人的資本を付加価値につなげる「マインドセット」の醸成
続いては、学習院大学の経済学部経営学科教授である守島基博氏より、経営学の視点から、主に人材マネジメントについて語られた。
守島氏は、「従業員が生産性を上げていく、付加価値を高めていくためには、心(マインド)が伴う必要がある」と指摘。従業員の持つ能力やスキル、経験は、企業が所有できないため、「企業のために人的資本を使いたい」と思ってもらえるよう、マインドに対する投資が重要になるという。
マインドに対する投資を測るための指標として、“従業員エンゲージメント”がある。働く人が仕事や組織にどれだけ没入しているか、熱意をもって取り組んでいるかの指標だ。2022年のコーン・フェリー社のエンゲージメント調査がでは、日本は23か国中最下位という結果となっており、「日本の生産性が低い理由のひとつは、従業員が自身の人的資本を付加価値につなげていくマインドセットがないためではないか」と守島氏。
ギャラップ社の調査では、エンゲージメントの指標が上がると、生産性や利益率が上がり、同時に欠勤率や事故率、不良品率が下がるという結果が得られている。守島氏自身のデータ分析においても、人材育成投資が充実していても、マインド面が向上しないと、最終的な生産性の向上につながらないことが裏付けられている。「従業員のマインドに対する施策は、単に働く人が幸せになるだけではなく、企業にとっての利益にもなる」(守島氏)
守島氏は、具体的なマインドへの投資するための施策について、「ワーク・エンゲージメントの向上」、「次世代リーダー候補としての自覚」、「企業理念・パーパスへの共感」、「自己効力感の向上」を挙げ、特に自己効力感の向上、つまり仕事に対してポジティブな感情を持てるような施策が、生産性に好影響を与えるとする。
これまで飲み会や社員旅行という形で実施されていた、従業員がマインドを持って働くための“舞台”を用意する「組織力開発」については、近年、インクルージョンやダイバーシティなどを踏まえて求められるものが変化してきているという。特に昨今重要視されているのが組織文化の醸成であり、成果志向(パフォーマンスオリエンテッド)な、仕事を頑張ることが正しいとされる文化をつくることが効果的であるとした。
「ROLES」を軸とした人的資本経営の強化を進めるBIPROGY
最後に企業側の視点から、BIPROGYの人的資本マネジメント部長である安斉健氏から、同社の人材資本投資の取り組みが披露された。
BIPROGYは、1958年に設立、野村証券と東京証券取引所に日本初の商用コンピュータを収めたのを起源に持つ、システムインテグレーターだ。2022年4月に日本ユニシスからBIPROGYへと社名を変更している。
同グループは、2021年度から2023年度にかけての中期経営方針に基づき、人的資本の強化に取り組んでおり、2023年には人事部から独立する形で「人的資本マネジメント部」を新設。人的資本におけるグループの全体戦略を推進している。
同グループが人材施策の軸としているのが、「ROLES」と呼ぶ“業務遂行上における役割”と定義される、人的資本の種類や質、量を可視化する概念だ。このROLESに、実際の業務や、業務に必要となるスキル、社内外の育成プログラムなどを連動させている。「分かり易くいえば人材の可視化」だと安斉氏。
例えば、人事部門であると、HRストラテジストやHRプランナー、HRアドミニストレーター、ガバナンスコントロールなどのROLESが設けられており、グループ約8000人において、200弱のROLESを粒度を最適化しながら運用しているという。
このROLESが蓄積されていくことで、個々の従業員内でのダイバーシティである“イントラパーソナル・ダイバーシティ”を意識させる狙いもあり、社員の自律的なキャリアを推進して、多様な価値を需要する人材とそれを抱える組織の構築を目指している。
このROLESを支えるのが、同グループが“HRプラットフォーム”と呼ぶ、タレントマネジメントシステムだ。ROLESのデータ加え、基本属性やスキル、キャリア、資格、研修のデータを集約し、人材育成や適切配置といった人事戦略全般をデータドリブンで進める。経営層や人事部だけではなく、閲覧権限を柔軟に付与できるオープンなシステムを目指しているという。
BIPROGYは、今後もRULESやHRプラットフォームをベースに、「キャリア自律」「事業戦略との連動」「学習する組織風土」を人材育成のあるべき姿として、人的資本経営を強化していく。安斉氏は、「アパレルでいうとオーダーメイドのような業態をとるため、“人で勝負”するために人的資本に投資してきた。それは変わらず、より投資すべき領域をはっきりさせることに取り組んでいる」と述べた。