国内最大級のクラウドファンディングを手がけるCAMPFIRE(キャンプファイヤー)は、コロナ禍を経てフルリモートワークに舵を切った。こうした働き方の変化や現場の声に応えて、貪欲にSaaSを導入している同社の情シスに、SaaSの利用状況や取捨選択について聞いた。
フルリモートワークとなり、SaaSのメリットを最大限に享受
2011年創業のCAMPFIREは日本のクラウドファンディングの草分け的な存在。国内最大級のクラウドファンディングを運営しており、ガジェットやグルメ、エンタメ、まちづくりなど掲載件数は8万件を超える。
CAMPFIREはコロナ禍以前からリモートワークを志向していたこともあり、クラウドサービスは創業当初から積極的に導入していた。CAMPFIRE 取締役 執行役員 CEOの中島 真氏は「世の中を知る必要もあったし、われわれがITサービスを提供する立場でもあるから、仲間意識もありました。今ほどうまくは使えてませんでしたが、導入のしきい値はめちゃくちゃ低かったので、『新しいモノはどんどん導入しよう』という理念でどんどん取り入れていました」と語る。
この理念はフルリモートにまでアクセルを踏んだ今も変わっていない。唯一異なるのは既存のSaaSがあるということ。つまり、既存のSaaSの代わりに、新しいSaaSを導入することも増えたということだ。「SaaSのメリットは代替可能性が高いと言うこと。昔の基幹システムのように、いったん入れたら何年も入れ替えられないのではなく、いい製品があったらすぐに乗り換えられます」と中島氏は語る。
そしてコロナ禍に入り、CAMPFIREはフルリモートにまでアクセルを踏んだ。「いろいろな場所にスタッフが散っていた方が、クラウドファンディングを展開するのに有用だと考えていました。だから、なぜリモートワーク?という議論はもはや存在せず、どうやったらリモートワークをうまくやっていけるかの方が課題でした」と語る。
こうしたリモートワーク前提の同社で利用しているSaaSは40程度になるという(関連記事:Oktaが業務アプリの利用動向調査結果を発表、1社平均は「89個」)。コーポレートエンジニアリングチームと呼ばれる情報システム部門でCAMPFIREのITを切り盛りしてきた野瀨 瞳氏に、同社のSaaS利用について聞いていく。
コミュニケーションはSlackが基盤 部門ごとにサービスを選定
野瀨氏がCAMPFIREに入社したのは、事業規模がまだまだ小さかった5年前。当初から根付いていたのはコミュニケーションツールとしてのSlackと、オフィスツールとしてのGoogle Workplaceだ。バックオフィス系に関しては、マネーフォワード会計、kintoneやジョブカンなどが導入されていたという。
コロナ禍をきっかけとしたフルリモートワークへの移行において、まず導入したのはセキュリティ系のツール。会社で貸与されたデバイスでのみシステムにアクセスできるよう導入されたのが、IDaaSのOktaだ。「今までオフィスにいたときと異なり、どこからアクセスしているのか、どの端末を使っているか、機密情報を落としてないかなどをチェックする必要がありましたので、まずはこれらのツールを導入しました」と語る。
そして、コミュニケーションツールに関しては、既存のSlackに加え、ナレッジを共有するためのNotionを使い始めたという。野瀨氏は、「コロナ前から使ってはいたのですが、より利用されるようになったのは、コロナ禍に入ってからですね」と振り返る。
経費精算は数年前にラクスの「楽楽精算」に切り替え、すでに社員にも定着している。最近取りかかっているのは、同じくラクスの「楽楽販売」だ。請求書の業務フローを効率化するサービスで、「自由度が高い分だけいろいろなことができるので、われわれのチームで構築を手伝っている」(野瀨氏)とのこと。請求書発行や承認フローを構築したり、経理の仕訳、会計との連携、アカウントの管理、予実管理などを経理部門とともに構築している最中だ。
さらに最近、検討しているのはMiroのようなホワイトボードツールの導入だ。絵やイメージを共有するのは、やはりSlackだけでは限界があるという。「今まではオフィスでホワイトボードを使ってできたリアルタイムなブレストがオンラインだとやりにくくなったので、生産性向上のために検討していきたいと思っています」と野瀨氏は語る。
現場でサービスをドッグフーディング 気軽に相談できる情シス
マーケティング、顧客管理、問い合わせの管理なども部門や業務に特化したツールも使われている。「クラウドファンディングを支援してくれるお客さまのサポートはZenDeskですね。問い合わせもチケット化して管理できるので、ヘビーに使われています。あと、うちでプロジェクトを立ち上げているお客さまのCRMとしてはHubSpotが使われています」(野瀨氏)。
その他、プロダクトチームのインフラ構築はAWS、チケット管理でAsana、デザイン関係のコラボレーションではFigmaを使っている。「チームごとに特化しているサービスは、情シスとしてアカウントを管理しますが、運用に関してはSREチーム、顧客管理チームなどにお任せしています」(野瀨氏)。
