このページの本文へ

医療現場で使われている事故防止AIの適用範囲を拡大した「WordSonar for AccidentView」

建設/製造現場の作業日誌などから事故リスクをAI予測、FRONTEO新製品

2022年02月24日 07時00分更新

文● 指田昌夫 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 AI開発企業のFRONTEOは2022年2月17日、建設/製造現場の安全対策に役立つAIシステム「WordSonar for AccidentView」(以下、WordSonar)を発表した。現場の作業日誌など、既存の社内文書をAIで分析し、現場事故の危険要因や発生リスクを予測可能にする。

建設/製造現場における労働災害リスク発見や事故予測を行うAIシステム「WordSonar for AccidentView」を発表

FRONTEO 取締役の山本麻里氏、同社 執行役員 ライフサイエンスAI CTO 兼 ニューロ言語科学研究所 所長の豊柴博義氏

言語系AIエンジン「Kibit」「Concept Encoder」で実績

 FRONTEO 取締役の山本麻里氏は、WordSonar開発の背景について説明した。

 FRONTEOは2003年、企業の法務部門向けのリーガルテックAI事業(eディスカバリ、フォレンジック)から事業をスタートし、2012年にAIエンジン「Kibit」を製品化した。2014年から医療分野、ビジネスインテリジェンス分野のAIソリューション開発を本格化させ、2018年にAIエンジン「Concept Encoder」をリリースしている。

FRONTEOは言語系AI技術を活用したソリューションを展開してきた

 山本氏は、KibitとConcept Encoderはいずれも言葉(テキスト)を解析することを得意とするAIエンジンだと説明する。

 KibitはリーガルテックAI事業で実績を挙げている。たとえば、米国司法省の証拠開示制度、特許、独禁法の調査に用いられており、膨大なメールやドキュメントから不正取引の証拠を発見する作業を高度化している。Kibitを使って発見し、採用された証拠点数は1万300件以上におよぶという。

 一方のConcept Encoderは、医学論文や医療情報の解析に使われている。「メール、カルテ、医療記録など、構造化しにくいテキスト情報を解析し、健康、安全にかかわるデータを抽出している」(山本氏)。

 医療現場におけるAIを使った事故防止というと、一般的には画像を検知して危険を予知する仕組みが多い。ただし「医療現場の人に話を聞くと、センサーが反応して看護師が病室に駆けつけても事故に間に合わず有効な対策が打てない、もっと前の段階で備えることができないかという声が多かった」(山本氏)。そうした声に応えるソリューションとして、Concept Encoderを位置づけている。

Concept Encoderはこれまでライフサイエンス領域で活用されてきた

独自開発の分散表現型AIエンジン

 言語系AIを機能で分類すると、大きく「辞書型/シナリオ型」「分散表現型」という2つのタイプに分かれる。同社のAIでは分散表現型を採用する。

「辞書型は、パターン、ルールが決まっているものを解析するのが得意。それに対して分散表現型は、言葉をベクトルに変えながら分類していくことで、複雑な組み合わせによって判定するところが違う」(山本氏)

 分散表現型では、読み込んだ言葉を多次元空間にプロットしていき、言葉と言葉の“つながり”を分類/判定して予測につなげる。例えば、医師が電子カルテにがんの所見を記載するとき、「がん」「オンコロジー」「腫瘍」などさまざまな書き方がある。こうした、書き手によって複雑に変化する表現を解析し、類似性に基づいて類似する文章をまとめることができる。

 この処理を一般的な方法で行おうとすると、スーパーコンピューター並みの計算能力が必要になる。しかしConcept Encoderでは、言語のつながりを近似式にしてデータを圧縮して、必要な計算を最小化している。これが同社独自の技術だと山本氏は語る。「病院内に導入しているConcept Encoderは、すべて病院内のPCで言語解析と予測を行っている。それぐらい処理を軽くできる」(山本氏)。

 もう1つの特徴は、文章の分析にキーワードとの類似性を用いていない点である。「例えば2つの文章にまったく同じ単語が含まれていなくても、近い意味の言葉だと理解することができる」(山本氏)。

Concept Encoderにおける処理の概要

 Concept Encoderは、すでに医療現場では多くの実績を挙げている。認知症の予測予知に関しては2019年に治験が終了し、2021年から臨床試験に入っている。これが成功すれば、世界初の「言語系認知症診断機器」に認定される。また転倒転落予測プログラムについても、大手製薬企業や病院で活用が進んでいる。

 こうした言語系AIの技術をベースに、建設/製造現場での労働災害リスク発見と事故予測に利用するために最適化したサービスが、今回発表したWordSonarである。山本氏は、建設/製造現場では現場作業の膨大な記録が蓄積されており、ここから危険予知につながる情報を抽出することは、前述した「医療現場の取り組みと非常に近い」と説明する。

