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買収失敗はなぜ起こるか。上場企業経営者が陥る「幻想のスタートアップ」の典型例

スタートアップ買収とスピンアウト取引、失敗の構造を解き明かす――その2

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 シード投資のスタンダード「J-KISS」を開発するほか、さまざまな有識者会議でスタートアップ政策やオープンイノベーション、知財・データ・デジタル政策などを提言してきた弁護士・弁理士の増島雅和氏による寄稿連載。

 大企業によるスタートアップ買収とスピンアウト取引に焦点を当てて、日本企業に典型的にみられるスタートアップに対する根本的な誤解を指摘し、その誤解から生じるスタートアップ買収とスピンアウト取引の典型的な失敗パターンとその構造を解き明かす。そのうえで、この構造的に発生してしまう失敗パターンから脱出するための「思考のメカニズム」を提示する。

 前回は、上場企業が連携に取り組もうとしているスタートアップとは、そもそもどのような生態の企業なのかについて、上場企業がこれまで付き合ってきた未上場の中小企業や下請け業者との違いに着目してご説明しました。

 最近、多くの上場企業がスタートアップの成長を取り込むとの目的のもと、スタートアップの買収に注目しています。中期経営計画に新規事業の創造といったトピックが書き込まれている企業が、そのための打ち手としてスタートアップの買収を検討することが多いようです。これは端的には、社内からはイノベーティブな新規事業の芽が出にくいなかで、イノベーティブなスタートアップを買収することで新規事業をグループに取り込もうという施策ということでしょう。

 製品のサイクルがどんどん短くなり、また製品の高度化・複雑化が進む中で、自社の持つ経営資源のみを用いて短期間で新たな市場ニーズを満たす製品を生み出すことはますます難しくなっていますから、外部の知識や技術を積極的に取り込み、従来の延長線上にない製品を世に出していくため、スタートアップを買収するという戦略が打ち出されることは自然なことといえるでしょう。

 問題は、「スタートアップを買収する」という取引が、実際のところスタートアップの何を買うことになるのかについて、上場企業の買収担当者が正しく理解できていない点にあります。「スタートアップの買収によって、スタートアップの何を買おうとしているのか」という問いに解像度高く回答することができないまま、スタートアップの買収に向かってしまっているのです。

 これをもっとわかりやすく言い換えると、上場企業の買収担当者は、非上場の中小企業や下請け企業を買収するノリでスタートアップを買収しようとしているということになります。このシリーズの枠組みで言いますと、スタートアップとスタートアップではない中小企業を混同してスタートアップの買収を見ていることが、上場企業がスタートアップ買収に失敗する最大の原因ということです。

 スタートアップ買収によって上場企業が買うことができるものがなんであるのかをより深く理解してもらうために、上場企業によるスタートアップ買収の典型的な失敗パターンを見ていきましょう。

デューディリジェンスの間違い

 スタートアップは、ベンチャーキャピタルから投資を受けて、ビジネスモデルを完成させて株式上場を目指すプロジェクトです。ビジネスモデルを完成させるまでは起業家の強力なリーダーシップのもと事業化に向けて試行錯誤を繰り返し、ビジネスモデルができあがると属人的な経営から組織による経営に移行して株式上場を果たします。スタートアップの買収は、それよりも以前、ビジネスモデルの完成前、起業家による属人的な経営から組織による経営に移行する前の企業を買収しようという取引ということになります。

 買収取引をする際には、買主は事前に会社の中身を精査して、会社の中身が買主が思っていた通りのものであるかを確認したうえで、値付けをして買収します。これをデューディリジェンスと呼びます。日本の上場企業がスタートアップを買収するときに行うデューディリジェンスは、あたかもビジネスモデルが完成し、組織的な経営管理体制がしっかりと整備された「優等生のスタートアップ」があるかのように会社を精査しようとする傾向があります。

 スタートアップをやっているのですから、上場のために必要なビジネスモデルも、組織的な経営管理体制もあるはずがないにもかかわらず、幻想のスタートアップを独り思い描いて、あれが足りない、これが不足していると指摘する、そんなデューディリジェンスをするわけです。そのうえで、その不足している部分を理由に値引きの交渉をする、そのような実務が見られます。

 スタートアップの持ち味は、まだ未完成であるがゆえに持っている「伸びしろ」、特にこれから立ち上がる市場にいち早く飛び込み、多くの試行錯誤を経て学習した、市場攻略に近いかもしれない解像度の高い仮説を持って、それを実行することができる、イノベーションの探索と実現に特化した組織です。そのあり姿の理想は、上場会社の「お手本」として法律や取引所ルールに書かれているものとは大きく異なるのです。

 間違った物差しを当てて、スタートアップを評価しようとするその入口の段階で、スタートアップ買収の成功の確度は大きく下がってしまうことは、皆さんも想像がつくでしょう。

取引ストラクチャの間違い

 スタートアップ買収の間違いは、買収のストラクチャ―(取引の仕組み)にも垣間見えます。スタートアップの事業戦略の基本はオープンイノベーション、つまり自社のリソースを事業パートナーに提供しつつ、自社が持っていない事業パートナーのリソースを使わせてもらうことで、ビジネスモデルを構築します。事業パートナーとの間のウィン・ウィンの関係を様々な分野で、多数の事業パートナーとの間で築き上げることで、使っても減らない「知識」や「データ」などの無形資産を通じたネットワークを作り上げ、そのネットワークが生み出す価値をキャプチャ(捕捉)して成長していくのが、スタートアップの事業戦略の王道です。

 では、上場企業は、スタートアップがキャプチャするネットワークから生み出される価値を、スタートアップの株式を100%買い取ることで当然に手に入れることができるのでしょうか。これまで筆者が見てきた多くのスタートアップの買収事例を見る限り、おそらく答えはノーです。

 第一に、ネットワークの構築と、そこから生まれる価値の獲得は、確かに起業家に率いられた経営陣によって成し遂げられているわけですが、そのような経営チームは、株式を買い取ることによって手に入れることができるわけではありません。

 確かに買収の条件を工夫すれば、起業家に買収後も数年間、会社に残って働くように強制することはできるかもしれません。しかし、世界を変える大きなビジョンを実現するために、崖から落ちながら飛行機を組み立てるような賭けに出ている起業家が、強制的に会社に残留させられて、買収前と同じような熱意で働くことを期待されても、それは不可能を強いている可能性が高いです。

 スタートアップの買収は、事業創造の専門家である起業家が属人的に築いてきた事業と組織を引き継ぎつつ、起業家が会社から去ってしまうことを念頭に、その価値を維持し拡大していくためのダイナミックな移行プロジェクトとしてとらえるべきだろうと思います。そしてそのようなダイナミックな移行プロジェクトとしてスタートアップ買収をとらえたとき、スタートアップ買収は、単純にスタートアップの株式を現金で100%購入するという取引の仕組みにはならないことの方が多いだろうと思います。

 第二に、スタートアップの価値が、ネットワークの価値によって成り立っており、買収者である上場企業が、そのネットワーク価値を把握したいと考えるのであれば、それは必ずしも合併や株式・事業の100%買収という方法による必要はない可能性があります。孫正義ソフトバンクグループ総帥が唱える「支配しない群戦略」はその典型といえるでしょう。ソフトバンクグループの群戦略は、20%から40%の緩やかな資本提携、すなわち子会社化は基本的に行わずに、志を共にする集団によるWEB型組織を構築するというビジョンを示しています。

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