産業技術総合研究所(産総研)は2023年、若手AI研究者の育成を支援する「覚醒プロジェクト」を立ち上げた。35歳未満の若手研究者を対象に独創的な研究テーマを募集し、採択された研究者には研究資金や計算資源、プロジェクトマネージャー(PM)による助言などの支援を提供する。応募は10月13日まで、同プロジェクトのサイトで受付中だ。
ホットなAI分野で先端を走るプロジェクトマネージャーたちは、「覚醒」にどのような研究者を求めているのか? PMの一人で、コンピュータビジョンや自然言語処理を対象とし、機械学習によるクロスメディア理解の研究に従事する、オムロンサイニックエックス株式会社プリンシパルインベスティゲーターの牛久祥孝氏に話を聞いた。
オムロンサイニックエックス株式会社 プリンシパルインベスティゲーター
牛久 祥孝氏
2013年日本学術振興会特別研究員およびMicrosoft Research Redmond Intern。2014年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了、NTTコミュニケーション科学基礎研究所入所。2016年東京大学情報理工学系研究科講師。2018年よりオムロンサイニックエックス株式会社 Principal Investigatorおよび2019年より株式会社Ridge-i Chief Research Officer、2022年より合同会社ナインブルズ代表、現在に至る。主としてコンピュータビジョンや自然言語処理を対象として、機械学習によるクロスメディア理解、AI for Scienceの研究に従事。
人の営みを言語化し、ロボットが代替する世界を目指す
――牛久さんは画像認識、コンピュータビジョンや自然言語処理を専門にされています。ご自身の研究内容をご紹介いただけますか。
牛久 私は画像認識分野の研究者で、もともとは画像を言語で説明する研究に従事していました。深層学習(ディープラーニング)が登場したのは、博士課程2年目の頃でした。2012年に画像認識のコンテスト「ILSVRC (ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge) 」に参加して2位となりましたが、深層学習を使ったジェフリー・ヒントン教授(カナダ、トロント大学)のチームに大差をつけられ、衝撃を受けました。
博士課程修了後は、日本でも企業がAIの研究所を立ち上げ始めた時期と重なり、自分の研究を社会に役立てたいと考えて、NTTコミュニケーション科学基礎研究所に入所し、現在はオムロン子会社であるオムロンサイニックエックス株式会社で画像の言語化の研究を進めています。
オムロンサイニックエックスでは現在、AIによる製造工程の言語化、人の営みのマニュアル化と技術伝承に取り組んでいます。昨年、料理動画からAIでレシピを生成する技術を発表しました。学習のアナロジータスクとして、一般の方に馴染み深い料理を選んでいますが、将来的に人間が工場で行っている組み立て作業をAIで言語化できると、いずれそれをプログラム化でき、ロボットが自動的に代替できるようになります。また、科学論文をAIに理解させ、AIが仮説を提唱する試みも発表しており、実験科学を加速させるAIロボットの研究も始めています。
――昨今のChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)、生成AIをどのように見ていますか。牛久さんの研究と、どのような関連がありますか。
牛久 先ほど紹介した科学論文をAIに理解させる研究では、新しい研究仮説や実験プログラムの提案にLLMを利用することが増えています。しかし、LLMでは誤情報や言い間違えも生じます。そのため、科学技術の分野で誤りのない情報をLLMで提供することも我々のミッションとなっています。
これをどう実現するか。GPTのパラメータ数を増やせば、嘘を言わなくなる可能性は上がるかもしれません。しかし、Web上のデータをメインに学習していることに問題があると考えています。Webから学習できることに限界があるからです。専門分野の研究者からのフィードバックと実世界での試行錯誤を効率的に取り入れる仕組みが必要だと考えています。
新しい視点とヒューマンネットワークの提供へ
――牛久さんがPMを務める「覚醒プロジェクト」がスタートしました。どのような印象をお持ちでしょうか。
牛久 私はこれまで一般社団法人電子情報通信学会の研究会で、若手研究者をサポートするプログラムを運営してきました。このプログラムでは難関とされる国際学会への論文投稿を、メンタリングなどを通じてサポートしていますが、その際に難しいのが、金銭的なサポートなのです。
今回の「覚醒プロジェクト」は、PMによる助言に加えて、研究者を金銭的にサポートする素晴らしい取り組みだと思います。産総研の「ABCI(AI橋渡しクラウド)」が利用できることによって、計算資源の面で支援されるのも魅力的ですね。
――PMとしてお考えになっていることはありますか。
牛久 PMとしての役割は2つあると思っています。1つは研究の進め方です。今回は35歳未満が対象ということで、すでに複数の研究室や企業を経験している人もいるかもしれません。ですが、コラボレーションしている相手や所属してきた組織の数はそれほど多くないと思いますので、研究にどのような進め方があって、どの方法が採択者に合っているのか、新たな視点を提供したいと思っています。
もう1つは、ヒューマンネットワークの提供です。今回の「覚醒プロジェクト」で、横のつながりが生まれると良いなと思っています。例えばJST(科学技術振興機構)の「さきがけ」、「ACT-X」など、互いに交流しながら研究をする場が増えています。他の人のやり方を学んだり、他の人とコラボレーションしたりすることで研究がさらに発展することがあります。「覚醒プロジェクト」でも、そのような場を提供していきたいと考えています。
――どのような方に応募してほしいですか。応募を考えている方にメッセージをお願いします。
牛久 研究には情熱と柔軟性が大事だと思っています。この2つは相反する部分もありますが、アグレッシブに取り組む一方で、うまくいかないときは別の方針を考え直せるような姿勢が重要です。うまくいかないことが多いのが研究です。必ず成功する方法などは存在しません。
これまで論文が採択されている人はもちろん素晴らしいのですが、そういう経験がない方でも情熱と柔軟性があれば応募していただきたいですね。お互いに敬意を払いながら、楽しみながら一緒に難しい課題に取り組みたいと考えています。
覚醒プロジェクト概要
応募締切:2023 年 10 ⽉ 13⽇(金)23:59
募集内容:
以下の5つの分野に関する研究開発を提案してください。
・募集分野① 「空間の移動」
・募集分野② 「生産性」
・募集分野③ 「健康・医療・介護」
・募集分野④ 「安心・安全」
・募集分野⑤ 「その他の社会課題解決に資するテーマ」
募集対象:
高等専門学校専攻生、大学院生(学部生は対象外)、ポスドクなど、高専、大学、研究機関、企業等に所属する35歳未満の個人もしくはグループ(2023年4月1日時点)
応募⽅法:
公式サイトで応募を受け付けます。Webフォームに必要事項を記入のうえ、提案書や知的財産の確認書、所属組織の承諾書など、指定する必要書類をアップロードください。
研究開発支援:
採択された研究実施者には、以下の支援を行います。
・プロジェクトマネージャー(PM)の伴走・アドバイス
・1プロジェクトあたり300万円 を支援
・ABCI(AI橋渡しクラウド)等の産業技術総合研究所の共用施設の無償利用
覚醒プロジェクト公式サイト