「完全自動自動運転」実現への採用術。超一流エンジニアを魅了するTuringの組織作りとは
ドライバーの介入が不要な「完全自動自動運転」の実現。イーロン・マスクが率いる米Teslaをはじめ、世界中の企業が莫大な資金や人材を投じていますが、実装には至っていません。この壁に挑み、日本発スタートアップとして「We Overtake Tesla」を掲げるのがTuring(チューリング)株式会社です。将棋AI「Ponanza」開発で著名な山本一成氏がCEOを務めるスタートアップですが、どのような開発組織になっているのでしょうか。共同創業者 / 取締役CHROの青木俊介氏と人事責任者の立石竜氏に話を伺いました。(本文敬称略)
目指すは「完全自動運転の実現」
マスクド:チューリングでは「完全自動運転の実現」を目標に掲げています。これを達成するための組織において、お二人はどのような職務を担当されていますか?
青木:代表の山本と2021年に共同創業して、起業直後から採用と組織作りを担当してきました。創業者がエンジニア同士で、そのあともエンジニアばかり採用していましたが、2023年から立石と一緒に採用チームを立ち上げ、一緒に採用や組織作りを推進しています。
立石:私自身については、チューリング創業直後に副業として採用などに携わっていました。そこから本格的に採用を強化する段階となり、「子供のためにより良い未来を作りたい」「新たな産業を作りたい」というモチベーションから2023年に入社しました。
いまは人事における責任者として、採用を含めた戦略と実行を取りまとめています。現在(2024年10月時点)は正社員が36名ほどで、そのうちの6〜7割がエンジニアです。11月には9名が新たに入社しますが、7名がエンジニアですので、今後もエンジニアがどんどん増えていく予定です。
青木:チューリングは私と山本のエンジニア2名で創業しており、当初は会社としていびつな形でした。当初から私が組織作りと採用を担当していましたが、採用した初期メンバーも全員エンジニアだったので、そのメンバーのみでオフィスを決めたり経費精算などを手探りでやってきました。今は組織として安定しつつありますが、創業からしばらくはいつ潰れてもおかしくないという状況でした。
立石:現在のオフィス(大崎)に移転した時、青木がお祝いで送られてきた胡蝶蘭を眺めながら「ここ(の状況)で潰れる会社もあるんだね」と言っていたほどです。経営状況が厳しかった時でも「いつまでなら持ちます」と応募者には正直に伝えており、辞退されることもあれば家族を説得して入社してくれる人もいました。
自動運転車におけるハードとソフトの違い
マスクド:前例のない自動運転車の開発における苦労はありますか?
立石:「苦労や問題を抱えていた」という表現が正しいかもしれません。例えば走行データの収集で、仕様が変わる場合があります。自動運転AIのエンジニアは高品質なデータを求めますが、組込系やカメラを調達するハードウェアエンジニアにとっては、変更作業が負担になります。そこで仕様変更が必要な背景を丁寧に伝えたり、部門ごとに責任者を立てるなど、意識して整備してきました。
ハードウェアのエンジニアの場合、開発期間は半年~数年という時間感覚です。対してソフトウェアのエンジニアは数週間や短かいものなら数日です。このようなリードタイムの違いも含めて、各部門におけるオーナーシップの持ち方に違いがあります。特にハードウェアでは責任者としてプロジェクトマネージャーもいます。その職種やプロダクト開発において当たり前としていたことが、別のチームにとっては当たり前ではない。そんなことが当初はありました。
そこで、部門責任者の中間に介在する役割を設置したり、相互理解の場や会議体を適切に設けることで、コミュニケーションや認識齟齬をスムーズに進めるようにしました。チューリングには4つのバリューという会社が大事にしている価値観があり、その一つに「伝える努力、理解する努力」があります。それを社員が体現していくことで、大きなプロジェクトをスムーズに進めていける組織になってきたと思います。
特に勘違いされやすい点ですが、自動運転車という未知の分野ですと、新しい探索が求められると思われがちです。しかし実際には「車輪の再発明」を避けるため、先人の知見を参考にする見極めが重要です。0から考えて探索すべきかは、きちんと切り分けています。
青木:応募者からは「自動運転車の開発経験がありませんが、大丈夫ですか?」と不安になる方もいます。しかし、自動運転車の開発経験がある人はほとんどいません。そこでご自身の経験がチューリングと自動運転車に活かせる事を丁寧に説明するのが、採用で重要だと考えています。
エンジニアもオフィス出社に回帰?
