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大谷イビサのIT業界物見遊山 第57回

AWSコスト削減の勉強会、申し込み2000人超えのインパクト

AWSユーザーの今の関心はコスト削減 生成AIじゃない

2024年01月09日 11時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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 とある個人ユーザーが2月に開催するAWS勉強会に、2000人以上もの参加登録が殺到し、クラウド界隈で大きな話題となっている。勉強会のテーマは「AWSコストの削減」。物価高や為替の影響で、クラウドユーザーの関心軸は今流行の生成AIよりコスト削減に向かっている。

5年ぶりのAWS re:Inventで感じた生成AI一辺倒の違和感

 昨年末に訪れたAWS re:Inventで強く感じた違和感は、AWSの生成AIへの傾倒ぶりである。私が執筆した基調講演のレポートを読んでいただければわかるとおり、内容の8割が生成AIにフォーカスしていたといっても過言ではない。もちろん、コロナ渦においてもAWS re:Inventにオンライン参加していたが、今回の対面開催の参加で以前のAWSとの大きな違いを感じた。「はて、AWSってこんなにAIべったりな会社だったっけ?」と。

 今回、AWS re:Inventで発表された新サービスの多くは、AIエンジニアやデータサイエンティスト向けだと認識している。しかし、そもそも日本にAIエンジニアやデータサイエンティストがそんなにいるのか? 肌感覚的に山手線の周りに数千人いるかいないかレベルだと思っている。マジョリティを占める多くのクラウドエンジニアは、果たして生成AIの学習効率が高いインスタンス、ネガティブな学習を避けるためのファインチューニング機能、複数の基盤モデルを比較するサービスなどを欲しがっているのか? 個人的には、ここにベンダーとの大きなギャップを感じた。

 一方で、最終日に開催されたヴァーナー・ヴォーガスCTOの講演は「倹約的アーキテクト」というテーマで、AIを扱いつつも、全般的にはコスト削減というテーマに焦点を当て、個人的には大いに溜飲を下げることができた(関連記事:倹約的なアーキテクトとは? AmazonボーガスCTOが今一番気になるコストとAIを語る)。あくまで個人の感想に過ぎないが、現場でのリアクションもヴォーガスCTOの方が、他の基調講演より聴衆の心をつかんでいたように見えた。

 そう、多くのAWSユーザーは今コスト削減に悩んでいるはず。今のエンジニアが相対しているのは、価値を生み出すか未知数な生成AIの選択よりも、目の前で動いているサービスのコストが上がってしまうという課題だ。

物価高と未曾有の円安がクラウドのコストメリットを吹き飛ばす

 すでに十年以上前のクラウド黎明期、パブリッククラウドのメリットとしてアピールされいたのは、オンプレミスと比べたコストだった。導入時の初期コスト+保守費用という既存のコストモデルに対して、ITリソースを所有せず、利用した分のみ支払うコストモデル。その意味では「コストが安くなる」と言うより、フェアや柔軟性という言い方をしていたと思う。使った分だけ払うという柔軟性が、クラウドユーザーにとっては当たり前のメリットとなった。

 しかし、当初スモールスタートで利用していたクラウドも、すっかり企業システムの根幹を支える存在となった。システムの規模は拡大し、利用するサーバーは増える。柔軟ではありながら、コストもどんどん増える。2016年、当時東急ハンズのCIOだった長谷川秀樹氏が「でも、うちはクラウド導入でコスト上がってる」と話していたのが象徴的だ(関連記事:IT業界のデストロイヤー長谷川秀樹さんとJAWS DAYSで語る)。AWSから便利なサービスがどんどんリリースされるから、結果として利用するサービスが増え続けるからだ。

 こうしてクラウドがようやく根付いたタイミングでのコロナ禍、そして今回の物価高、円安だ。世界的な物価高と為替の影響でクラウドの利用料はどんどん上がっている。特に1ドル=140円という円安水準は四半世紀ぶりということで、為替レートの影響はクラウドのコストメリットを吹き飛ばすインパクトがある。

 クラウドのメリットである柔軟性がある意味、マイナスに作用してしまったのが現状。マイクロソフトやセールスフォースなどのSaaSも次々と値上げが発表され、多くの企業でコロナ禍での特需が終わり、強いコスト削減圧力にさらされているはず。今のクラウドエンジニアにとって必要なのは、もっとうまくコスト削減するためのツールとノウハウだ。

「コスト削減」という新しいエンジニアのスキルに大きなフォーカス

 そんな昨今、2月1日に開催されるのが「第1回 AWSコスト削減 天下一武道会」だ。昨年のクリスマスに発表されたこのイベントは、主催する現Singular Perturbations CTOの西谷圭介氏が元AWSとはいえ、あくまで個人の勉強会。しかし、定員100人で募集したイベントはオープンから数時間で申し込みが400人を突破し、IT系メディアでも記事になった。27日には1500人を超え、年明け1月6日現在の申し込みは2100人以上。申し込み人数だけ見れば、2022年のJAWS DAYSと匹敵する規模のお化け勉強会である。この数字だけで、AWSのコスト削減に対する関心の高さがうかがえる。

 もともとAWSはイノベーションのスピードを高速化し、コストメリットを顧客に還元するという思想でサービスを開発しているはずで、以前のre:Inventでは値下げの回数などもアピールされていた。また、ヴォーガスCTOが語るとおり、AWS自身がサービス事業者ということもあり、コスト最適化の意識も高いし、実際、過去には「コスト最適化」をテーマとした記者発表会も開催している(関連記事:急激な円安にどう対応? AWSジャパンが為替変動にも効くコスト削減策を提案)。つまり、顧客の創意工夫や努力によるコスト削減は、AWSとしても、まったく否定する立場でないと受け取れるわけだ。

 そのため、今あるAWSのサービスを断捨離し、賢く使っていけば、コストをうまく削減することができるはずで、今回の勉強会の期待もおそらくそこにある。勉強会をきっかけに、Webサービスのエンジニアが日常的に行なっている「コスト削減」への取り組みが、きちんと業界内でスキルやメソッドとして確立され、評価されるようになれば、開催の意義は大きいと思う。勉強会がどのようなインパクトをクラウドエンジニアにもたらすのか、とても楽しみにしている。

大谷イビサ

ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。

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