地方の中小企業のデジタル化に地域に根付いた地方銀行が関わる事例が増えている。DXのはるか手前のデジタル化だが、地方の中小企業への取材がほとんどなかった自分にとっては、その一歩はとても大きいと感じられる。
自治体、大学、NTTの案件ばかりだった15年前の地方取材
「IT記者の仕事は山手線の内側で完結する」と考えたのは、15年前の自分だ。記者発表会や取材は港区、中央区、千代田区、新宿区がほとんどだったので、まさに山手線の内側。IT産業に従事している人の居住地を調べると、都内5区に集中しているという記事もあった。自身が東京出身ということもあり、当時は地方のITにまったく目が向かなかった。
もちろん、地方取材がないではない。でも、ほとんどは自治体と大学、NTTの案件だった。15年前は完全にオンプレミス全盛期だったので、サーバーやネットワークは自社運用が必要。まして中小企業となれば、予算面でも、運用するメンバーの数からしても、ITを導入する企業は少ない。やたら規模の大きい大学のネットワークと、ユーザーより出入りの業者がよく話すような企業の事例取材がほとんどだった。
大きな変化があったのは、クラウドの浸透だ。2014年のJAWS DAYS参加以降、AWSのユーザーコミュニティであるJAWS-UGに取材しまくっていたので、地方のエンジニアとコネクションができた。また、2018年からkintoneのイベント取材を担当することになったので、地方の中小企業やIT企業ともつながり、課題感やIT導入の感覚も理解できるようになった。
地方取材、クラウド、SNSで培ったこの人的コネクションの価値は圧倒的だった。たまに地方に行って、取材だけして、帰京するのではなく、現地の人とつながることで、地方のIT事情の理解が進んだ。在京のIT記者の中でもかなり地方の事情に詳しいという自負はある。逆に言えば、「IT記者の仕事は山手線の中で完結する」と考えていた15年前の自分は、反省すべき視野の狭さしか持ち合わせてなかったのだ。
クラウドがあれば、地方企業も変わると思っていた
そんな私も、クラウドがあれば、さすがに地方企業だってITを使うだろうと思っていた。今まで必要だったサーバーも、アプリケーションも要らないし、SaaSなら月額で利用料を払えば、Webブラウザからポチポチ利用できる。理屈上、日本は高速な光ファイバー網や4G/5Gが津々浦々に引かれたブロードバンド大国なんだから、地方企業だって都内と同じIT武装ができるはずだ。
確かにクラウド導入で働き方やビジネスを変えた地方企業はいくつもある。kintone hiveはまさにその代表的な事例が集まっているし、コロナ禍で働き方を変えるべく、クラウドを導入した企業も多い。しかし、実態として地方企業のIT化は遅れている。DXという言葉が適切かは別として、総務省の2021年の調べでは中小企業の9割はDXを実施しておらず、7割は必要性すら感じていないという。
地方でなぜSaaSが売れないか? これに関しては、「地方でSaaS導入支援会社を起業して3年、階段から降りられなくなった」(note)を書いたつづくの井領明広さんに取材した重森さんの「SaaSは地方の中小企業を救えるのか?ある経営者の絶望と再生」を読んでもらいたい。この記事が書かれたコロナ禍前の2019年は、働き方改革ブームもあって、まさにSaaSルネッサンスのような状況だったが、地方はまさにこんな感じだったのだ。
地方でSaaSを売ろうとしたIT企業社長の独白
長野県上田市で地元企業へのSaaS普及に尽力する、つづくの井領 昭広さんに話を伺った。浮かび上がったのは、東京でSaaSを開発販売する企業が思い描く中小企業像と実態との大きな乖離だった。
最近は地方でのIT導入の実態はどうなのだろうか? 「田舎のクラウド屋さん」を謳い、青森県三沢市を本拠としてクラウドSIを展開するヘプタゴンの代表取締役社長 立花 拓也氏に聞いてみると、「地方は紙で回っているけど、誰も困ってない。デジタルなんて面倒と思われて、進んでないのが実態」というコメントが返ってきた。確かに困ってないところに、ソリューション(解決策)は必要ない。企業の担当者もITでなにをやってよいかわからず、課題はあるけどITにつながらないという。
もちろん、電帳法やインボイスなどの法令対応は必要なので、紙をなんとかしなければという企業もある。とはいえ、デジタル化してもシステムにつなぎ込まれることもないし、そもそも予算がないのが実態。立花氏は、「先日、とある個人商店から数百種類ある仕入伝票のデジタル化を相談されたのですが、予算は月5000円しかないと言われました(笑)」と語る。
