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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第677回

アナログ回路でデジタルより優れた結果を出せるAspinityのAnalogML AIプロセッサーの昨今

2022年07月25日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII

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 今回取り上げるのはAspinityのAnalogMLである。“AnalogML”という言葉からもわかるように、アナログコンピューターを実装している。アナログコンピューターといえば連載591回で紹介したMythicはフラッシュメモリーをベースとしたアナログコンピューターとしていいだろうが、Aspinityの実装はまた異なったものである。

Aspinityのターゲットは
センサー向けなどの常時利用を想定したAI市場

 Aspinityは2015年創業の会社である。会社は少し珍しくペンシルバニア州ピッツバーグである。Google マップで見てみると、レンガ造りのやや時代を感じさせる2階建ての雑居ビルで、1階には小売店が入ってるという、ハイテク企業とは思えない立地なのが一周まわってむしろ格好良いかもしれない。

 ちなみに個人的にペンシルバニアと言うと、NYC(ニューヨークセントラル鉄道)と壮絶な争いを繰り広げたPRR(ペンシルバニア鉄道)しか思いつかないあたりは、ちょっと自分でも偏っている自覚はある。

 話を戻そう。Aspinityの創業メンバーはTom Doyle氏(CEO)、Brandon Rumberg博士(CTO)、David Graham博士(CSO)の3人である。Doyle氏はParagon IC SolutionsというEDAツールの会社を起業後、Cadenceで12年程を過ごしてからAspinityを立ち上げており、Rumberg博士とGraham博士は共にウェストバージニア大学からの参加である。ちなみにGraham博士はウェストバージニア大の教授も兼業されている。本社がピッツバーグにあるのは、このあたりも関係しているのかもしれない。

 さて、Aspinityがターゲットとしているのは、センサー向けなどの常時利用を想定した、エンドポイントAIの市場である。例えば振動センサーだったり画面やボタンのタッチ、あるいは音声などを検出して動かしたりという用途はかなり広範に存在しているが、これを従来型の技術(下の画像左側)でやった場合、以下の問題がある。

  • 常時マイコンかなにかを動かす必要があり、これの待機時消費電力が馬鹿にならない。
  • センサー出力は基本アナログなので、ADC(アナログデジタル変換)に消費電力を常時喰われる。

最近はデジタル出力を持つセンサーも少なくないが、これは要するにセンサーの側の内部にADCが入っているという意味なので、消費電力はやや上がることになる

 センサーそのものの消費電力は(モノによって差があるが)おおむね100μW程度だが、ADCには(これもモノや精度・頻度で差があるが)最大600μW、MCUは3mWほどを消費することになる。もちろん外部電源が利用できる環境ならこの消費電力は無視できるレベルだが、バッテリー駆動だとそうもいかない。

 連載665回でIntel GNAを紹介したが、あれも根っこは同じで常時Windows Helloを動かしていたらいかにノートPCといえどもバッテリーの減りが深刻なものになる。必要があるまで本体のCPUを動かさずに保つために、カメラとCPUの間にGNAを入れることで待機時の消費電力カットを目論むものだが、Aspinityのアイディアも同じである。

 Aspinityの場合、ADCと「データの判断(マイコンを起動してデータ処理させるべきか否かを決定する)」の2つの役割を、40μW未満という非常に少ない消費電力で実現することを狙ったチップとなっている。

 ではAspinityはなぜアナログコンピューターを目指したか? という理由が下の画像だ。要するにある程度以上データ量が増えてくると、処理方式としてはデジタルの方が有利になる。逆に言えば、データ量が少ない場合は圧倒的にアナログ処理の方が有利になる。それにもかかわらず、大局的な流れで言えばアナログからデジタルへの移行が明確である。

どこが境目、つまりグラフで言うデジタルとアナログの交点になるか、というのは当然状況によって変わるので一概には言いにくい

 理由はやはり上の画像にあるように汎用性や再現性の高さ、あるいは実装の容易性によるところが大きい。アナログがデジタルに置き換えられつつあるのは、十分な時間をかけて作り込めばアナログの方が高効率な回路を実現できるが、アナログで簡単にパパっと組んだ程度ではいろいろ問題が出ることが多く、それで問題ないというケースは普通ない。

 ところがデジタルではそういったケースでもそこそこカバーできてしまうわけで、端的に言えば技術力のないエンジニアでもそこそこ使えるものが用意できるというのは、昨今のアナログに詳しいエンジニアが不足気味の業界にとっては福音以外の何物でもない。

 ただ逆に言えば、このあたりをなんとかすればアナログベースでデジタルの同等回路よりずっと優れた結果を出せることになる。これに向けてAspinityが開発したのがRAMP(Reconfigurable Analog Modular Processor)である。

 このRAMPの詳細はいまだもって説明されていないのだが、説明を読む限りにおいてはFloating GateベースのNANDフラッシュメモリーを利用してアナログ回路と同等のことが可能で、これを組み合わせるとさらに複雑なことができるとしている。

「アナログ回路と同等」といっても、たとえばNANDフラッシュのセルで抵抗やコンデンサーのシミュレーションをするなどという話ではなく、NANDフラッシュのセルを組み合わせてフィルター回路や包絡線検波(Envelope Detector)など、既存のアナログ回路と同等の動きをさせるものと考えた方が良いようだ

 連載591回のMythicは、NANDフラッシュのセルを可変抵抗として扱う仕組みでCR回路を構築していたが、RAMPはもう少しFPGAのセル的な意味合いが強いように思える。RAMPそのものは、2016年に最初の試作チップが完成しており、これを利用して同社のアイディアの実現可能性はすでに確認されていたそうだ。

この時はまだAIは使わずに、複雑なフィルター回路などをRAMPで簡単に実装できる、ということをデモしていた

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