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新清士の「メタバース・プレゼンス」 第74回

AIバブル崩壊をめぐって

2024年08月05日 07時00分更新

文● 新清士 編集●ASCII

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AIはまだ投資に見合った利益を出していない

 2023年に、AIへの投資は爆発的に増えました。スタンフォード大学の調査(によれば、2023年だけでアメリカでは672億2000万ドル(約10兆円)に達するという途方もない額が投資されています。また、世界での生成AIの投資に限ると252億3000万ドル(約3兆8000億円)と、2019年と比べると30倍以上になっています。問題は、その割に生み出している利益が少なすぎるのではという疑問が出始めているのです。

2023年の国別のAIへの投資額。アメリカが世界の中で圧倒的に大きく、次に中国、イギリスが続く。日本はアメリカの100の1に過ぎない(「Stanford AI Index Report 2024」Chapter4より)

生成AI分野への全世界の投資額。2023年に急増したのがわかる(「Stanford AI Index Report 2024」Chapter4より )

 例えば、調査会社FUTURESEARCHが発表した推計では、OpenAIの年間利益を34億ドル(5100億円)と推測しています。

 7月24日のThe Informationの分析記事では、GPTのトレーニングに年間70億ドル(約1兆円)かかり、さらに人件費が年間15億ドル(約2250億円)かかっているとしています。そのため、今年50億ドル(約7500億円)の損失が出ると予測されており、そのため、来年には大型の資金調達を必要とするであろうと予想されています。この巨大な投資の埋め合わせができるほどの利益をOpenAIは上げていないとしています。

FUTURESEARCHが推計したOpenAIの売上の内訳。月額会員のChatGPT Plusの会費が全体の55%を占めている(出典

 2024年6月に、ゴールドマン・サックスは「GEN AI: TOO MUCH SPEND, TOO LITTLE BENEFIT?(生成AI:使いすぎなのに、恩恵は少ない?)」という特集記事を発表しました。先述のアセモグル教授のインタビューを掲載しつつ、生成AIの効果について、賛成反対の両方の立場から分析しています。

 アセモグル教授はここで、AIでは伝統的にITの分野で実現されてきたと言われる「スケーリング則」が有効ではないこと主張しています。計算能力やデータを2倍にすればそれだけITでは効果が上がりますが、AIでは必ずしもそうではないと。AIのアウトプットに2倍の性能向上があっても、それが優れていることにはならないということです。そもそも、AIが2倍の性能になるということが何を意味しているのかも明確ではないと。

 ゴールドマン・サックスのリサーチャーのジム・コヴェロ(Jim Covello)氏はさらにもう一歩進み、「AI技術の開発と運用にかかると推定される10億ドル規模のコストに対して十分なリターンを得るためには、複雑な問題を解決できなければならないが、AIはそのようにはできていない」と主張しています。

 インターネットの黎明期は、低コストのソリューションであったために、アマゾンのようなEコマースが実店舗に有利で成長する余地がありました。それとは異なり、高価なAIが低賃金労働の置き換えになることは難しいと論じています。加えて、NVIDIAの独占的状況が価格を下げることを難しくしており、今後、AIのコストが十分に低下し、多くのタスクを自動化することが手頃な価格にまで下がるとは考えられないともしています。「生成AIが世に出てから1年半が経過したが、真に変革をもたらすような、ましてや費用対効果の高いアプリケーションはひとつも見つかっていない」(コヴェロ氏)というわけです。

 一方で、同じゴールドマン・サックスの別のアナリストのジョセフ・ブリッグス(Joseph Briggs)氏は、より楽観的な意見を述べています。AIが最終的に全作業の25%を自動化し、今後10年間で米国の生産性を9%、GDP成長率を累積で6.1%向上させると予測しています。これはアセモグル教授による「AIが全作業の4.6%しか自動化しない」という仮定よりも、かなり大きな見積もりです。

 この違いは、ブリッグス氏がAIを使った自動化によって労働者が再就職や再配置をされたり、今存在しないタスクが創出されるという、技術革新が新しい労働機会を促進するという予測を組み入れているところから来ています。

AIがアメリカのどの分野で適応が進み始めているかをまとめたチャート。赤の囲みが全体の分野平均。情報系の分野ほど導入が進んでおり、製造業、小売、運送業などの分野では遅れている(出展:「GEN AI: TOO MUCH SPEND, TOO LITTLE BENEFIT?」 P.7)

 「最も恩恵を受けると予想されるのは、コンピューティング、データインフラ、情報サービス、映画・音響制作などの産業であり、導入率は今後数年間、GDPの大幅な向上を達成するのに必要な水準を下回る可能性が高い」(ブリッグス氏)。長期的には労働者1人当たり年間数千ドル規模の大幅なコスト削減を生み出すことで、大きく経済成長を生むものと予測しています。

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