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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第58回

【後編】東映アニメーション 平山理志プロデューサーインタビュー

辞職覚悟の挑戦だった『ガールズバンドクライ』 ヒットへの道筋を平山Pに聞いた

2024年08月04日 15時00分更新

文● 渡辺由美子 編集●ASCII/村山剛史

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フルコマは東映でも初めてのチャレンジ
くじけそうになったが、酒井監督は揺るがなかった

―― どのような苦労があったのでしょうか?

平山 「お客様からどう見えるか」に一番の不安がありました。イラストルック自体は先に作られた作品があり、お客様からも大きな評価が得られていたので、それが僕らの励みにもなっていました。

 でも『ガルクラ』では、イラストルックのCGを「フルコマ」で動かそうとしたために、課題がすごく大きくなってしまったのです。

 成功した先の2作品もリミテッドだったので、現場から「本当にフルコマで良いのだろうか」「リミテッドアニメに戻したほうが」という声は制作が動き出してからもずっと出ていました。

―― リミテッドアニメに戻したほうが良いという意見は、どんなときに出たのでしょう?

平山 フルコマでやってみたら、見覚えのない、見たことがない映像がどんどん上がってくるのです。具体的にはヌルヌルとずっと動いている。

 「ヌルヌル動く」というのは、3DCGアニメ制作者にとって「良くないものだ」という意識が刷り込まれています。

 しかもイラストルックで始めたので、僕らも最終的にどんな画面になるのかわかりません。先が見えない状態で、ああでもない、こうでもないと議論を重ねながら開発をずっと続けていました。そこが一番つらかったです。ちゃんと着地できるか、ずっと不安でした。

―― コスト的には、フルコマとリミテッドでどのくらい違うのでしょう?

平山 手間がだいたい通常の3倍かかります。

―― それは怖い。フルコマ自体が東映アニメーションでも初めてで、コストが3倍もかかっている。失敗したら……。

平山 はい。でもそこはシリーズディレクターの酒井和男さんが「いや、違う。怖がるんじゃなくて、まだ発見できていないCGの魅力を引き出してやらなくちゃいけないんだ」と言い続けてくださったことで、フルコマでいくという方針は最初から最後までまったく揺るぎませんでした。

 酒井さん的にはこれまでのTVアニメのさらに1歩先を行くCGを目指していたのだと思います。僕らは酒井さんの方針と情熱についていったかたちです。

―― 現場の緊張感が伝わってきます。映像として「いける!」という手ごたえは、どのくらいの段階で感じましたか?

平山 TVアニメ放送前に作ったYouTube配信用のMV(ミュージックビデオ)の2本目で、ようやく「ここが目指すところかな」というのが見えてきました。

 そのままTVアニメの制作に突入して、アニメの工程でいうところの「撮影」が上がってきた段階で、「これなんだ!」とやっと思えるようになりました。もしシリーズディレクターの酒井さんが揺らいでいたら、この映像表現は完成していなかったと思います。

アニメ放送の1年前から「イラストルック+フルコマ」で制作したミュージックビデオの公開を始めており、アジア地域中心に海外人気が高かった

―― 仁菜のほっぺたがムニーって伸びたり、怒ったときに身体からトゲのような無数の線が見えるなど、斬新な表現が数多くありました。第1話では仁菜が転んで落ちたギターが雨に打たれてしまうんですけれど、そのギターの質感に、エモさというか、情緒を感じました。

平山 そういった質感は、酒井さんが目指していたところだったと思います。僕にとっては『ガルクラ』で観るCG表現やシーンのすべてが良くて、「すごいものができたんだ!」という喜びと手ごたえがありました。

すでに脚光を浴びている場所ではなく
見えにくいところにスポットを当てる

―― おうかがいしていると、平山さんたちのチームの「勝ち方」は、時代の空気を先んじて読むことで、見えにくい鉱脈に飛び込んで勝機をつかみに行く、という面があるように思います。そのスタイルは昔からでしたか?

平山 勝機かはわかりませんが、「脚光を浴びていないところにも魅力はある、それを活かしたい」とは思っています。

 『ラブライブ! サンシャイン!!』で作品舞台に静岡県の沼津市を選んだときも、ただ作品に風景を出すだけではなく、当時生まれていた「地方創生」や地域コミュニティー活性化といった時代の空気感まで反映しようとしていました。

 時代や街そのものが持つ空気感を反映させてアニメを作るのは、『ガルクラ』でも同様です。

 『ラブライブ! サンシャイン!!』でも有名観光地は最初に候補から除外していました。以前別の作品で有名観光地を舞台にしたときに、その自治体からは「これ以上観光客が増えても対応できない」と言われてしまったのですが、いわゆる今でいうオーバーツーリズムの問題があるのですね。

 なので、ゼロベースでまずはロケハンしてみようということで伊豆半島の東海岸から巡り始めたのですが、元から風光明媚で海が見えるすごく良い場所にはたいていお墓が建っているのです。しかも高校生の姿がない。

―― そうだったんですか。

平山 困ったなと思って、翌日、今度は伊豆半島の西海岸を巡ろうと、まず沼津のインターチェンジを降りたら高校生がめっちゃいる! スタッフと、良い街だねなんて言いながら海岸線を回ったら海がすごく綺麗で。そのまま近くの旅館でご飯を食べて「すごくおいしい。ここにしよう!」と。

 でも沼津の方に舞台にしたいとお伝えしたら、最初はいろんな方から「ここは何もない街ですよ」「アニメの舞台に向いているとは思えない」なんて言われました。

―― 地元の方がですか。

平山 僕らからすると、「そんなことないですよ、面白いところいっぱいあるし、おいしいものを食べられるし、最高じゃないですか」って。

 結果として、僕らが好きな沼津の街をアニメという表現手法で描くことによって、街が本来持っている可能性を表現することができたかなと思います。聖地巡礼に来たお客様たちだけでなく、地元の方々も、自分たちの住んでいるところはすごく良い町なんだとあらためて自分の街が好きになる……。そういった循環が生まれるということを沼津で経験できました。

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