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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第104回

〈後編〉つむぎ秋田アニメLab 櫻井司社長ロングインタビュー

日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ

2024年07月14日 15時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII

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“働き方改革ブーム”で一度痛い目を見た

―― 国内動仕(動画と仕上げの工程を海外発注ではなく、国内のみで一気通貫に作業すること)の体制を確立してきたつむぎ秋田アニメLabさんが、従来通りの外部クリエイターを用いた制作体制で苦労を重ねた結果、原画や撮影なども含めてできるだけ内製で完結できる体制に移行していったと。

櫻井 実はそこも一朝一夕ではありませんでした。過去にも“働き方改革”の影響で内製に切り替えたことはあったのですが、すべて失敗しています。業務委託から社員に切り替えれば良いという単純な話ではなかったのです。

 働き方改革への適応を迫られた際には、“育成”が機能不全に陥りました。具体的には、“(アニメスタジオでは)社員にして育成してはいけない”ことに気付くのに4年ほど掛かってしまったのです。

 育成機関(秋田アニメ予備校)は当初、人材育成の補助をするためにありましたが、その後、人材育成のすべてを育成機関が担うよう変更したうえで新しい方法に切り替えました。社内での育成はまったくうまくいかず、会社が潰れそうになったこともありました。

つむぎ秋田アニメLabは、「秋田と川口で職人を育成するための私塾」秋田アニメ予備校を開講している

―― なんと!

櫻井 人材育成ができるという考え方は、経営としては“おこがましい”と感じています。それは自分たちが“人材をコントロールできる”と思っていることだからです。

 アニメ制作は職人の世界なので、本人たちの好奇心やモチベーションがとても重要です。

 業務委託でお願いするなら、(正社員のような雇用規則に縛られることなく)何十時間でも、仮に技能が足りないのであれば時間で補って完成させる。それができなければ辞めるほかない、というスタイルが(過去には)成り立っていました。ある種スパルタ的なことを、我々経営側もやってきたわけです。

 しかし、そのやり方はもう通用しませんから、好奇心やモチベーションを“入社する前に”いかに持ってもらうかが重要だと考えています。結局は(会社のシステムというよりも)本人次第なのです。我々はそのお手伝いをすることしかできないのですね。

 そこに気が付いて“入社前の仕組み作り”としての人材供給に重点を置くまで長い時間が掛かってしまいました。(つむぎ秋田アニメLab創業以前も含めての)自分のキャリアで言えば、この人材供給と内製の体制を構築できるまでに20年くらいは掛かってしまっています。

『第七王子』では“芝居を絵コンテに委ねる”ことを止めた

―― 最近、アニメ制作を巡っては作画監督が多数起用されて、原画修正に追われているという話も聞かれるようになりました。

櫻井 先ほどクオリティーのお話が出ましたが、外部のクリエイターにクオリティーを依存している状態がいよいよ先鋭化してきたと捉えています。

 だからこそ、私たちは外部への依存を止めようと思ったわけです。

 “絵コンテを作らない”のもそれが理由で、絵コンテ作成に数ヵ月、修正に1ヵ月、そこからラフ原に2ヵ月くらい掛けるものの、描ける人を集められず、お芝居を作るために3ヵ月、4ヵ月と伸びていき、結局十分に反映されないまま演出と作画監督で全部直す……というのが実情です。

 これでは実質、最初のラフ原に立ち戻って描き直しているのと同じです。

 総作監は各作監の絵をブラッシュアップしないといけないのに、作監の作業が間に合わないので、作監レベルの作監作業を総作監がやっているという実態もあります。そういうのはもう止めよう、と。

 要は、すべてのスタートにあるラフ原が重要なのですから、『第七王子』では我々がノウハウを蓄積できていないアクションシーン以外は、“芝居を絵コンテに委ねる”ことを止めました。代わりに、各アニメーターが絵コンテに頼らず芝居を考えないと絵が作れない仕組みにしています。

―― アニメーターが芝居から考えることで、“自分が得意とする芝居”を描くためのスキルを伸ばせる。自分で考えないといけないというのはプレッシャーでもありますが、そのことがこの世界で働くモチベーションにもつながるというわけですね。

 先ほど、会社が人材育成できると考えるのは“おこがましい”とおっしゃいました。その代わりの仕組みは、上記のような“現場の作業者が頭と手を使ってスキルを上げるチャンスを豊富に用意する”ことだと考えればよろしいでしょうか?

櫻井 そうです。システムとして許容できる範囲で、裁量を持たせつつ制作を進めることを徹底している、という言い方もできると思います。

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