欧州/アジア/米国の8つのタイムゾーンをまたぐ仕事を毎日どうこなしているか

柔軟な働き方の実現には「クリエイティブさ」が必要 ―Dropboxセールス幹部の働き方を聞く

文●大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

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 日本生産性本部が国内の企業/組織従業員を対象に行った調査によると、在宅勤務や時差出勤、短時間勤務といった「柔軟な働き方」を実施している人の割合は、2023年1月上旬時点でおよそ3割(31.4%)にとどまる。コロナ禍の当初は、出社制限などの経験が“新しい働き方への変化”“働き方改革”を後押しすることが期待されていたが、大きな動きにはつながらないまま終息したと言える。

 それでも、国内の労働人口が減少する一方で働く世代の子育てや介護の負担も大きく、これまでの働き方を変えていくこと、より柔軟なものにしていくことは相変わらず必要とされている。

 そうした柔軟な働き方を実現していくために、Dropboxが提唱するのが「バーチャルファースト」というコンセプトだ。今回は、Dropboxでインターナショナルセールス担当幹部を務めるアンドレア・トラップ氏に、バーチャルファーストの働き方をどう実践しているのか、そこで実際に得られたメリットは何かを聞き、柔軟な働き方のポイントを教わった。

 トラップ氏が担当するのはヨーロッパ、アジア地域のセールス部門の統括であり、8つのタイムゾーン(時間帯)をまたいで各リージョンと日々やり取りしているという。非常に忙しそうな役職だが、どのようにしてワークライフバランスを維持しているのだろうか。

Dropbox インターナショナルビジネス担当バイスプレジデントのアンドレア・トラップ(Andrea Trapp)氏

2023年1月調査の「柔軟な働き方」実施状況、テレワーク実施率、在宅勤務実施者の効率評価/満足度(出典:日本生産性本部

タイムゾーンを追いかけるかたちで各地域とコミュニケーション

――まずはトラップさんのお仕事内容、役割について簡単に教えてください。

トラップ氏:わたしはDropboxで、インターナショナルビジネスのバイスプレジデントを務めています。ヨーロッパおよびアジア地域のすべてのセールスチーム、チャネルセールスチームを率いています。

 ドイツのミュンヘンに23年間住んでおり、現在もミュンヘンを拠点にこの仕事をしています。今回のような海外出張は、アジアに年2回、ヨーロッパの本部(アイルランドのダブリン)にも年2回、Dropbox本社のある米国には四半期に1回、といったペースでありますね。

――合計で「8つのタイムゾーン」をまたぐお仕事をされているとうかがい、毎日かなり長時間働かれているのではないかと想像しています。時差のある地域に合わせて、毎日どのようにお仕事を進められているのですか?

トラップ氏:おっしゃるとおり、わたしはアジア、ヨーロッパ、米国の8つのタイムゾーンに合わせて仕事をしています。

 1日のスケジュールですが、まずは(ドイツ時間の)朝8時ごろにオーストラリアチームの対応から始めて、次にシンガポール、日本と対応を続けます。午前中の半ばの10時、11時くらいからはヨーロッパの、ロンドンやダブリンにいるメンバーとのコール(オンライン会議)が始まります。そして15時くらいから米国本社とのコールが始まります。その日の流れによりますが、18時、19時くらいまで働くこともありますね。

――タイムゾーンを追いかけるかたちで、順に各リージョンとのコミュニケーションを取っていくのですね。やはり、なかなかお忙しそうです。

トラップ氏:誤解のないように言っておくと、毎日毎日同じスケジュールというわけではありません。だいたい週に2日くらいは8時に始めて18時に終わる、残りの日は9時くらいに始めて19時くらいに終わる。そんな感じです。

 時間をバランス良く使うことも意識しています。たとえば午前中のヨーロッパチームへの対応が終わった後、ランチタイムを取りながら自分自身の仕事を終わらせたり、ミーティングの合間のちょっとした時間でプライベートな買い物を済ませたり。そんな働き方をしています。

自分の「働く時間」をどう使うかは、自分でクリエイティブに決める

――トラップさんの部下にあたる各国のセールスチームにも、同じように働くよう推奨されているのでしょうか?

