ミドル・シニア層が経験するパラダイムシフトに寄り添った支援策を、ベネッセが提言
“生涯現役”を強いられる45~69歳世代 いかにリスキリングに向き合うか
2025年01月09日 08時00分更新
2025年には、約800万人にも上る「団塊の世代」が75歳以上となり、国民の5人に1人が後期高齢者となる。超高齢化がさらに進む中、社会を持続可能なものにしていくために政府が注力するのが、「リスキリングの推進」や「高齢者雇用制度の延長」といった、高齢者がより長く働ける環境の整備だ。
このような状況下で、働き続けなければならない「ミドル・シニア層」(ここでは45~69歳を指す)はどのようにリスキリングと向き合っているのか。
ベネッセコーポレーション(ベネッセ)は、2024年12月4日、リスキリングに関するメディア向け勉強会を開催。執行役員 社会人領域担当(Udemy日本事業責任者)である飯田智紀氏は、「人生100年時代において、ミドル・シニア世代は“生涯社会的現役”となる最初の世代。この世代ならではの課題は根深い」と説明する。
リスキリングの現在地:認知は進むもいまだ一定のハードル
2022年、政府がリスキリングなどの「人への投資」に“5年で1兆円”を投じる方針を示して以降、個人や企業への助成を拡充してきた。それに伴い、リスキリングは社会に浸透し始めており、ベネッセが約4万人の社会人に対して定期実施する「学びに関する意識調査」では、2022年には23%だったリスキリングの認知度が、2024年には56%まで上昇した。
しかし、飯田氏は「実際にリスキリングを実践するには、いまだ一定のハードルがある」と語る。
同調査において、“現状学んでいてこれからも学ぶ”という「学んでいます層」の割合は33.8%だった一方で、“現状学んでおらず今後も学ぶ予定がない”という「なんで学ぶの層」は41.5%を占め、両者の比率はここ数年大きく変わっていないという。「学ぶつもり層」や「学ぶの疲れた層」も含めると、社会人の実に65%が“直近1年学んでいない”という結果となった。
企業側の推進状況としても、帝国データバンクによる2024年の意識調査をみると、リスキリングに取り組みたい、取り組んでいるという企業は26.1%にとどまる。加えて、リスキリングに積極的なのは「情報サービス」や「金融」といった事業変革やDXが盛んな業種の割合が高く、企業や業界によって濃淡がみられるという。これらの個人・企業に対する調査結果は「実際の肌感とも近しく、比較的社会全体の現状を表している」(飯田氏)という。
これらの結果を受け、飯田氏は「リスキリングは、究極的には企業の成長につながるかどうかに着目すべき」と強調する。ただし、それは最終段階であり、まずは「学習環境の整備」から始め、社員の「マインド醸成」や「スキル向上・主体行動の増加」といった、個人の変容に取り組む必要があるという。そして、土壌を築いた後に「業務におけるインパクトの創出」を起こし、本命である「ビジネスインパクトの創出」を目指すことになる。
加えて飯田氏は、ビジネスインパクトに至るための重要な3つの視点を挙げた。ひとつ目は、リスキリングを「経営戦略」と結びつけることだ。重要な位置付けとしてトップがコミットして、社員が学びを促進できる仕組みや成果に対する報酬・評価の制度を設計する。
2つ目は「文化醸成」。リスキリングで生まれた変化を可視化した上で、その変化を社内で発信したり、変化した個人が集うためのコミュニティを用意する。
3つ目は、学びに主体的であることに加えて、周囲にも刺激を与える「ラーニングヒーロー」を意図的に生み出して、文化醸成を加速させることだ。
ミドルシニアの「人生このままでいいや層」「モヤモヤ層」はいかにリスキリングに向き合うか
前述のとおり、リスキリングに一定のハードルがある中で、今後リスキリングに向き合うことを求められるのが「ミドル・シニア層」だ。ここではミドル層は45歳~59歳、シニア層は60歳~69歳を指す。
