DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が流行りだして3年。長らくバズワードにさらされ続けてきた記者の立場からすると、そろそろ廃れるのかなと思っていたが、中小企業や自治体に取材すると、いまだにDXという言葉にさらされない日はない。この言葉の神通力は意外と強いのではと感じさせられる。
コロナ禍でもてはやされてきた、便利で面倒なDXという言葉
コロナ禍において、もてはやされてきた「デジタルトランスフォーメーション(DX)」。クラウドとテレワークが加速度的に普及した中、このDXという言葉は業界を席巻した。去年やおととしあたりは、DXと名前の付かないITセミナーは少なかったのではないだろうか?
実際、弊社に依頼いただいた案件でも「DXをテーマにイベントできませんか?」という相談は多かった。企画を相談される立場として、「DXばかりだから差別化にならないですよ」という話はするのだが、代理店がクライアントの顔色をうかがい、クライアントの担当者が上司の顔色をうかがうと、どうしても「DX」は必要になるらしい。
DXとは便利な言葉だ。「飲食DX」「物流DX」「接客DX」など業界や仕事をくっつけると、簡単にデジタル感やネクスト感が付与できる。しかも全角3文字なので記事やセミナーのタイトルでも使いやすいし、「生成AI」みたいに横文字も2文字なので新聞のような縦書きでもOK。官公庁も、自治体も、DXという言葉は大好きだ。「デジタル変革」や「デジトラ」とかにならなくて、つくづくよかったなあと思う。
一方で、DXはとても面倒な言葉でもある。日本でのデビューとなった2018年の経済産業省レポートで、ご丁寧に「定義」や「概念」とともに持ち込まれたので、正しく使わないと「DX警察」みたいな人から苦情を言われてしまう。実際にDXの定義みたいな記事は、数多くの散見されるので、「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタルトランスフォーメーション」の違いみたいな話は定番だし、「これは単なるIT化でDXじゃない!」というコメントで蜂の巣になっている記事もよく見かける。
ようやく始まるペーパーレス そこでもDX
驚いたのは、このDXという言葉がけっこう浸透していることである。私は地方も含めて、中小企業の事例取材をかなり経験しているという自負があるが、この数年、取材中にDXという言葉に出くわすことがとても多い。メディアの人としては、正直DXという言葉に食傷美味なので、取材でこちらから振ることはないのに、インタビュー相手からDXという言葉が飛び出してくるのだ。
DXの言葉の特徴として、「人によって頭の中に浮かぶ概念がけっこう違う」という点が挙げられる。ペーパーレス化やツールの導入により、DX化が実現したと話す人は多い。業務の中身やビジネスモデルが変わった訳でもなく、作ったシステムを外販するでもなく、単に電話やFAXがチャットになった、稟議書や申請書がクラウドサービスになった。そういった人たちにとっては、これで十分DXなのだ。
単なるIT化ではなく、今風にDX。もはやDXって言葉は、IT化くらいの意味でいいのでは個人的には思っている。たとえば、多くのITベンダーにとって、ペーパーレスなんて数十年前から提供している手垢の付いたソリューションだが、働き方改革やコロナ禍以降で、テレワークやクラウドに初めてチャレンジしてみた中小企業からすれば、紙からの脱却はそれはもう大きな大きなビジネス変革だと思う。また、クラウドやAIの導入で業務の見える化や効率化が進み、時短が進んだのであれば、これはさらに大きなチャンスだ。時間が生まれることで、次の施策やビジネスを考える余力ができるからだ。
いったんペーパーレスの壁を越え、時短という成果を出した中小企業は、業界関係者が定義した「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタルトランスフォーメーション」のような区分けや障壁をゆるやかに乗り越えて行くような気がする。実際に壁を越えてしまった企業の事例はそのうち紹介していこうと思う。
大谷イビサ
ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。
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