ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第721回
性能ではなく効率を上げる方向に舵を切ったTensilica AI Platform AIプロセッサーの昨今
2023年05月29日 12時00分更新
AI向けに最適化したDNA Scalable Processor
ということで話をAIプロセッサーに移す。AI市場の盛り上がりに合わせて、当然TensilicaもAI向けの対応を始める。といっても当初畳み込みニューラルネットワークが映像処理(セグメンテーションやクラシフィケーションなど)で立ち上がったこともあり、まずは同社のVision Q6という映像処理向けのDSP上でニューラルネットワークを稼働させるためのフレームワークを提供するに留まっている。
2019年にはTensilica DNA 100 Processor(数百個のDSPコアをSoC内に搭載できるというコンセプトのもの)を発表しているが、DSPコアそのものは従来のままで、まだAIに最適化されたというものではなかった。このあたりのソリューションが用意できたのは2020年である。
DNA Scalable Processorと呼ばれる新IPは、DSPをベースとしつつもAI向けに最適化した構造を取るものである。
中核になるのはXNNE(Xtensa Neural Network Engine)で、MACユニットそのものはVision DSPなどと似ている(完全に同じではなく、AI向けのデータ型のサポートなどが追加されている)が、これにSparsityへの対応を行ったScalable Sparse Compute Engineや、量子化専用ユニットの追加(DSPでも同じことはできるが、それだけ演算性能を食うことになるので、専用ユニットにすることで効率を上げている)などを実装したものだ。
基本はDSPをブン回して性能を上げるという方向での実装であり、データフローの実装やIn-Memory Computing的な実装は同社の得意とするところではない。
ただScalable Sparse Compute Engineでデータが疎の部分の演算は自動的にパスできるからデータフローに近い効率を実現できるし、Unified BufferをMACユニットに近いところに置くことで、外部のメモリーアクセスの頻度を減らすことで本当のIn-Memory Computingに比べればまだ帯域的には低いであろうものの、かなり効率的に演算を実施できるように配慮したことがうかがえる。
性能としては、この時点でもNVIDIAのXavierと比較して2.4倍の効率を達成したとしており、手始めとしては悪くない数字である。
もっとも、「既に販売しているプロセッサー」に比べて、IPで提供されるプロセッサーの効率が数倍では商売にならない。そのIPを購入して新しいチップを自分で作るとなると数年の期間が必要であり、その間により性能を上げたプロセッサーが市販されるであろうことは明白だからだ。
ただTensilicaはここで性能を上げる方向ではなく、効率を上げる方向に舵を切った。2021年に発表されたのが、現在も提供されるNNA110である。
構成そのものはNNEそのものであるが、MAC数は32~128と、3つ前の画像で示した256~2048から大幅減となっており、またPooling/Vector Processing Unitが省かれているのがわかる。PoolingはおそらくTensilica DSPの側で処理であり、またVector Processing Unitはその必要がないと判断されたためだろう。
どうしてか? というと、TensilicaはAIの用途を“Always On Processing”向けに割り切ったためだ。
同社はすでにVision DSPやAudio DSPを幅広く展開して供給しており、それこそ画面付きのスマートスピーカーなどに広範に採用されている。こうしたすでにあるアプリケーションに、今回のNNA110を追加するだけで、性能を向上させつつ大幅に消費電力を減らせる)というわけだ。
ユーザーとしても、すでにTensilicaのIPを使ってアプリケーションを構築しているのであれば、そこにNNA110を追加するのはそう難しくない。いわば抱き合わせ商法を狙って展開されているのがNNA110というわけだ。Tensilicaのユーザーは多いので、そうしたユーザーを狙っての商売だけに、確実に市場が狙えそうではある。なかなか賢いビジネスだと思う。
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