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オンプレミスのAIインフラとAI PCに注目、「Dell Technologies World」レポート

40周年のDell、PC事業を守り続けるITベンダーは“AI PC”で新境地を切り開くか

2024年05月31日 08時00分更新

文● 末岡洋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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 Dell Technologiesの年次イベント「Dell Technologies World(DTW)2024」は、ここ数年にはなかったような熱気を帯びていた。熱気の源泉は「AI」だ。イベント名はわざわざ「Dell Technologies World“AI Edition”」と銘打たれており、新発表もすべてAIに関連したものだった。その背景には、AIに対するエンタープライズの需要が牽引して「オンプレミスの重要性が再び高まる」というDellの読みがある。

2024年5月20日からの4日間、米国ラスベガスで開催された「Dell Technologies World」。同社 創業者兼CEOのマイケル・デル(Michael Dell)氏は基調講演に登壇した

「データの83%はオンプレミスに存在、AIワークロードもそこに配置すべき」

 Dellは今年、創業40周年を迎えた。そのDellにおいて「AIは我が社のモーメンタム(勢い)を定義するもの」と語るのは、COOを務めるジェフ・クラーク氏だ。クラウドファーストという言葉が語られるようになって久しいが、現在でも「(企業の)データの83%はオンプレミスにある」とクラーク氏は強調する。そのデータこそがビジネスにおける優位性の源泉であり、「データのあるところにAIワークロードを配置すべき」というのがDellのメッセージだ。

 AI/生成AIインフラのオンプレミス導入が進む好機を逃すまいと、Dellが新たに打ち出したのが「Dell AI Factory」だ。AI向けに設計されたDell製のハードウェア(サーバー、ストレージ、スイッチ)を土台として、企業がAIを実装するうえで必要なソフトウェアスタックをそろえたものである。3月にはNVIDIAバージョンの「Dell AI Factory with NVIDIA」を発表したが、今回はNVIDIA以外の構成コンポーネントにも拡大している。

「Dell AI Factory」のアーキテクチャ

 ちなみに、昨年(2023年)のDTWでは“主役”だったAs-a-Serviceの「APEX」や「マルチクラウド」などは、少なくとも今年の基調講演ではほとんど話題に上らなかった。このことも、DellがAIに大きな期待を寄せていることの証拠と言えるだろう。

 Dellが描く「データのあるところにAIを」というシナリオを体現しているのが、自動車メーカーのSUBARU(スバル)だ。SUBARUでは、運転支援システム「アイサイト」の開発にあたって、AI開発のためのインフラに「Dell PowerScale」ストレージを採用した。

 DTW会場でインタビューに応じたSUBARU 技術本部の金井崇氏は、「われわれの本業は自動車の開発であり、ITには手間をかけたくない」と語る。そのためパブリッククラウドも部分的には利用しているが、一方で「クラウドにデータを移行するだけで大変な作業」という別の問題もある。金井氏にとって、Dellが訴える「データの80%以上がオンプレミスにあり、データのある場所にAIを持ってくるべき」というメッセージは納得のいくメッセージだという。

SUBARU 技術本部 ADAS開発部 兼 PGM(高度統合システム) SUBARU Lab副所長 兼 主査 金井崇氏。SUBARUでは、AIの学習データを研究所/オフィス/データセンターで蓄積/共有するストレージ基盤にPowerScaleを採用している

ローカルで実行するAIにより「PCは“真のデジタルパートナー”になる」

 サーバーやストレージといったデータセンターインフラだけではない。今年のDTWでは“AI PC”も重要な発表だった。実際、基調講演において、Dell創業者で会長兼CEOのマイケル・デル氏、COOのジェフ・クラーク氏が最も興奮していたのは、AI PCの発表パートだった(少なくとも筆者にはそう見えた)。

Dell Technologies 創業者で会長兼CEOのマイケル・デル(Michael Dell)氏、副会長兼COOのジェフ・クラーク(Jeff Clarke)氏

