10周年を迎えた異能vationプログラム
ICT分野において地球規模の価値創造を生み出すために、奇想天外でアンビシャスなICT技術課題に挑戦する人を総務省が支援する「異能vation(Inno)プログラム」。同プログラムは2014年に始まり、今年で10周年を迎え、その集大成となるイベント「OPEN異能(Inno)vation」が1月25日、東京ミッドタウン日比谷 BASE Qにて開催された。
会場にはこれまでの異能vationを記したパネルが設置され、来場者は異能な挑戦者を発掘してきた歴史を振り返っていた。また会場内には今までの破壊的な挑戦部門の挑戦者やジェネレーションアワード部門の受賞者をはじめ、協力協賛企業、ネットワーク拠点のブースが並び、「表情豊かに接客を行う『ROBOT CAFE』店長ロボット」をはじめとしたユニークな発明品に驚きの声が上がっていた。
そして、13時にメインステージでイベントプログラムがスタートした。司会を務めるのは、プログラム推進大使を務めて5年目となり、すっかりお馴染みになった古坂大魔王氏。角川アスキー総合研究所取締役会長で異能vation事務局長を務める福田正氏も壇上に上がり、2人の軽妙なトークで式が始まった。
異能vationプログラムは当初、応募件数が700件ほどだったが、2022年度には2万1000件にまで膨れ上がった。福田事務局長は「変な人を育てる機運の醸成には成功したと思う」とこれまでの10年の歩みを評価。続いて総務省から副大臣の柘植芳文氏が登壇し、「従来の発想にとらわれず、自分を信じて新しい課題にチャレンジするエネルギーが新たな未来を切り拓く」と、挑戦し続けることの意義を語った。
「創造性と冒険心を育むことが大切」とのメッセージ
続いて、今年度の破壊的な挑戦部門の挑戦者16名のお披露目に移った。「破壊的な挑戦部門」には1717件の応募があり、その中から選ばれたのが16名。「小型四輪EV形態を持つ乗用人型変形ロボ」「微生物という情報を運搬する空気場の構築」などユニークなものばかりだ。
ここでプログラムアドバイザーの一人であるアダム・ディアンジェロ氏と、オンラインで中継がつながった。ディアンジェロ氏はFacebookの初代最高技術責任者を務め、その後ナレッジコミュニティーであるQuoraを創業してCEOに就任した人物。「イノベーションはユニークな考察、誰も試していない方法論から生まれる。新しいアイデアは最初は誤解されることも多いが、その創造性と冒険心を育むことが大切」とメッセージを送った。
異能vationは日本の総務省のプログラムだが、年々国際的になっており、海外からの応募が増えている。その中でも目立っているのがタイで、2022年は1736件もの応募があった。この日は梨田和也駐タイ大使の臨席のもと、在タイ日本国大使館でも同プログラムのイベントが開催されており、タイからの中継も行われた。
受賞者が提案に込めた思いに共感
「ジェネレーションアワード部門」は、面白いアイデア、こだわりの尖った技術やモノなどを表彰する2017年に新たに設けられた部門だ。600文字以内で提案の概要を説明するだけでも応募ができる身近さから、今年度は1万9679件もの応募があった。
「ジェネレーションアワード」は、分野賞と協力協賛企業グループ特別賞に分かれている。分野賞は4つの分野で受賞者が紹介された。「新たに聞こえる部門」では、普段は除去されるノイズを増幅して新た上限につなげるプロジェクトが受賞。「飛躍的に便利になる分野」に選ばれたのは、赤ちゃんの感情がひと目でわかる泣き声理解促進アプリという、まさに子育てをする親が飛躍的に便利になりそうなアイデアだ。
そして、協力協賛企業グループ特別賞では国内企業27社、タイ企業35社がそれぞれ選んだ計62名が紹介され、国内の受賞者にトロフィーが授与された。闘病中の子どもたちへのeスポーツキャラバンを提案した大澤城太郎氏は「自分も18歳まで闘病生活をしていて、その中で必要と思ったもの」と語るなど、各受賞者が提案に込めた思いを披露して来場者の共感を得ていた。
選考評価の裏話も披露されたパネルトーク
異能vationプログラムには、「破壊的な挑戦部門」で評価を行うスーパーバイザーが10名、プログラムの概括的なアドバイスを行うプログラムアドバイザーが6名いる。これまでの授賞式では賞の授与がメインだったが、今回はスーパーバイザー9名が参加し、福田事務局長がモデレーターを務めてパネルトークが行われた。
最初のテーマはスーパーバイザーが参加した「異能vationのこれまで」。「テクノロジーのトレンド、経済の動きとシンクロしている」と応募内容の変遷を高橋智隆氏が指摘すると、川西哲也氏は「しかし、それぞれの人が持っているパッションは1年目から変わらない」と応じた。
また、「端にも棒にもかからない人ただ変な人なのか、自分を超えていて理解が及ばない人なのか、最後まで区別がつかない人がいた」(まつもとゆきひろ氏)、「プレゼンが下手でも、しっかり中身を読み取るように心掛けた」(牧野友衛氏)、「尖ったアイデアは『何のために』を意識していないので、そういうところを見るように」(小川エリカ氏)など、興味深い選考評価の裏話も聞かれた。その中で、生田悟志氏の「世の中を変えることが生まれるのを体験させてもらった」、上田学氏の「面白いものに出会えて良かった」という言葉はプログラムに関わった全員に共通する思いかもしれない。
続いて、プログラムアドバイザーの一人である伊藤穰一氏が「Web3がもたらす社会改革」と題して講演。Web3の透明性、非中央集権的といった性質が導く未来像を提示した。
これを受けて、スーパーバイザーとプログラムアドバイザー6名によるパネルトークに移った。プログラムアドバイザーの外村仁氏が「web3は歴史の転換点で、8割の人が考え方を変えなければいけない」と指摘すれば、スーパーバイザーの原田博司氏が「今までは中央集権で誰かの力を借りて信じていたのが、web3は初めて個人間で『信じる』を実現しようとしている」、同じくスーパーバイザーの佐藤陽一氏が「インセンティブが増して、クリエイターが増える余地ができる」とweb3の可能性を見るなど、白熱した議論が展開した。
プログラムは新たにスタートアップ支援事業へと発展
異能vationプログラムは10年目を迎え、応募件数は当初の約30倍の2万1000件に達し、破壊的なイノベーションに挑戦する社会的土壌を育むという当初の目標を達成した。そこで、2023年度から新たに「スタートアップ創出型萌芽的研究開発支援事業」として発展的に再出発することになった。総務省国際戦略局局長の田原康生氏は「異能vationの成果と経験を最大限に活かしながら、先端的なICT産業の育成を主眼に、スタートアップを目指した研究・開発を支援していきたい」と新事業の抱負を語った。
続いて、プログラムの生みの親である元総務大臣の新藤義孝・衆議院議員が登壇。「常に世の中を変えていくのは新しいアイデアと、破壊と創造の繰り返し。政府として世の中を変えるお手伝いができれば本望」とプログラムに賭けた思いを披露した。そして総務省に出向中にプログラムの制度設計を行った功労者として、情報通信研究機構の笠井康子氏を紹介。「今後異能の人が重要になる。これからもそうした人達の支援を続けていきたい」と笠井氏が抱負を語り、4時間にわたる式は幕を下ろした。
異能vationプログラムは多くのユニークな才能を発掘し、世の中に新たな価値を生み出した。今後、プログラムの精神を受け継ぐスタートアップ創出支援事業がどのような新しい世界を見せてくれるのか、期待が膨らむ。