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漁獲量や定型データだけでなく、ちょっとした「気付き」まで記録できるようにした意図とは

漁業者の「勘と経験」を否定せず、むしろデジタルで支える ―NJC「MarineManager +reC.」の思い

2024年03月12日 09時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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漁業者の勘と経験は「日々の観察」から培われている

 「勘と経験をデジタルで手助けする」というプラスレックのコンセプトも、こうした漁業の現場でのインタビューと観察を繰り返すことから生まれたものだと言える。

 和泉氏は「現場での漁業者さんとの会話から、漁業は『日々の観察』から成り立っているとわかりました」と語る。漁獲量や海水温、天候といったデータは誰の目にも明らかだが、漁業者が「観察」するのはそれだけではない。実際の漁場で感じるちょっとした環境変化、あるいは網を入れる深さや網の目の大きさを変えてみた場合の成果など――。こうした細かな事柄を日々観察することを通じて、ほかの人にはわからない、漁業者個々人の「勘と経験」が培われていく。

 ただし、これまでのやり方では「勘と経験」が通用しなくなっている現実もある。なぜこれまでのやり方が通用しなくなっているのか。

 その背景のひとつは、海洋環境の急速な変化だ。増元氏は「ベテラン漁師の方にしても、環境の変化で(これまでの勘が)当たらなくなってきたという声があります」と指摘する。環境の変化を理解し、迅速に対策をとるためには、漁業者どうしが連携して、それぞれが観察した最新の情報や変化を集めて共有する必要がある。

 記事冒頭に「1年前のデータをAI分析しても魚はとれない」という和泉氏の発言を挙げたが、これもまさにそういう話である。AIの活用を全否定しているわけではなく、環境変化があまりに急速に進んでいるために「過去のデータからの予測がとても難しくなっている」という意味だ。

 もうひとつの背景が、次世代への漁業技術の継承、「勘と経験」の継承が必要とされているということだ。漁業就業者数は減少し続けており、現場では迅速な次世代漁業者の育成が求められている。だが、前述したとおり「勘と経験」は現場での細かな観察によって培われるものだ。これまでのように、長年をかけて育つのを待っていられない。漁業者が観察を記録し、共有することは、次世代人材の学びにも役立つ。

 そこでデジタルツールのプラスレックが「手助け」する役割を果たすわけだ。過去の記録がいつでも、どこでも参照できるし、その記録の共有もリアルタイムにできる。漁場全体の変化を知るためのデータとして、統計や分析にも使える。

 それでは、実際の漁業現場で日々の情報や気付きを記録したり、それをほかの漁業者にも共有することに「抵抗感」はないのだろうか。実際のところ、答えは「人それぞれ」のようだが、実際に利用してもらうことで、その重要性の理解が得られやすいという。

 「これまでノートやExcelでこまめに情報を記録してきたような方は、比較的抵抗感なくプラスレックを使っていただけますね。一方で『俺は“記録より記憶”派なんだよ』という方もいらっしゃいます。そういう方でも、一度使っていただき、記録しておくことの重要さを理解いただければ、『やっぱり記録が必要かな』と意見が変わったりもします」(増元氏)

 「(年配の)親方世代の方は、やはり当初は情報を他人に明かすことを嫌がっていました。しかし、特に定置網漁や養殖に関しては、互いに共有すべき情報があるということもだんだんと理解されてきました。漁協さんでデータをまとめて見せると『もっと早く出して欲しかった』と言われたりもします(笑)」(和泉氏)

 和泉氏は、こうした漁業者間での情報共有は、漁業活動の「プロセスの標準化」にもつながるだろうと指摘する。「以前は情報共有を嫌がっていたけれど、みんなでやれば浜(地域)も活性化するし、豊かになる。そういう考えにつながると思っています」(和泉氏)。

* * *

 プラスレックの今後について、和泉氏は「養殖業のデジタル化はもう少し広がっていく可能性があります」として、養殖領域での活用提案もいくつか進んでいると話した。

 「(水産庁で)養殖業の成長産業化が取り組まれていますが、ここにも課題があります。たとえば日々の給餌量や漁獲量などの養殖日誌(記録)が、現場ではまだ紙ベースだったりして、原価管理などで課題があります。また、今後はMELという漁業認証(マリン・エコラベル・ジャパン。水産資源の持続性と環境に配慮している漁業者、養殖業者を認証する)にも(そうした記録が)関わってくることになります。そこにマーケットがあるのではと考えています」(和泉氏)

 ともすれば「スマート水産業」など、大がかりで派手なプロジェクトばかりに目を奪われがちだが、デジタルが活躍するシーンはそれだけではない。プラスレックのような、現状からすぐにスタートできる、ささやかな変革も必要だろう。筆者にとっては、「やっぱり、漁業者とのコミュニケーションっていうのがまず第一にないと」(和泉氏)という言葉が強く印象に残る取材となった。

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