画像クレジット:Noah Berger
脳コンピューター・インターフェイスは、全身麻痺などでコミュニケーション能力を失った人々への福音となる可能性がある。しかし、コミュニケーションを取る方法がまったくない人たちが、調査研究に参加することは倫理的な観点から難しい。
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ちょっとワクワクする新しい研究を先日の記事で取り上げた。話す能力を失った人々が脳コンピューター・インターフェイスを使って声を取り戻したことを、2つの研究チームが報告したのだ。それぞれのチームは異なる種類のインプラントを用い、脳が発する電気信号をとらえ、それらの信号をコンピューターを使って音声に変換した。
1つ目の研究に参加したパット・ベネットは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患った結果、話す能力を失った。ルー・ゲーリッグ病とも呼ばれるALSは、全身の神経を侵す破壊的な病気である。最終的には完全麻痺に近い状態になり、思考や論理的な判断はできても、コミュニケーションをとる手段がほとんどなくなってしまう。
もう1つの研究に関わった47歳の女性アン・ジョンソンは、脳幹卒中を発症した結果、麻痺状態になって声を失い、話すことも文字をタイプすることもできなくなってしまった。
この2人の女性は、脳インプラントがなくてもコミュニケーションをとることができる。ベネットはコンピューターを使って文字をタイプする。ジョンソンは視線追跡装置を使って、コンピューター画面上の文字を選択する。あるいは、しばしば夫の助けを借り、文字盤を使って単語を綴る。どちらの方法もスピードが遅く、1分間に14語か15語程度が限界だが、目的は果たせている。
そのようにコミュニケーションをとる能力があったため、2人は臨床試験への参加に同意することができた。しかし、コミュニケーションをとるのがもっと困難な場合、どのようにして同意すればよいのだろうか。この記事では、脳インプラントのようなテクノロジーを最も必要としているのに、自分の考えや感情を知らせる能力がほとんどない人々を対象とする科学研究における、コミュニケーションと同意の倫理問題について見てみよう。
この種の研究から特に恩恵を受ける立場にある人々は、ロックイン症候群(LIS)患者だ。彼らは意識はあるが、ほとんど全身が麻痺しており、動くことも話すこともできない。一部には、視線追跡装置やまばたき、筋収縮を使ってコミュニケーションをとれる患者もいる。
たとえば、ジャン・ドミニク・ボービーは脳幹卒中を患い、左目のまばたきでしかコミュニケーションがとれなかった。それでもボービーは、1冊の本を書くことに成功した。心の中で文章を組み立ててから、アシスタントにアルファベットを繰り返し読み上げてもらい、一度に一文字ずつ指示したのである。
しかし、そのような種類のコミュニケーションでは、患者も手助けする者も疲れ切ってしまう。また、患者のプライバシーを奪うことにもなる。「質問してくれる他人に、全面的に依存しなければなりません」と、オランダの大学医療センターユトレヒト脳センターの神経科学者、ニック・ラムゼイ教授は言う。「したいことはすべて、プライベートになりません。家族とコミュニケーションをとりたいときでさえも、常に他の誰かがいるのです」。
脳が発する電気信号をリアルタイムでテキストや音声に変換する脳コンピューター・インターフェイスは、そのようなプライバシーを回復させ、患者に自分の言葉で会話する機会を与えるだろう。しかし、臨床試験の一環として脳インプラントの設置を研究者に許可するかどうかは、軽々しく決定されるべきではない。脳神経外科手術やインプラントの設置には、発作や出血、感染症などのリスクが伴う。また、多くの臨床試験において、インプラントは永久に使えるようには設計されていない。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の神経外科医、エドワード・チャンらの研究チームは、研究への参加希望者に対し、そのことをはっきり伝えることにしている。「これは期間限定の試行です」と、チャン医師は言う。「参加者には、何年か後にインプラントを取り外す可能性があることを、十分に説明しています」 。
治験参加者から確実にインフォームドコンセントをとることは常に重要だが、コミュニケーションが困難な場合、そのプロセスは厄介なものとなる。