CAMPFIREのサービス導入のポイントは、現場から使いたいという声をくみ取り、全社展開していること。「ホワイトボードツールも、もともとはデザインチームで使っていたもの。使い方を紹介すると、他の部署も使ってみたいという話になり、全社的に展開していくのが一般的なパターンです」と野瀨氏は語る。
裏を返せば、社員にはいろいろなサービスを試す程度の裁量は持たせている。「使ってみないとわからないところも多いし、情シスがすべてを試して、現場に便利なツールであると保証するのも難しい。現場でも結果的にいくつかのツールの淘汰があると思うので、情シスに上がってくる段階では、ある程度使えることがわかっているんです」と野瀨氏は語る。
現場でのドッグフーディングが済んだサービスは、情シスが全社展開する際は、いくつかのチェックを行なう。「Oktaを使っているので、認証においてSAMLが使えるかは確認します。あとはプロビジョニングで、アカウントが作りやすいかなどはチェックしています」(野瀨氏)。もちろん、コストがかかるので、現場にヒアリングして、生産性に寄与するかを検証しているという。
そして、情シスに気楽に相談できるというのも、CAMPFIREの特徴かもしれない。「属人化と言われても仕方ないのですが、なにかあると相談が野瀨さんに行きますよね。安定感もあるし、なにしろ対応が速い。使いたいサービスをリクエストできるチャンネルもあるけど、私もつい野瀨さんにDMしてしまいます(笑)」と中島氏は語る。
やめたサービスもある でも理由はそれぞれ違う
一方で、利用をやめてしまったサービスもある。導入しやすく、辞めやすいのがSaaSの特徴。ユーザーは安価で使いやすいツールに移ってしまう。こうしたSaaSのいわばリストラは、今後どんどん増えていくと思われる。
たとえば、ビジネスチャットのChatworkは、社内がSlackに一本化されたことで解約された。「もともと協力会社とのやりとりに使っていたのですが、社内はほぼSlackが使われていたので、こちらにまとめました。社内では特に反対はなかったです」(野瀨氏)。
また、受付管理サービスのRECEPTIONISTはコロナ禍で解約された。「フルリモートワークになり、従業員がそもそも会社に来なくなったので、受付管理自体がなくなった」(野瀨氏)とのこと。入り口のベルを押すと、出社しているメンバーが対応するという以前のパターンに戻ったという。
サービスのリストラとも言える棚卸し作業はつねに行なっている。デザインチーム内ではMiroとFigmaの使い勝手が比較されており、プロダクトチームは従来Asanaを使っていたチケット管理をNotionに切り替えようとしている。先ほど話したようなチーム内でのサービス選定の目利き力が重要になっているわけだ。
こうして見てみると、リストラの理由がそれぞれ違うのが興味深い。Chatworkは単純に同じ機能を提供するツールが一本化された影響だし、Receptionistはコロナ禍におけるトレンドの変化(ここでは脱オフィス)が原因だ。また、MiroとFigmaは使い勝手が合うか合わないかの問題だし、AsanaとNotionは後発の機能強化でサービスがマージされた結果だ。
一方で、価格を理由に導入をあきらめたり、解約したという例は今のところないという。「僕の目から見ると、SaaS単位の価格相場の差って、そこまで大きくない。むしろ、より積極的に使っていかないと元が取れないと思っているくらいです」と中島氏は語る。
ただし、プランに関しては、まめに見直している。「エンタープライズ版だとセキュリティや監査のログがとれるという機能が付いていることが多いのですが、これはIDaaSのOktaで実現できます。セキュリティマネージャーと協議の上、プランを見直したこともあります」と野瀨氏は語る。
SaaSの管理は厳しすぎず 今後はSaaSを120%使いこなしたい
最後に聞いたのは、こうしたSaaSの管理だ。SaaSを利用する上での課題の1つは、部門が勝手に契約してしまう「野良SaaS」が原理的にあり得ることだ。テレワークでインターネット経由でSaaSを使ったら、社内ネットワークは経由しない。価格も安価なので、マネージャーがクレジットカードでサービスを契約してしまうということは十分あり得る。
CAMPFIREでも、この野良SaaSは問題となり、撲滅する運動は行なっているという。「システムでしばるのは難しいので、基本的にはSaaSの利用申請を出してくださいという形です」と語る。ルールで縛ると、現場は反発するので、手綱の加減が重要というわけだ。
とはいえ、フリープランで手軽に利用できるというのはSaaSのメリットでもある。前述した現場でのサービス選定ができるのも、自由度が認められているからにほかならない。そのため、ある程度は目をつぶっている。「たとえば、Slackは無料でワークスペースを作れてしまうのですが、野良のワークスペースがあるのは把握しています」(野瀨氏)。中島氏も、「『これ面白いんですよ』と個人から提案を持ち込まれるサービスも多いので、それができないと機会損失ではあるんですよね」と語る。
変更頻度の高いHR系サービス以外は、最近は利用しているSaaSも安定している。今後は今使っているSaaSをより使い倒すのが目標だ。「SaaSは進化がけっこう速いので、導入したツールも全部使いこなしているとは言いがたい。今後は120%使えるようになっていきたい」と野瀨氏は語る。