労働力人口の減少を解消するため、高年齢者雇用安定法が改正。2025年4月から、希望者に対する「65歳までの雇用確保(義務)」「70歳までの就業確保(努力義務)」が企業に課せられる。希望者への継続雇用によって60歳定年制は維持できるが、定年年齢を65歳、70歳と引き上げる企業も増えていくと予測される。つまり、今のミドル・シニア層は「生涯社会的現役」を当たり前として迎える最初の世代といえる。
ミドル・シニア層を含む人々にとって、何がリスキリングのハードルになっているのだろうか。飯田氏が、これまでの調査から指摘するのが「自己肯定感の低さ」だ。自身の人生への主体性がなく、モチベーション不足や自分軸の喪失などによって、学びの入口でつまずいてしまう。
もうひとつのハードルが「リスキリング=押し付けられている」というイメージだ。特に、自己肯定感が低い状態では「やらされている」と感じてしまい、やっている人との断絶も生じてしまう。
飯田氏は、「リスキリングは“学び直し”と表現されるが、われわれは“学び足し”と表現していきたい。決して過去を否定するものではなく、新たなものを足していくのがあるべき姿」と強調。ベネッセでは、今求められるリスキリングとは、「社会から肯定されて、新たな自分の可能性をみつけられるもの」だと定義する。
加えてベネッセは、ミドル・シニア層が他の世代と比べてリスキリングに意欲的ではないことに着目し、2024年8月から9月に、定性的・定量的なインサイト調査を実施。その結果みえてきたのが、ミドル・シニア層のリスキリングに対する向き合い方の多様化だ。「ライフステージの変化において、自身への投資に悩むことが多く、かつその悩みが多様なのがこの世代の特徴」と飯田氏。
社会環境が複雑化し、人生100年時代となることで、「定年」以外の節目が増え、置かれている立場やライフスタイルの状況によって意識の差が生じる。その中でも、ミドル層は「老後の不安に備えつつ、自分らしい人生の基盤を固めたい」という意向が強く、シニア層は「余生ではなく“自分が主役の人生”を設計していきたい」という意向が強いという傾向があるという。
もうひとつ明らかになったのは、ミドル・シニア層の多くが、働き方やライフプランの見直しに向き合えていないという現実だ。
同調査によると、「働き方やキャリアの見直し」を「検討していない」人が58.7%、「検討はしているが実践に移せていない」人が27.3%を占める。同様に、「人生やライフプラン」の見直しについても「検討していない」は46.4%、「検討はしているが実践に移せていない」は39.1%だった。
つまり、働き方やライフプランの見直しを検討していない「人生このままでいいや層」と、検討しているが実践に移せていない「モヤモヤ層」が、合計で8割以上を占めていることになる。
ただし、モヤモヤ層は学びへの関心は高いため、知識やノウハウを先行させるのではなく、自分を起点とした学びを意欲的に設計することがリスキリング実践の鍵になるという。一方、人生このままでいいや層は、学びに魅力を感じていないため、興味のあることを起点に多様な選択肢に気づくことが、リスキリングのスタートを切るためのポイントになる。「総じて言えるのは、シニアになればなるほど、職業や環境に適応するスキルではなく、自身の人生に寄与することを学びたいという意欲が高まる」点だと飯田氏。
そのため、企業側がミドル・シニア層にリスキリングを推進するにおいても、「組織の中で活躍するための学習」を促すだけではなく、「自身の人生のために何を学習したいか」に寄り添うことが重要になるという。
加えて、ミドル・シニア層がどの役職・立場に就いているかも注目しなければならない。総じて、役職が上がるにつれて学びに魅力を感じ、ポジションが現場に近いほど学びへの魅力は低下するという。経営層・役員・部長・課長にはより実践的で、組織にも変革をもたらすようなアプローチを、課長・主任・一般社員には今のキャパシティを守ったまま、興味のある分野を深めるようなアプローチといった形で、社員の視座にあわせたコミュニケーションが必要になる。
飯田氏は「ミドル・シニア層のリスキリングに対する向き合い方は多様化している。今後は、これらの人々にもっと寄り添うための、サービスや社会システムが求められる。課題先進国である日本が、好事例をつくれるかどうかが他国からも着目されている」と語った。