マスクド:リモートからオフィスへの出社が増えていますが、チューリングはどのような状況ですか?
青木:完全自動運転を実装するために、車を直接触るのは重要です。車という物理的なハードウェアがあって、直接触るために出社しようという意識を持っている社員が多いと思います。また特に若手や中堅のエンジニアにとって、直接対面で仕事をしながら同僚や先輩から学べることがたくさんあります。例えば他のエンジニア同士の雑談を、横で聞くだけでも勉強になる。一方で経営側の人間としては、出社することで成長できる機会や、出社して楽しいと思える空間を作らなければならないという使命感もあります。
立石:チューリングはさまざまな分野のエンジニアが在籍しており、多様性の塊のような組織です。一方で自動運転AIを開発するエンジニアは組込系のカメラについて詳しいわけではないですし、逆もまたしかりです。そのような中で一緒に仕事をするためには、オンラインで30分間の打ち合わせするより、オフィスで3分間の会話を10回行った方がはるかに良いです。スピーディーなすり合わせは、絶対に必要ですね。
もちろんリモートワークを認めないわけではなく、出社と自宅のハイブリッドも可能です。柔軟な働き方として私も家族との時間のために18時きっかりで退社しており、退社直前はバタバタ消えていくからか「シンデレラ上がり」と社内では言われています。我々の完全自動運転の実現という挑戦は長期間に及ぶため、家族からも応援してほしいと思っています。採用が決まった後に条件を決めるオファー面談でも、「パートナーは納得してくれるのか?」というやり取りもあります。また、健康保険証は入社2週間後に提供しており、この点でもご安心をいただいています。
採用する「良い人」の定義や言語化が進んだ
マスクド:これまでのエンジニア採用先や所属するメンバーの経歴はどのようなものですか?
立石:創業初期は青木の知り合いや、青木がSNS経由でスカウトするリファラルのような形が多かったです。最近では自社で行う採用イベント、スカウトメール、社員紹介、人材紹介会社などが中心です。採用イベントには認知獲得を目的とした「Tesla解体ショー」のようなものや、「オープンオフィス」というカジュアルに社員と話して興味関心度合いを高めることを目的とした2つがあります。スカウトメールでの接点・イベントなどを通して、「こんな会社で働きたい」「こんな人達と一緒に仕事したい」と感じてもらい、長期間に渡って連絡を取りながら入社いただく方も多いです。
採用者の経歴としては、自動運転におけるAI開発にかかわる機械学習系エンジニアが多いです。またハードウェア周りである車載カメラや、エッジPCなどのデバイスを得意とする組込系の経験者も多く、前職がソニーや東芝など電機メーカーの人もいます。
マスクド:採用基準として、以前に青木様が「“良い人”を採用したい」と答えていました。その後の変化などはございますか?
青木:大きくは変わっていません。弊社の採用基準として良い人を強調するわけではありませんが、採用された方はいわゆる”良い人”が多いと思います。以前から変わった点としては、「良い人」の定義や言語化が進んだことです。例えば「チューリングのビジョンに共感しているか」「質問に対して誠実に答えてくれるか」などがありますし、採用イベントなどで直接会って話したり食事をすることも大事なポイントだと思います。
マスクド:競技プログラミングのAtcoderで水色保持者(全体の上位1割)や、データ分析コンペのKaggleの最高位であるGrand Master(日本では60名程度)の保持者も在籍されていると聞きます。こうした実績はチューリングでどのように役立っていますか?
