海外企業のオープンイノベーション活動:論文で精査された知られざる事例
⑤AstraZeneca:多数の組織が関与するエコシステムにおける原則の重要性
Wikhamnはイギリスの製薬メーカーであるAstraZenecaを対象として、スウェーデンで運営しているAZ BioVentureHub(BVH)の時系列変化を分析した研究を報告している。
●BVHの進化のプロセスは以下の通り:
・フェイズ1:構築(2014/1~2015/6)
✔(目標)創薬ベンチャー企業のための価値の創出
✔(協業パートナー)アーリーアダプターになりたい創薬ベンチャー企業
✔(インフラ)ハブの構造とプロセスの構築
✔(原則)原則の確立
・フェイズ2:拡大(2015/6~2017/12)
✔(目標)地域のライフサイエンスエコシステムの強化
✔(協業パートナー)ハブの原則を受け入れられる創薬/診断/デバイス/デジタルデータ分野のベンチャー/大企業
✔(インフラ)ハブ内の相互作用の促進による文化の生成
✔(原則)原則の維持
・フェイズ3:統合(2018/1~2020/12)
✔(目標)ホスト企業による価値の獲得
✔(協業パートナー)ハブとホスト企業の両方に興味がある創薬/診断/デバイス/デジタルデータ分野のベンチャー/大企業
✔(インフラ)ハブとホスト企業間の構造とプロセスの統合
✔(原則)原則の維持
・各年度開始時に入居しているハブ企業の推移
✔2015:8社
✔2017:18社・1大学(卒業企業2社)
✔2019:26社・1大学(卒業企業5社)
✔2021:30社・1大学(卒業企業11社)
●フェイズ1では、AstraZenecaのサンクコストになっているリソースは提供してよいが新たな負担は認められないという制限のため、スウェーデンイノベーション庁・地方政府・ヨーテボリ市から5年間で3,900万SEK(約5億円)の資金を調達した
●フェイズ2においては、スウェーデンのライフサイエンス産業に貢献するために、EU以外の企業に積極的にアプローチした
●フェイズ3では、初期で調達した外部資金の提供機関が終了することに備えて、AstraZenecaにとっての価値を高めることを目的とした活動に取り組んだ
●構築期と拡大期では価値創造を重視したインサイドアウト型の活動に注力し、統合期ではさらに価値獲得を目的としたアウトサイドイン型の活動を追加した
●インタビュー結果を踏まえると、BVHの進化のプロセスは考え抜かれた長期的な戦略に基づいて実施されたものではなく、創発的に展開されたものである
●状況に応じてさまざまな領域が変化していったものの、オープン性・共有・信頼・実験というハブの原則自体は維持され続けている
*Wikhamn, Björn Remneland and Alexander Styhre [2023], "Open innovation ecosystem organizing from a process view: a longitudinal study in the making of an innovation hub," R&D Management, 53(1), 24-42.
昨今では従来の1対1の協業だけでなく、多数の組織が関与するエコシステム的なものが増えてきている。このような取り組みは極端に不確実性が高いため、綿密に計画しても予測通りに推移することはまずないと思われる。よって本報告にあるように譲れない原則を定めたうえで、前述のAirAsiaと同じくエフェクチュエーションを採用して推進するとよいのではないだろうか。
⑥中国メーカー3社:圧倒的な試行回数
最後に大規模なオープンイノベーション活動を展開している前述のHaierを含めた中国メーカー3社の事例を紹介する。
まずはWangによるHaierを対象として、オープンイノベーション活動における外部パートナーのマネジメントを調査した研究である。2013~2016年までのものであるが、HOPEに関係する数字として以下が報告されている。
●参加者:1,780,000
●登録者:120,000
●個人:108,500
●大学:230
●研究機関:417
●サプライヤー:5,280
●その他企業:1,331
●累計提案数:5,800
●協業プロジェクト数:319
*Wang Haijun and Sardar M. N. Islam [2017], "Construction of an open innovation network and its mechanism design for manufacturing enterprises:a resource-based perspective," Frontiers of Business Research in China, 11:3.
続いてYanによる世界最大の通信機器メーカーであるHuaweiを対象として、オープンイノベーションの効果的なガバナンスモデルを調査した研究である。
●2018年末の時点では、全従業員の45%に相当する8万人以上が研究開発に携わっており、世界各地に28のイノベーションセンターを展開している
●1999年には産学連携プロジェクトのための科学技術ファンドを立ち上げ、2010年にはHuaweiイノベーションリサーチプログラム(HIRP)に形を変えて持続的なシステムを構築してきた
●2017年度は32ヶ国・地域の270大学近くと協業を実施しており、指数関数的に複雑さが増している
*Yan, Xu and Minyi Huang [2022], "Leveraging university research within the context of open innovation: The case of Huawei," Telecommunications Policy, 46(2), 101956.
最後はWuによる中国の総合家電メーカーであるXiaomiを対象として、オープンイノベーションコミュニティが企業のイノベーションパフォーマンスに与える影響を調査した研究である。
●オープンイノベーションコミュニティの特徴は以下の通り:
・2018年12月時点で7,753件の出願特許が公開されている
・2018年12月時点でコミュニティに5,000万人以上が登録しており、10,000人以上が日々活発に活動している
●分析の対象とした期間(2017年9月1日から2018年12月31日)における月あたりの平均値は以下の通り:
・特許出願数:235件
・ユーザー数:2,140人
・投稿数;2,737件
・コメント数:17,083件
・閲覧数:30,324,058件
・発売された製品数:28個
*Wu, Bing and Chunyu Gong [2019], "Impact of Open Innovation Communities on Enterprise Innovation Performance: A System Dynamics Perspective," Sustainability, 11(17), 4794.
3社の詳細は異なるが、いずれもけた違いに大きい数字で取り組みを推進している。必ずしも質より量というわけではないが、探索ニーズへの対応でも仲介サービスの活用でも、試行錯誤しながら一定数をこなすことで見えてくるものがあると思われる。よって短期間での成果を求めるのではなく、長期的な目線を持って粘り強く活動を継続していく意識を持っておきたい。
著者プロフィール
羽山 友治
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。NEDO SSAフェロー。
https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022