満足度2割の絶望から逆転。歩行モビリティの課題解決から広がる独自市場を開拓するAshirase
10月から一般販売がスタートする視覚障害者向けの歩行支援デバイス「あしらせ」
靴に装着するセンシング機器とアプリで視覚障害者の移動を支援するシステムを開発・販売しているスタートアップが株式会社Ashiraseだ。これまでは利用者を限定した販売だったが、2024年10月からいよいよ一般販売を開始する。「新たな挑戦となるが、これまで以上に顧客の声を聞き、製品強化を続け、新しい市場を作っていきたい」と創業者で代表取締役CEOの千野歩氏は語る。ただのセンシングデバイスにとどまらない、同社が目指す価値について、千野氏に聞いた。
歩行もモビリティ。歩く際にもナビゲーションは欠かせない
株式会社Ashiraseが開発した「あしらせ」は、視覚障害者の単独歩行を支援するナビゲーションシステムだ。靴に装着するデバイスが発する振動と、スマートフォンの地図やセンシングデータを使った案内によって、利用者はルートの確認ができる。
Ashiraseの創業者であり、開発を当初からリードしてきた千野歩氏は、「靴の中にデバイスを入れて利用する。視覚障害者が盲導犬や白杖を使用している場合でも、これらを妨げることなく併用できる。『靴ではなく、ベルトに装着する方がいいのではないか?』『白杖に仕込むのはどうか?』など、過去さまざまな意見をもらったが、靴であれば履かない日はないということでこの形式となった」と説明する。
仕組みはシンプルで、靴に伝わる振動から歩く方向をナビゲートする。スマートフォン標準センサーに加え、 デバイス側のセンサーデータを統合することで、高精度な位置・方位の推定を実現。最新バージョンではGPSの電波状況が悪い場所でも、ユーザーの歩行データをもとに位置推定を行うなど、着実に利用者をサポートする。ただし、センシングができれば何でもできるわけではなく、あくまで提供するのはルート確認となっており、既存の盲導犬や白杖と同様、日常生活で屋外を歩くルートを示すソリューションとなっている。
開発がスタートしたのは、千野氏が本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)に勤務していた2018年のことだった。
「きっかけは、妻の祖母が近所の川に転落して亡くなるという事故から。当時は自動車の自動運転のためのナビゲーションシステムの研究開発など、安全に関わる仕事をしていたが、単独での歩行中の事故も起こり得ることを初めて認識した。そこから個人的に研究を始めたのが、『あしらせ』の原点」(千野氏)
亡くなった親族は目が不自由だが視覚障害を持っているわけではなかった。歩き慣れているはずの道でも、何かの拍子に事故が起こることもある。障害者でなくても、高齢者などが安全を担保して歩くことは容易ではないという気づきが研究のきっかけとなった。
実際に視覚障害者から話を聞くと、視覚障害者は自身が得られるさまざまな情報を活用しながら歩いていることがわかった。
「視覚障害者といっても、視力が残っている方もいる。残っている視力は人それぞれであり、視覚がない場合には聴覚や足の裏の感覚を利用している方も。得ている情報を邪魔することなく、歩くことをサポートするナビゲーションシステムでなければ駄目だとわかった。また、視覚に障害がある場合、物の管理は容易ではない。そこで履き慣れた靴に装着しておけば、改めてデバイスを探さず利用できる。こういった背景から、靴の中に入れる振動パッドとデバイス、さらにナビゲーションシステムを利用する製品を開発することになった」
独自の研究は、社内の新規事業プログラムなどでの入賞を経て、スタートアップとしての独立につながった。2021年4月、千野氏はホンダを退社し、株式会社Ashiraseを設立。ホンダの新事業創出プログラムであるIGNITION発の第1号スタートアップとして設立され、ホンダおよびリアルテックファンドからシードラウンドにて5000万円を調達している。
このイメージから、大手発の技術が使われていると思われがちだが、実際のところホンダが研究開発している技術と「あしらせ」に使われている技術は似て非なるものだとわかる。歩くことへのナビゲーション、特に視覚障害者のためのナビゲーション技術は自動車には必要ないものだからだ。
「ホンダ発と思われがちだが、社員でもホンダ出身者は2人しかいない。技術を活用しているわけではないが、ホンダで学んだコンセプトや哲学など、開発を行う前提になっている部分では得たものが多い。故障や事故など、特に安全に対する考え方も受け継いでいる」