 デル氏、クラーク氏とも、エンタープライズITベンダーとしての歴史を持つEMC側ではなく、PCメーカーのDell側の流れをくむ人物である。40年前にデル氏が創業して以来、Dellという会社にとって「PC」はDNAであり、アイデンティティである。

 基調講演では、Microsoftが「Copilot+ PC」と定義する5機種のAI PCが紹介された。デル氏が「DellのAI PCは職場の生産性、そしてエッジでの推論のためのコンピュートエンジンとして不可欠なものだ」と言えば、クラーク氏も「最も気に入っている将来予測」として「2030年には、インストールベースですべてのPCが“AI PC”になる」という予測を挙げる。

 Dellでクライアントソリューショングループを率いるサム・バード氏は、「PCは最も卓越した生産性ツール」だと述べる。Dellでは、すでに2017年からAI処理向けのTensor Core搭載ワークステーションを提供しており、今後さらにNPU/GPU/パワフルなCPUが搭載されることで「小規模なLLMやAIモデルをPCにインストールし、ローカルで推論を実行できるようになる。これが従業員に大きな能力を与える」と説明した。「PCは“真のデジタルパートナー”になるだろう」(バード氏)

 DellのAI PCをすでに導入している企業として紹介されたのが、Deloitte(デロイト)だ。DeloitteでCOOを務めるドウニア・セナウィ(Dounia Senawi)氏は、開発者の生産性向上を狙って「Intel Core Ultraプロセッサ」搭載の「Dell Lattitude」AI PCを支給したと説明する。

 ローカルで生成AIを用いながら、テストからコードの完成までの作業が完結するように、Dellと共同で「Llama 7B」モデル(LLM)を組み込んだAIアプリケーションを構築したという。「初期段階だが、プロセスと品質、スピード、生産性、エラーの減少、プライバシーとセキュリティの改善など、良い結果が得られている」(セナウィ氏)。

“AI PC”の登場は沈静化していたPC市場を再び活気づけるか?

 2016年にEMCを買収した後も、DellはPC事業を維持し続けてきた。競合のPC/サーバーベンダーであったHewlett-Packard(ヒューレット・パッカード)が、PCとデータセンターインフラの2社に分社化したのとは対照的だ。

 コロナ禍による特需を除き、近年は大きな成長要因に乏しかったPC市場だが、“AI PC”によって再び活気づくのだろうか? IDCの市場予測によると、AI PCの出荷台数は2024年の5000万台から、2027年には1億6700万台に及ぶ見込みだ。2027年になると、PC出荷台数全体に占めるAI PCの割合は60%近くになるという。

DTW会場で展示されていた、Snapdragon X Eliteプロセッサ搭載のCopilot+ PC「Dell XPS 13」

 Gartnerなどでコンシューマーデバイス市場担当を歴任し、現在はCreative Strategiesのプレジデント兼主席アナリストを務めるカロリーな・ミラネシ(Carolina Milanesi)氏は、AI PCの登場によって90年代のPC市場のような活気が戻るかどうかは「まだわからない」とする。AI PCの導入後は、買い換えサイクルが長くなると予想されるからだ。そのうえで、AI PCが普及するのはまずビジネスPC市場になるという見解を示した。

 「企業は(AIが扱うデータの)セキュリティやプライバシーを懸念しており、クラウドよりもローカルで動かしたいと思っている。これらを考慮すると、AI PCはナレッジワーカー市場がより重要になるだろう」(ミラネシ氏)

* * *

 DTWが開催された週には、MicrosoftがCopilot+ PCを発表するなど、PC分野がにぎやかな週となった。かつて、Appleが「iPhone」「iPad」で起こしたスマートデバイスのブームによって、PCの存在意義や位置づけが試された時期があった。AIの普及をきっかけとしてPCベンダーが勢いを取り戻すのか、注目される。

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