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日本の原子力研究が産んだスタートアップ。新たなレアメタル回収技術で世界のリサイクルが変わる

独自技術でレアメタル回収システムの確立を目指す エマルションフローテクノロジーズ

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原子力は総合科学であり、おもしろい技術がいろいろと眠っている

 ベースとなる技術「エマルションフロー」は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(略称:原子力機構/JAEA)で生まれた新たな溶媒抽出技術によって、使用済み核燃料に含まれる元素を高度分離する研究の中から生まれた。実は原子力にまつわる開発現場ではさまざまな技術が生まれている。だが、原子力分野では、実装技術として、原子力以外の分野に転用することは、従来は積極的に考えられてこなかったという。

 現在はCEOとして経営側に回っている鈴木氏も、原子力機構に研究者として在籍していた。研究者だった鈴木氏が経営者へと転身することになったのは、不思議な巡り合わせによるものだった。

「大学では機械工学を専攻していた。機械工学というと自動車、飛行機へとつながる研究をするのが一般的だが、私は放射線を使った材料研究に取り組んでいた。その延長で2003年に日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)に入所し、ずっと研究者として研究に取り組んでいた。経営者になることなんてまったく考えていなかった」(鈴木氏)

日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)時代の長縄氏(左)と鈴木氏(右)
(画像提供:エマルションフローテクノロジーズ)

 大きく変わった最初のきっかけは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が開催している研究開発型スタートアップ支援人材育成プログラム「NEDO Technology Startup Supporters Academy(SSA)」に参加したことだった。

「原子力は総合科学であり、おもしろい技術がいろいろと眠っている。ところが、原子力機構に所属しているメンバーは、外の人とつながることが少ない。基礎技術に近い意識で、技術開発を続けていた。どこかの企業で使ってもらう技術として実装する、ビジネスにするなんて考えたこともなかったが、SSAに参加したことで、『研究の中で生まれた技術をビジネス化する』という視点で考えるようになった」

 これまでにないビジネス視点が芽生えた鈴木氏に発破をかけたのが、原子力機構の原子力科学研究所(原科研)の所長だった大井川宏之氏だった。

「SSAに参加するまで、自分は20年間研究者としてやってきたから、ビジネスの話をされてもピンとこない。それが勉強するうちにこういうことかとなんとなくわかるようになって、イノベーション創出が必要な理由もわかる気がしてきた。原科研に戻ってからもそんなことを考えるようになっていた時、2019年4月に原科研の所長が大井川さんに代わった。この就任した際の所信表明挨拶が衝撃的だった。『この原子力科学研究所から、持続的イノベーションを生み出す』と宣言した。そんなこと言い出す人はこれまでいなかった」

 自分たちが続けてきた研究を活用し、イノベーションを起こすことを実現するために、鈴木氏は原科研の中に、「イノベーション推進室」を作ることを働きかける。これまでは実装やビジネス活用を考えていなかった技術を、イノベーションを起こすために活用していこうと鈴木氏の中で意識改革が起こった。

自らが中心となって事業に取り組めないなら「やめたほうがいい」と叱責

 以来、鈴木氏は原科研内での交流会を開催し、内部の研究者との交流を活発化する。さまざまな取り組みにも参加していく中で着目したのが、長縄弘親氏が開発した「エマルションフロー」だった。溶媒抽出に関する研究を30年続けてきた長縄氏が、「15年くらい前に偶然見つけたもの」だ。

取締役/CTO 長縄弘親氏

 そもそも、溶媒抽出とは、物質の分離・精製手法の一つ。同社のウェブサイトには、下記のような説明がされている。

溶媒抽出法は、物質の分離・精製手法の一つであり、互いに混じり合わない液相間における物質の分配を利用することで、目的成分のみを選択的に抽出するための技術です。
エマルションフローは原子力機構で生まれた溶媒抽出法の一つであり、液相どうしを「混ぜる」「置く」「分離する」の3工程を必要とする従来の溶媒抽出技術を、「送液」のみの1工程で理想的な溶媒抽出を可能とする革新的手法です。

 レアメタル抽出に「エマルションフロー」を利用することで、従来技術の10倍以上の潜在的な生産能力を有し、従来の装置と比較して10分の1以下のダウンサイズの可能性と、80%のランニングコスト削減を実現できるという。

 現在、社屋内の施設で、よりコンパクトなレアメタル抽出装置を作る試行錯誤が続いている。来客向けデモンストレーション設備が展示されていたが、実現すれば、かなり小規模な施設でも設置することが可能になるだろう。サイズだけでいえば、普通のオフィスでも置けるレベルであり、確かにレアメタル取り出しのイメージが大きく変わると実感できる。

ラボ用の装置で金属の抽出実験を行う長縄氏。同社は溶媒抽出プラントの小型化を実現し、高効率なレアメタル精製を可能にした
(画像提供:エマルションフローテクノロジーズ)

 この技術からの事業化のはじまりは2018年にさかのぼる。長縄氏は「エマルションフロー」を第1回JAEA技術サロンに出展する。このサロンは原子力機構が主催するもので、産業界への技術紹介イベントとして始まった。そこで高評価だったことから、事業開発コンソーシアム・III(トリプルアイ)が主催し、株式会社日本総合研究所が企画・運営するインキュベーション・アクセラレーションプログラム「未来2020」の最終審査会に選出されるなど、外部からの評価も高まっていった。

 鈴木氏は当初、「長縄さんに『ベンチャー起業してみたら?』と無責任に意見していた」という。逆に長縄氏は、「自分で起業するなんてまったく考えていなかった。『この技術を使いたい』という企業にライセンス提供をすればいい」と起業が念頭になかったことを振り返る。

 それが2020年、茨城県が主催し、株式会社リバネスが企画・運営するビジネスプランコンテスト「茨城テックグランプリ」で最優秀賞を獲得したことで一変する。鈴木氏も提案の支援者として出場し意識が変わったという。

「長縄さんがプレゼンをしたら、司会者が『質問はありますか?』と言い終わる前に審査員(後のリード投資家)から手が上がった(笑)。面白い技術であり、ビジネスとして見込みがあると実感せざるを得なかった。コンテストで最優秀賞を取った後は、原子力機構の仕事よりも、長縄さんの技術でどういうビジネスモデルをとって、ビジネスをしていくべきかばかり考えていた。当時は自分がCEOになるためというよりは、SSAで勉強したことの延長みたいな感覚だった」

 あくまでも外からアドバイザーの感覚で「エマルションフロー」という技術をビジネス化することを考えていた鈴木氏だが、後にリバネスの丸幸弘代表から叱責を受けることになる。

「ビジネス化を進める相談を丸さんにしたら、『大きな目標を持ち、自らが中心となって事業に取り組めないなら、スタートアップなんかやめたほうがいい。いろんな人に迷惑をかけるから』と。スタートアップ企業を起ち上げて新しいビジネスを始めるというのは、石橋をたたいてから渡るなんてビジネスモデルを考えていたらうまくいくわけがない。大きな目標を設定し、それを目指して強引に前に進んでいくくらいに考えないといけないという発言で衝撃を受け、中途半端な気持ちでは起業できないことに気付かされた」

 叱責を受けたことを原科研で大井川氏に相談したところ、「まずは1社を起ち上げろ!」と事業化をさら後押しする指令が出る。研究所内の技術でイノベーションを起こすために誕生したイノベーション推進室が、ベンチャー企業を起ち上げ、ビジネスを進めていくことになった。

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