トラップ氏:そもそもDropboxは会社としてバーチャルファーストの働き方を推奨しています。そこでは、自分の働く時間をどう使うのかは個々人の裁量に大きく委ねられています。ですからこの点はわたしも部下も変わらず、自分の1日のスケジュールは自分で設定できるのです。

 もっとも、わたしの部下であるセールスチームの場合は、担当するお客様の都合に合わせて対応する時間を決める必要もあります。ですから、バランスの良い時間の使い方を実現するために、チームメンバーには少し「クリエイティブに」なってもらわなければなりません。

 たとえば1日のうち、お客様との商談を2時間、見積もり作成やCRMへの入力といった自分の仕事に2時間、社内ミーティングを1時間――といった具合に、働く時間の使い方を自分で決めることを推奨しています。

バーチャルファースト実現を支援する多数のツールキット(ドキュメント)も提供している(出典:Dropbox

――働く時間の使い方をもっと「クリエイティブに」考えるべき、というのは良い言葉ですね。しかし、わたしの周りにいるマネージャーたちを見ると、部下にオンライン会議の予定をどんどん入れられてしまって、自分の仕事をこなす時間がない! と嘆いています。……そんなことは起きませんか?

トラップ氏:まず、バーチャルファーストの基本的な考え方として「なるべく非同期で働く」というものがあります。たとえばミーティングなど、チームメンバーやお客様と時間を合わせて行うのが“同期型”の働き方ですが、その割合をなるべく減らして“非同期型”の働き方を増やすことで、個々のメンバーが時間をより柔軟に使えるようになります。

 同期型の働き方が不要だというわけではなく、一つひとつの業務について「本当に同期型で行う必要があるのか」を考え直してみませんか、ということです。複数のメンバーが時間を合わせて(同期型で)ミーティングをしなくても、チャットやドキュメント共有で(非同期型で)済むならば、それでもいいですよね。

 もちろんこれは会社の状況や業務内容にもよりますが、Dropboxの場合はタイムゾーンの異なるさまざまな市場に対応する必要がありますから、非同期中心で働くのが自然な姿になっています。

オンライン中心だからこそ「人と会う時間」の大切さも考えられる

――バーチャルファーストな働き方をするうえで、難しい点はありますか。また、それをどのように克服されているのでしょうか。

トラップ氏:Dropboxの働き方がオンライン中心に移行した初期には、やはり課題もありました。オフィスで直接メンバーと対面することがなくなり孤独さを感じる人もいましたし、チームとしての一体感をどう維持したらよいのか、イノベーションにつながるようなコミュニケーションをどう実現するのか、そういった課題が浮き彫りになりました。

 その課題を解決するために、Dropboxでは四半期に1回、チーム全員が対面で会うミーティングを行っていますし、同じ拠点で働くメンバーが一緒にチャリティ活動などに参加するネイバーフッドイベントも開催しています。

 こうした取り組みの結果、人と直接会う時間をこれまで以上に「大切な時間」ととらえるようになったと思います。

 パンデミックの前はみんなオフィスにいたわけですが、みんな大きなヘッドホンをつけて「周りに関わりたくない」という雰囲気もありました(笑)。しかし今では、せっかく人と直接会えるのであれば、その機会にチームの一体感を高めよう、イノベーションにつなげようと、コミュニケーションの仕方も工夫するようになっています。

――業務パフォーマンスの面で、バーチャルファーストの影響はどうでしょうか。特にセールスの仕事だと、難しい面もあるのではないかと思いますが。

トラップ氏:「ほかの人とコラボレーションする時間」と「自分の仕事に集中する時間」を意識して分けることで、意図した目的に向かうことができ、わたしたちのパフォーマンスはむしろ高まったと思います。

 実際に、Dropboxの業績はパンデミック前から10四半期連続で成長しています。もちろんこれはバーチャルファーストの効果だけではありませんが、社員が自律的に1日の働き方を決められるので生産性も高まる。またお客様やメンバーと直接会うときも、その目的は何なのか、どういう結果を生みたいのかがあらかじめ明確ですので、高い成果も生まれます。

 バーチャルファーストの働き方は、セールスの仕事にとっても非常にポジティブな影響を与えていると思います。

Dropbox Paper、Dropbox Capture、Slack……ツールの活用方法

――非同期中心の働き方を実現するためにはコラボレーションツールの活用が欠かせないと思います。どんなツールを使っていますか。

トラップ氏:まずは「Dropbox Paper」です。会社全体でレポートからプランニング、アイディア出し、議論まで幅広く使われていて、Paperはみんなのお気に入りです(笑)。