立石:AtcoderやKaggleはアルゴリズムやソフトウェアの実装において重要です。自動運転AIは大規模なモデル開発をチームでスピーディーに進める必要があるので、課題解決には自分で手を動かして試行錯誤しなければなりません。こうした点でAtcoderやKaggleで手に入れた能力が役立ちますね。
また、自動運転AIを開発するためにデータ収集にも注力しており、車載カメラやLiDARやGNSS(全地球航法衛星システム)など複数のデータを組み合わせたデータセットを構築する必要があります。こうしたデータ収集も非常に重要なので、機械学習エンジニアだけでなく、組み込みソフトウェアエンジニアからの認知も重要です。収集した生データはそのまま開発に使用できないので、データのバリデーションや前処理、キュレーションを行う必要があります。これらの処理をデータの拡張性や自動化を考えながらデータパイプラインの実装をしなくてはならないため、機械学習エンジニアだけでなく、ソフトウェアエンジニアの認知も必要です。自動運転AIを車に搭載する仕組みを量子化・最適化エンジニア・組み込みソフトウェア・ハードウェアエンジニアと連携して構築しています。
超一流のエンジニアが目指す組織へ
マスクド:将来的なエンジニア組織の拡大にあたって、チューリングらしさや独自性をどのように維持しますか?
立石:組織の拡大期において、エンジニアの個性や役割などをきちんと認知しつつ、プロジェクトマネジメントや入社前後のオンボーディングを丁寧に行うのが大事だと思います。特にチューリングでは、ストーリーで人を巻き込むことを大事にしています。エンジニアを含めたチーム全員が燃えあがるような目標を掲げて、目標と人が向きあうことにこだわっています。
組織内で横串のコミュニケーションを増やしたり、異なる分野のエンジニア同士が知見を共有できるように社内勉強会を開催しています。こうして共有した知見をドキュメントに落とし込み、後から入社したエンジニアが開発しやすい環境を整備しています。また、個人の人間性を知るために「カジュアルナイト」という一緒にお酒を飲むだけのイベントを開催しています。しかし業務上の人間性と連動させるの難しい部分もあり、今後は各チームを横断する開発合宿のような展開ができる組織運営を想定しています。
青木:「社内文化をどうやって醸成すべきか?」と考えていますが、そもそもルールから社内文化は作れません。現在在籍しているエンジニアは私と山本で共同創業した会社としてのビジョンに惹かれて入社しています。そこで現在のメンバーが中心となって、社内文化やDNAの中核を決めていきたいです。
チューリングにおいて私が大事にしてる事が2つあります。1つは大義の旗で、これは三国志や戦国時代が好きなのもあって、大義が人を動かすと思っています。そうやって「この大義を達成することが人生の誇りであるという人」が入社してくれるので、大義を大事にしたいです。
もう1つはわかりやすいゴールを設定することです。数字を含めて定量のものが理想ですが、定量できない面は言語化しています。ゴールを設定して取り組める場を作って優秀な人を集めれば、サッカーのように絶妙なパスからシュートを決めてくれるかなと考えています。
マスクド:将来において、チューリングのエンジニア組織はどのような展望がありますか?
立石:「超一流のエンジニアを魅了するエンジニア組織でありたい」と、常に考えています。そのために超一流のエンジニアがどこにいるかを知り、彼らに響く発信はなにか、、どんな採用活動をすべきかを模索し続けていきたいです。チューリングの醍醐味は世界を変える事業とエンジニア組織だと思います。入社してくれた人が将来において自分の仕事を振り返った時に、家族に誇れるような挑戦を続けたいです。
青木:現在はエンジニアとして超一流になっても、外資系のビッグテック企業や米国移住など選択肢が限られてしまいます。だからこそチューリングを日本の超一流エンジニアが活躍したい会社にしたいです。そして超一流エンジニアが目指す場所というのは、待遇だけではなく業務の面白さや夢に一番に近い場所という意味です。奇跡を起こす舞台であり、世界が変わるのを目にする特等席となる場を作らなければいけません。
あとがき
チューリングの掲げる「We Overtake Tesla」という目標そのままに、壮大な夢を追い続けるエンジニアと一緒に働ける組織であると伝わってきました。そして自動運転車の実現だけでなく、新たな挑戦を続けて世界を変える可能性もある場所であると感じた次第です。
マスクド・アナライズ
空前のAIブームに熱狂するIT業界に、突如現れた謎のマスクマン。
現場目線による辛辣かつ鋭い語り口は「イキリデータサイエンティスト」と呼ばれ、独特すぎる地位を確立する。
"自称"AIベンチャーを退職(クビ)後、ネットとリアルにおいてAI・データサイエンスの啓蒙活動を行う。
将来の夢はIT業界の東京スポーツ。
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