ラムゼイ教授の研究グループは、何年も前からALS患者と協力して研究をしてきた。同教授らのように、コミュニケーション能力が極端に制限されている患者と協力している研究チームは、数少ない。2016年にラムゼイ教授らのチームは、あるシステムの開発に成功したことを報告した。そのシステムを使い、ALSの女性は心に思うだけでマウスのクリック操作ができるようになったという。この女性は、研究が終了するまでに、1分間で3文字を選択できるようになった。「その患者は7年間このシステムを使っています。他の手段がもう使えなくなった後は、昼夜を問わずこのシステムを使ってコミュニケーションをとりました」と、ラムゼイ教授は言う。現在、同教授らのチームは、他の患者と協力して、脳の活動を音声に変換することを試みている。
同意のプロセスは「かなり複雑な手順」だと、ラムゼイ教授は言う。研究チームはまず、研究の詳細を何度も説明する。その後、20問の簡単なイエス・ノー形式の質問をし、参加希望者が研究に伴う影響を理解していることを確認する。間違えることができる質問の数には、上限が設けられている。これらの手順はすべて、法的保護者と独立したオブザーバーの立会いのもとで実施され、すべての手順がビデオに録画されると、ラムゼイ教授は話す。このプロセスにかかる時間は4時間ほどだ。ただし、これとは別に、患者が自分の決断について熟考するための時間が数週間必要となる。
介護やコミュニケーションを他人に依存している人たちは、特に弱い立場にある。ある研究論文の指摘によれば、同意に対する患者の願望は、その決断が家族や介護者に及ぼすかもしれない結果に影響される可能性があるという。「埋め込み可能なBCI(脳コンピューター・インターフェイス)の治験や治療によって、他者に対する依存の性質や程度が改善される見通しがある場合、(ALS患者は)BCIを希望する義務があると感じるかもしれません。この義務感の性質によっては、BCIを埋め込むという決断の自発性に疑いが生じる可能性があります」。
ラムゼイ教授の研究グループは、完全にロックイン(目を含め全身が麻痺)していて、自発的な動きや音でコミュニケーションをとることができない患者を、研究協力の対象から除外している。しかし、同教授によれば、fMRIスキャナーの助けを借りることで、同意をとれる可能性があるという。「それには、単語を読む、数字を逆に数える、といったような、簡単な作業をしてもらう必要があります」と、ラムゼイ教授は話す。「眠っていなければ誰でもできる簡単な作業です」。もし、対象者がそのような作業をしていないことがデータからわかれば、研究者たちは、「この人は指示に従うことができないか、あるいは参加を希望しておらず、わざとその作業をしないことで意思を伝えているのだろう」と推測できる。
しかし、それはまだ理論上の話だ。ロックイン症候群の最も極端な症状を持つ人々に脳インプラントを埋め込むことは、一般的にひんしゅくを買うと、ラムゼイ教授は言う。
「自己表現ができない人をBCIの研究に関わらせることに対しては、明確な法的・倫理的ルールがあります」と、ラムゼイ教授は話す。「たとえ法的保護者の同意があるとしても、完全なロックイン症候群の人への脳インプラントを正当化するのは、非常に困難です」。昨年発表された研究報告によれば、完全にロックイン状態となった男性が、脳インプラントの助けを借りて、特定のトーンに合わせ脳の活動を変化させることでコミュニケーションをとることができたという。しかし、このケースでは、男性がコミュニケーション能力を完全に失う前に、治療行為に対する同意をとっていた。
少なくとも今のところ、すでにロックイン状態にある人々は、どうすることもできない。そういう人たちがコミュニケーションをとるための唯一の希望が脳コンピューター・インターフェイスかもしれないが、参加したい意思を伝えることができないため、研究対象から除外されている。技術が進歩し、新しい治療法が生み出されれば、そのような人々の一部は声を取り戻せるかもしれない。だからこそ、彼らがインフォームドコンセントを与えるための倫理的な方法を見つけることは、追求する価値のある目標なのである。実際、そうすることは道徳的要請であるという科学者もいる。
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