 それから個人的には「Slack」をよく使います。営業時間内のチームメンバーとのやり取りはSlackが中心ですね。Dropboxとインテグレーションしているのでドキュメント共有などにも使います。

 また、相手のタイムゾーンが営業時間外の場合は、Slackの(指定日時にメッセージを送信する)スケジュール機能で相手のプライベートの時間も尊重します。相手が朝起きるころにメッセージが届くようにセットするわけです。

 ビデオやオーディオのメッセージが簡単に作成できる「Dropbox Capture」も、昨年登場してからみんなのお気に入りツールになっています。たとえばDropboxのサービス担当チームであれば、新しい機能をメンバーに説明する際に、Captureで簡単な動画を撮影して共有しています。

――トラップさんご自身は、Captureをどう利用しているのですか。

トラップ氏:ふだんの仕事では、資料の作成などでスクリーンショットを多用しています。それからオーディオ録音の機能もよく使いますね。一日中タイピングしていて疲れたら、口頭でしゃべってメッセージを送るとか……これは正しい使い方ではないでしょうけれど(笑)。

 クリスマス前にはヨーロッパチームにクリスマスメッセージを送ったり、アジアチームには新年のお祝いメッセージを送ったりもします。Eメールでテキストを送るよりも、ビデオやオーディオはずっとパーソナルなかたちでメッセージが送れますから。わたしは各タイムゾーンのチームと同じ場所で働いているわけではありませんが、こうした工夫でバランス良くチームとつながることができています。

柔軟に働くとは「自分の人生の中に仕事をうまく組み込む」こと

――ここまで同期/非同期や、対面/オンラインの「バランス」という言葉が多く出てきましたが、仕事/生活のバランスはどうでしょう。トラップさんご自身はワークライフバランスが取れていると思いますか?

トラップ氏:マネージャーなので、仕事が中心に生活が回っている側面もあります。それでもわたしはこの仕事がすごく好きですし、チームメンバーとも良い関係が築けています。会社としてバーチャルファーストを推奨し、自分の1日のスケジュールを自分で決められるので、生活のための時間も1日の中で設けることができます。これは、ほかの会社にはあまりないことだと思います。

 Dropboxには「小さな子供がいる」「親の面倒を見ている」といった社員もたくさんいますが、それぞれ柔軟に、1日の中でどう仕事を進めて、どんなふうに生活を回すのかを自分で決めることができます。「9時から17時までオフィスにいて、残りの時間で自分の生活をなんとかする」といった働き方である必要はない、と考える会社です。

――日本でもまさに、親の介護や子育ての負担が働く人の大きな悩みになっています。柔軟な働き方ができる会社が少しでも増えるといいですね。

トラップ氏:もうひとつ、わたしが23年間暮らしているミュンヘンから転勤することなく、(ヨーロッパ、アジアという)広いリージョンのセールスチームを率いる役職を任せてもらえたのも、バーチャルファーストというコンセプトがあったからこそだと思います。

 もしほかの会社で同じ役職についていたら、仕事の量そのものは変わらなくても、米国本社やヨーロッパの本部に呼び寄せられていたでしょう。どこに住んでいても、どんな役職でもできるというのも、バーチャルファーストを実践するDropboxだからこそのちょっとした“ボーナス”だと感じています。

――「働く時間」だけでなく「働く場所」も柔軟に、というわけですね。もちろん自分自身で決めて、コントロールしなければなりませんが、そのほうが精神的なストレスは少ないように思います。

トラップ氏:柔軟に働くというのは「自分の人生の中に仕事をうまく組み込む」ということだと思うんですね。人生や生活がすべて仕事で埋め尽くされてしまわないように、すべての人が「仕事は人生の一部である」と考えて取り組んでほしいと、個人的にはそう考えています。

 もちろん同時に「自分が何をしなくてはならないのか」「会社からどういう結果を期待されているのか」も理解しなければなりません。それを明確にしつつ、柔軟な働き方を実践することで、人間はハッピーでエネルギーを持って働ける、ベストな状態で働けるのだと思います。

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