遠藤諭のプログラミング+日記 第139回
ブロックdeガジェット by 遠藤諭 043/難易度★★★
アップルの屋台骨を築いた「Apple II」はこんなマシンだった
2022年04月25日 09時00分更新
ハヤカワのポケットミステリに入っている『カリフォルニア・ロール』(ロジャー・L・サイモン著、木村二郎訳)は、秋葉原の出てくる小説だ。
中年の私立探偵、ニセのプログラマの日系美女、謎の中国人、そして、ソ連の諜報部員などが出てくる小説。この中で、秋葉原は思いのほか正確に取材されているのだが、物語でカギとなる謎の中国人のお店は、わざと場所を変えて書かれている。小説では、総武線のガードわきのラジオデパートのあたりに読めるのだが、実際のそれは中央通りと山手線をはさんで反対側だったと思われる。
当時、ソフトウェアの違法コピーで新聞にのるニュースにもなった「M氏」の名前を、翻訳+語呂合わせすると、小説にでてくる通りの名前になっているからだ。M氏のお店に入ると、まず足元に無造作に置かれた自動上皿秤に蹴つまずきそうになる。これで何を測るのかというと海外のパソコン雑誌である。1冊1冊の価格の合計ではなく、その重さで量り売りされていたのだ。同じようにソフトも、フロッピーの数で1枚いくらの100円ショップ的しくみになっていた。
NHKの英会話講座のような寸劇が繰り広げられることもあった。「あんたのところで買った冷却ファンが動かないよ」「そんなことはない動くはずだよ」「それじゃここで動かしてみてもらおうか……」。ここは一体どこなんだ、台北の中華商場なのか? それとも香港の高登電脳中心なのか? M氏のお店でいちばん人気があったのは、国内ではユーザーの少なかったIBM PC用のソフトウェアだったが(いちばん人気はXENIXというマイクロソフト製のUNIX)、8ビット用のソフトもたくさん置かれていた。
M氏は、ソフトウェアの違法コピーと販売で国外退去とあいなったわけだが、ここで言いたいのはそんな謎の中国人も登場する小説のほうの話である。そして、私が、この小説を読んだときにいちばん驚いたし、過去読んだあらゆるパソコンめぐる言説の中でもいちばん好きな文章が出てくる。作者によって語られる、次のようなくだりだ。
「チューリップⅠとⅡはデスクの上にのる小粋な代物で、たとえ、誰もそいつの操作方法を知らなくて、書斎に箱ごと放っておかれたり、ほとんど使われなくても、アメリカに革命をもたらしたのだ」(木村二郎訳、早川書房刊)
このチューリップIとか、IIというのは、どうしてもアップルのことを連想させる。より具体的には、1977年にアップルが発売して同社の屋台骨を築くことになった「Apple II」以外にないだろう。そして、この文章で教えられるのは、パーソナルコンピューティングの本当の意味は、この小さな機械で「自分でもなにか新しいことができると思う」ことだということだ。
当時の販売価格は995ドル(現在の貨幣価値で約4700ドル)なので、誰にだって少しがんばればコンピューターを買うことができる。するとふだんの表情も変わり、脳みそが活性化して生活も考えも前向きになれる。少なくとも新しいことにチャレンジする勇気を持つことができる。そんなことが、いきなり可能になったときのことを想像してみてほしい。
それまで、マイコンといえば基板で提供されるキットやなにかの装置のような金属を折り曲げたケースのものがほとんどだった。それに対して、Apple IIは、美しいプラスチック製のケースに入っているだけでなく、カラーのビデオ表示を前提としていた。それまで、大学や企業の研究室や計算センターにお世話にならなければ使えなかったコンピューターが、小規模ながら自宅にいながらにして使える。
しかし、しばらくして私を驚かせたのはApple II用に発売されたソフトウェアが日本にもどんどん入ってきたときだ。当時、私は、プログラマとして仕事をしていたが自分の会社で売っている大型コンピューター用のデータベース言語パッケージは磁気テープ1本に入るもので1500万円。それに対して、個人がお小遣いで買えるお金で、ゲームやプログラミングはもちろんのこと、音楽やお絵描き、アニメーション、表計算などビジネスソフトやパソ通のホストすら手に入る。
ちょうど、私がアスキーに入る頃なのだが、角川書店から『アップルソフトウェア総覧 最新版』なる分厚いカタログ本が刊行されて、ソフトウェアにコンテンツ的な価値を見ているんだなと思った記憶がある。個人的には、ゲームやツール類よりも『Robot Odyssey』や『Little Computer People』(私が買ったのはModeern Computer Peopleという雑誌風のパッケージでソフトは正確には「Little Computer People Project HOUSE-ON-A-DISK RESEARCH SOFTWARE」だったが)など、いま見ても新しいパソコンソフトでしかありえないタイトルに興味があった。
1977年には、アップル以外からもタンディからTRS-80、コモドールからPET2001が発売。初期の米国の家庭用ゲーム機の代名詞的存在のATARI 2600もこの年の発売だった。日本では、前年の1976年にNECからTK-80が発売された、まさにマイコン黎明期にあたる。株式会社アスキーの創業も1977年となっている。そうした中で、それが現在へと営々とつながっているという点において、マイコン革命を象徴するコンピューターがApple IIであるのは間違いない。
私が、歴史的なコンピューターを作っていくブロックdeガジェット。今回は、絶対にはずせないApple IIを作った。以下、残念ながら手元にあるのはApple IIeなので現物はApple IIではないのだが(ほぼ同じ筐体ではあるが)、ご覧あれ。
■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://youtu.be/6lvs017tDqw
■再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB
■ 「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
Twitter:@hortense667この連載の記事
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