施する
  ●大企業とベンチャー企業の間のコミュニケーションを取り持つ
*Mittermeier, Ferdinand, Axel Hund, Daniel Beimborn, Julian Frey and Yannick Hildebrandt [2024], "Externalizing Digital Options Thinking: How Corporate Venture Builders Generate Opportunities to Invest in Digital Innovation," ECIS 2024 Proceedings. 6.

 これを見ると、新規事業創出のためにベンチャービルダーを立ち上げることを考えた際、高いハードルがあるように感じられるのではないだろうか。そのため、まずは独立系コーポレートベンチャービルダーのサービスを活用することをおすすめする。そして自社にとって価値あることが確認できたあとで、関連するノウハウを吸収していくことで、内製化する方向を模索していくとよいだろう。

おわりに

 以上、簡単にではあるが、ベンチャービルダーに関する情報を紹介した。最後にオープンイノベーションやコーポレートベンチャリングといった他の手法との関連性を整理しておく。

 競争環境が激化する中で大企業が生き残るには、既存事業の変革と新規事業の創出の両方が求められる。前者に関しては、製品/サービスの開発や製造、ビジネスのプロセスがすでに存在していることから、オープンイノベーションチームを立ち上げて、ニーズ収集・シーズ探索型の活動を行いつつ、ベンチャー企業の活用に特化したベンチャークライアントチームも運用すればよいかもしれない。またDX部門との協力体制も構築しておきたい。

 後者となる新規事業については、継続的に生み出す仕組みづくりが求められる。最初の入りとしては、リーンスタートアップなどの方法論の説明を含めたアントレプレナーシップ教育の実施やアイデア提案制度の導入といった施策になるだろう。そして個別のプロジェクトに関して社外の新規事業支援サービスを活用していき、ある程度慣れてきた段階で本腰を入れてベンチャービルダーの活用を検討すればよいのではないだろうか。

著者プロフィール

羽山 友治
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。
https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022

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