今年で59回目となるInter BEEは、音と映像と通信のプロフェッショナル分野の国際展示会である。今年は11月15日~17日に開催。その展示からいくつかレポートする。
GaN採用で発熱を抑えたD-Amp、マルチチャンネルデモも
まずこの連載で以前にレポートしたCRI・ミドルウェアのフルデジタルアンプ「D-Amp」の新しい展開が確認できた。
CRI・ミドルウェアでは日清紡マイクロデバイスと共同でD-Ampの増幅素子に、GaN(窒化ガリウム)を搭載する改良を加えた。GaNはアンカーの電源アダプターに用いられて有名になったが、アンプにおいても有望な技術だ。その利点は端的にいうと歪みが少なくなること、そして発熱が減るということだ。
デジタルアンプにGaNを採用することで高速のスイッチングが可能となる。スイッチングにおける切り替えのデッドタイム(無信号時間)が短縮されるので、余計な信号が入らず、歪みが少なくなる。また効率がとても高いので、従来よりも発熱が減少する。結果、ヒートシンクなどが不要となるメリットがあるという。
もう一つの改良はD-Ampを用いたマルチチャンネルのデモだ。これはDolby Atomos音源を5.1.2chで再生するものだ。D-Ampはフルデジタルアンプのため、経路にアナログ要素がなく、各部をクロック基準で動作させることが容易だ。これはマルチチャンネルで同期を取るのに向いているということだ。デモを聴いてみると確かに立体感がとても高いと感じられた。
CRI・ミドルウエア自体は製品を作る企業ではないので、製品化には他社の協力が必要になるわけだが、少しずつオーディオ分野に製品として登場することを目指して進んでいるようだった。
13年前のモデルが最新仕様に、FitEarのアップグレードサービス
FitEarのブースでは、モニターヘッドホン「Moniter-1」の展示と共に「MH335DW」のアップグレードサービスを案内していた。
これは単体の製品ではなく、13年前に開発したMH335DWの既存ユーザーのために、音響フィルターやネットワーク構成といった内部のパーツを、現在の技術を適用したものに置き換える改修サービスだ。もちろん音は同席していたエンジニアの原田氏の監修によるものだ。
音を既存のMH335DWと聴き比べると、たしかに音の輪郭がより鮮明で全体的な明瞭感が上がっているように感じた。価格も手頃な2~2万5000円を予定しているということで、既存ユーザーには朗報だろう。
モニタースピーカーとヘッドホンを個人最適化
プロ用のアクティブスピーカーで知られるGENELECは新機種のSAMリファレンス・コントローラー「9320A」を出展していた。
これはスピーカー・モニタリングとヘッドホン・モニタリングを統合するための機材で、GENELECとしては初となるヘッドホンアンプが搭載されているのが面白い。9320Aを使用すれば、ルームアコースティックを考慮したスピーカー用のキャリブレーションができるが、ヘッドホンでもそれと同じことができるということだ。それはいわゆる「パーソナライズ」になるという。GENELECには「Aura ID」という個人のHTRF(頭部伝達関数)を測れるシステムがあり、これをクラウド上のデータベースと連携させることで、高速な最適化が可能となるということだ。
対応ヘッドホンはAustrian Audio「Hi-X65」やゼンハイザー「HD 600」シリーズのような市販モニターヘッドホンのプリセットが入っている。このシステムは国内でもローンチが近いということで、モニタースピーカーのメーカーとして知られていたGENELECの新たな取り組みとして注目して良いと思う。
また、これは最新ニュースではないが、「スマートIP」技術も興味深い。アクティブスピーカーではデータ入力・電源のケーブルの取り回しが厄介になるが、スマートIPではこれを1本のLANケーブルだけで実現できる。結果、モニタリングまで統合が可能となる。データ伝送はDanteやAES67といった主にプロ分野で使われるプロトコルを使用するが、最近ではこれらをHi-Fiオーディオで使う例も出てきている。電源供給はPOE(Power over Ethernet)が採用されている。アクティブスピーカーの背面にLANケーブルが一本だけ出ているのを見ると、アクティブスピーカーもここまで進化してきたのかと感じてしまう。
低遅延の専用回線で、リモートセッションを実現
Inter BEEのデモで目を引いたのが、ミハル通信の超低遅延映像伝送システム(ELL:Extreme Low Latency)を使用したライブセッションだ。
会場から50km離れた鎌倉のスタジオとELLシステムでつないで、8K映像と非圧縮音声データを伝送。ギター演奏家のいる会場とフルート演奏家がいる鎌倉の2拠点でリアルタイムにリモートセッションをするものだ。ELLシステムで実現される音声遅延は15ms以下だという。
ELLシステムは大容量のデータを専用回線で(トンネリングして)伝送する。いわば力技で実現されている。しかし、一般的なスタジオや家庭でこうした大掛かりなシステムを導入することは難しいだろう。ここまでのシステムが必要なのは、離れた場所でセッションするためには相互のコミュニケーションが必要であり、遅延が大きいと息の合った演奏にはならないためだ。
つまり、このELLシステムは低遅延が重要となる特別な拠点間の相互コミュニケーションのためのシステムである。高音質/高画質な映像/音声をライブ配信できる、KORGのLive Stremeなど技術などは性格の異なるものである。しかし、ELLシステムにLive Extremeを加えて多地点でのセッションライブを一般家庭で視聴できたら面白そうだ。そうした意味でも将来の展開が期待できるシステムなのかもしれない。
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