地銀がITコンサルティングに進む背景
こうした地方のIT導入を加速しそうなのが、タイトルにも書いた地方銀行によるITコンサルティングである。地方銀行との提携を進めてきたサイボウズやfreeeがよく発信しているトピックで、サイボウズに関しては滋賀銀行と伊予銀行が登壇したイベントの記事を書いた。また、SBIビジネス・ソリューションズの発表会でも、同じ地銀による地方企業IT導入の推進スキームについて書いた。こちらは島根銀行が登壇している。
地方でのIT導入を促進する地銀のITコンサルティングの実例①
地銀によるDXコンサルティングは、地方中小企業の約9割が未実施となるDXへの足がかりになるか。サイボウズ、滋賀銀行、伊予銀行の担当者が生々しく解説した。
地方でのIT導入を促進する地銀のITコンサルティングの実例②
経理・財務、バックオフィス系のSaaSやサービスを提供するSBIビジネス・ソリューションズは、パートナーである島根銀行と共同発表会を開催。85%を地方企業が占めるという同社の製品の地方浸透に寄与した「ラストワンマイル」の施策について説明した。
発表会ではあまり触れられていなかったが、地方銀行がITコンサルティングを展開する背景には、地銀を巡る環境の厳しさがある。昔は地方の優良就職先ともてはやされたが、人口減少と高齢化で地元経済が先細りな上に、長引く低金利政策とネットバンクとの競争に迫られている。さらにリーマンショックを契機に投入された公的資金の返済期限が2024年に迫るという問題もある。こうした中、活路の1つとなっているのが、銀行員によるITコンサルティングだ。
導入先の地方企業にとってみれば、見ず知らずの東京のIT企業よりも、普段から経営やお金の相談をしている地銀の方がはるかに身近な存在だ。SBIビジネス・ソリューションズの夏川氏の「東京でやっている横文字の会社がやっているサービスなんて知らないし、使えないという声はいただいていた」とコメントする。地方開拓に攻め手を欠いていたITベンダーにとっても地銀は利害の一致したパートナーだったのだ。
地方銀行のメリットは、ITを導入するのが必ずしも目的にならない点だ。地銀としては融資先の経営が改善し、課題が解決すれば良いので、人を増やしたり、投資したり、商流を変えたりといった施策がふさわしければ、手段はITでなくてもよい。ITを売らなければならないITベンダーとの決定的な違いである。デジタルが苦手な経営者も、既存の金融機関とのやりとりの延長で、デジタル化について相談できるわけだ。実際、支店からのトスアップがコンサルティングに結びついていることも多いという話なので、営業活動のみならず、窓口での相談から案件になっていることも多いのだろう。
「よくこんなんで会社やってたなと思ってます」
では、銀行の話なら聞いてやろうと考えた地方企業の社長は、なぜデジタル化しようと考えるのか? これについて個人的に印象的だったのは、サイボウズのイベントで流れた滋賀銀行の動画だ。kintoneを導入した山川産業の社長が「よくこんなんで会社やってたなと思ってます」とデジタル化前の自身を自嘲気味に語るところだ。その後、記事の冒頭に載せたとおり、社長は「デジタル化して、『これが会社というものなんだ』とわかった」と語る。
短い動画だけでは推し量れないが、デジタル化された結果として、組織や業務、お金の流れが見える化され、会社の現状と方向性がつかめるようになったという「腹落ち感」が、社長にとってのデジタル化のメリットだったのだろう。おそらく腹落ちのポイントは社長によって違うだろうが、会社が見えるようになるというのはデジタル化の1つの効能。
こうした事例が地元で共感されると、おそらくIT導入のハードルは大きく下がる。前述したヘプタゴンの立花氏も、「田舎って良くも悪くも横並びなので、1ついい基準ができるとそこに合わせたがる。まずはユースケースを作ることが肝心」と語る。
今後、地元のプロトコルを理解する地銀が突破口を開き、地方企業の社長が腹落ち感を得れば、IT導入も進んでいくはずだ。ブラウザから簡単にシステムを使えるクラウドや圧倒的な自動化・省力化をもたらすAIなど、地方企業もそのパワーを得て、日本の底力になってほしい。
大谷イビサ
ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。
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