誰もが移動を躊躇しない社会を目指す「Universal MaaS」
この記事は、国土交通省による歩行空間データの活用を推進する「バリアフリー・ナビプロジェクト」に掲載されている記事の転載です。
「Universal MaaS」(ユニバーサルMaaS)という取り組みをご存じでしょうか? これは、モビリティーに関するさまざまな複合サービスである「MaaS」(Mobility as a Service)に、「誰でもが」という「Universal」を組み合わせて、誰もが利用できるモビリティーサービスを示す言葉として誕生した造語です。「Universal」については、誰もが使いやすいデザインとして広く広まった「UD」(Universal Design)をご存じの方も多いでしょう。今回は、全日本空輸(ANA)の未来創造室MaaS推進部の方々に、Universal MaaSの取り組みについて伺いました。
「誰もが移動をあきらめない世界」の実現を目指すUniversal MaaSの取り組み
Universal MaaSは、出発地から目的地まで移動する際に必要な情報(運賃、運航・運行状況、ルート、スポット情報など)を利用者に提供するとともに、利用者の位置情報や特性情報、希望する介助内容などを各サービス提供者側と共有することで、シームレスな移動をサポートするサービスです。
たとえば車いすでの移動の際に、段差がなくエレベーターが利用できるルートを利用者に提示し、鉄道会社と連携して駅での乗り降りの際の駅員による介助手配を一括で行います。これにより、利用者は不安なく移動することができ、事業者もスムーズなサービス提供が可能になります。
この取り組みはANAの社員提案性制度から誕生し、京急電鉄や横須賀市、横浜国立大学をはじめとした産学官、さらに国土交通省も含めて進められています。2019年度から本格的な実証実験が始まり、2020年度からは段階的に社会実装が進行中。何らかの理由で移動することにためらいを感じる人々を「移動躊躇層(いどうちゅうちょそう)」として、その人々が快適にストレスなく移動を楽しめるサービスの実現を目指しています。
移動躊躇層に"移動しやすい環境”をもたらす
そもそもなぜ、このUniversal MaaSという考えが生まれたのでしょう。
全日本空輸株式会社 未来創造室 MaaS推進部 Universal MaaSプロジェクト マネージャーの大澤信陽氏は、「もともと当時91歳で車イスを使っていた私の祖母にひ孫と会わせたいという思いがUniversal MaaSの始まりです。ここ数年、移動支援サービスは徐々に増えつつありますが、『他人に迷惑をかけたくない』『嫌な思いをしたくない』といった心理的な障壁から、祖母は長距離の移動をためらっていました。この実体験から、『誰もが移動をあきらめない』というUniversal MaaSの発想に至りました」と言います。
移動躊躇層が実際に移動するためにクリアしなければならない課題は、「物理的なバリアに加えて、サービスや人々の心理的なバリアがあります」と大澤氏。「他にも、ルールや情報のバリアもあり、これら課題を解決して初めて、移動躊躇層が自律的に移動できるようになります。もちろん、物理的なバリアはない方が良いですが、その解決には時間や労力、費用がかかるケースが多いため、他のバリアを取り除くことで物理的なバリアを乗り越える方法もあります」
ANAでは現在、Universal MaaSに対して、車いすユーザー向けの移動支援サービス「一括サポート手配」と、車いすユーザーや視覚に障害のある方々などが利用しやすいナビゲーションサービス「バリアフリー地図/ナビ」という2つのサービスを開発、一部提供しています。
「一括サポート手配」では、出発地点から目的地までバスやタクシー、鉄道、飛行機の手配を一括で行うことを目指しています。移動時に介助を必要とする方々の介助依頼を、従来のような交通事業者ごとではなく、ドアtoドアで一括手配するものです。
「バリアフリー地図/ナビ」は、車いすユーザーや視覚に障害のある方々とともに構築しており、利用者の生の声を反映したサービスとなっています。例えば、色分けされたわかりやすいルート表示に加え、利用者目線で収集したスポット情報や車いす走行ログを掲載したり、公共情報を掲載したりしています。車いすユーザーと共に構築した機能は、2021年9月から、ANAの「空港アクセスナビ」に実装されています。
航空運送事業を中心に展開するANAですが、航空機以外の移動についてもUniversal MaaSでは対象にしています。
その点に対して「バリアフリーの施策は、一般的にはコストだと考えられがちで、費用面の課題が壁となることが多いかもしれませんが、移動躊躇層が移動をすることによってベネフィット(便益)やプロフィット(利益)が生み出されるため、Universal MaaSでは、社会的価値だけでなく経済的価値も追求できると捉えています。福祉という観点だけではなく、弊社の事業や、多くの他事業者にとっても十分なメリットがあります」と大澤氏は語ります。
理想だけにとらわれず、実現できるところから取り組む
昨今では「メタバース」の名の下に、オンラインの仮想空間でリアルに近い体験を得られるムーブメントもあります。
「とはいえ、まだリアルの体験価値はリアルでしか感じられません。今は、仮想空間で体験したものをリアルで実体験したい、という流れとなっているため、Universal MaaSとしては、よりリアルの体験を重視しています」と大澤氏。
同社未来創造室 MaaS推進部の黒岩愛氏は、「私たちの取り組みはひとつの事業者が取り組んで達成できるものではありません。また、サービス提供者側の観点だけで『この形』と決め込むのではなく、お客さまのご意見や実体験も含めて積み上げていくことが大切です。そうすることで、自ずとお客さまや事業者のメリットにつながっていきます。なかなか前には進みませんが、取り組む関係者の皆さまが仲間になって、少しずつ実現できるところから前に進んでいきたいと思います」と言います。
「私は、もともとフロントでお客さまのご依頼を承る業務を担当していましたが、Universal MaaSに携わるようになって、サービスに画一的な正解はないということに気づきました。お客さまの思いや立場によって、いろいろな回答があります。サービスとして選択肢を増やせるようにしたいと考えています」と同社未来創造室 MaaS推進部の北嶋夢氏。
現在は、「一括サポート手配」の実証実験を行っているとのことです。2023年2月15日・16日には、JR北海道との連携で北海道エリアでの実証実験も行われました。
実証実験を通じ、さまざまな点に気づきがあるといいます。
「机上で考えるだけでなく、実際に車いすで移動して検証することによって、必要な情報が何なのか、身をもって感じることができました。また『バリアフリー地図/ナビ』では、過去に車いすで移動した人の軌跡がわかるので、どのルートが実際に通りやすいのか把握できることも実感しました」と北嶋氏。
黒岩氏は、「何が利用者にとって一番良いのかがまだ我々にはわかっていません。皆さんにとって良いものは一つではありません。さまざまな選択肢を用意することが大切なのではないかと、Universal MaaSを通じて感じています」と語りました。
大澤氏に今後の課題について聞きました。
「自治体などが保持している公共データと、実際に移動する利用者のデータ、これらがまだまだ不足している地域が多いため、それらを如何に収集するかが課題です。バリアフリー対策はコストとして扱われがちですが、移動躊躇層が外に出ていくことで新たな経済価値が生まれるのだということを、まずはより多くの方々に知っていただき、その流れの中で、持続可能なUniversal MaaSを実現していきたいと思います」