 「建設現場では『KY(危険予知)活動』が行われているが、逆に事故は増えている実態がある。医療現場で実績を積んだ技術をベースに、建設や製造現場での事故を少しでも減らすことができれば、社会的な意義は大きいと考えている」(山本氏)

 これまでの安全対策は、ほとんどが過去の事故例を可視化、分析する取り組みにとどまっている。FRONTEOのWordSonarは、AIを活用してこれを未来の予測にまで拡大しようとするのが大きな特徴だという。

医療現場と似た転倒/転落/墜落事故が、建設や製造の現場ではより多く発生している。事故を防ぐ「KY活動」の中でWordSonarが活用できる

日々変化するリスクに合わせた事故予測をタイムリーに提供

 続いて、FRONTEOの技術面をリードする執行役員 ライフサイエンスAI CTO 兼 ニューロ言語科学研究所 所長の豊柴博義氏が、WordSonarの具体的な特徴を説明した。

 数学者であり、Concept Encoderの開発者である豊柴氏は、まずWordSonarの原型となった、病院で利用されている転倒転落予測システム「Coroban(コロバン)」を紹介した。これは、看護記録を取り込んでAIで分析することで、転倒などの危険が高まっている患者を個別に、7日前に予測できるシステムである。「日々変化する転倒リスクをスコア化して、ある閾値を超えるとリスクが高まっていることを現場に通知して、事故を未然に防ぐ仕組み」(豊柴氏)。2020年には転倒予防学会からの推奨も受けている。

 単にスコア化するだけでなく、なぜリスクが高まっているのかをレーダーチャートに表示することもできる。患者の意識や言葉、薬剤の変化など、転倒にかかわる9つの指標についてAIが分類し、何が影響しているのかを可視化する。こうすることで、看護師は患者に対して具体的に何にケアすればいいのかがわかるという。

医療機関向け転倒転落予測システム「Coroban(コロバン)」の概要

 看護師が患者に対してつけるアセスメントシートと比べても、Corobanの判定は高い結果が出ている。また大手病院の事例では、Corobanの導入前と比べて患者からの転倒通知を約59%に抑えて、特に注意すべき対象を減らすことができている。

 「転倒を防ぐための対策を施した患者の率が、システム導入前は13.5%だったが、導入後は約半分の6.5%に減っている。また実際の転倒発生率も3.2パーミルから2.1パーミルに減り、予後の経過が非常に悪くなる骨折をともなう転倒事故は、0.05パーミルからゼロになった」(豊柴氏)

リスクの関連性をマップに表示

 こうした看護現場での実績を基に開発されたのが、WordSonarである。豊柴氏は、実際のWordSonarの画面の一部をデモで示した。

 本システムの特徴は、予測結果を数値やリストではなく「視覚化されたマップ上の点」として示すことである。例えば「雨の中でのクレーン作業」とテキストを入れて検索すると、マップ上にその作業の位置する場所がプロットされ、関連する情報が周辺にハイライトされる。

 「その日に行う作業がマップ上のどの位置にあるかを表示して、リスクの程度や類似の作業内容を近くに表示する。点をクリックすれば作業内容が確認できる」(豊柴氏)

 看護現場のリスクと同様に、検索したワードに対して建設作業現場ではどのようなリスクがあるかについても、レーダーチャートで表示することができる。リスクの項目によって過去の関連する記録をチェックすると、その内容を学習した予測モデルを作ることができる。「このAIの結果を教師データとして、さらに学習させていくことができる」(豊柴氏)

画面例。テキストでその日の天候や作業内容を入力するとマップ上にプロットされ、リスク度や関連度の高い情報(過去の事故事例など)がわかる。また、具体的なリスクの種類をレーダーチャート表示することも可能

 ユーザーが懸念する事故への対策についても、AIがアドバイスしてくれる。「たとえば転倒の対策では『足下の水気を取り除く』『整理整頓する』『手順を確認する』といったアドバイスが得られるため、事故を未然に防ぐ助けになる」(豊柴氏)

 こうした特徴があるWordSonarを活用することで、安全管理責任者は、建設する建物が工場なのか病院なのかなど、種類によって事故のリスクがどう変わるのかを知ることができる。また現場責任者は、建設現場ごとにリスクを可視化することが可能になる。

 さらに、実際に現場で作業を行う工事担当者には、スマートフォンアプリを使って、AIが予測する作業時のリスクを短い文章で伝え、注意喚起することができるという。

WordSonarを組み込んだアプリケーションイメージ。全体を俯瞰する安全管理責任者向け、具体的なアドバイスを必要とする現場担当者向けなど、さまざまな情報提示の仕方が考えられる

 WordSonarに登録するデータは、建設現場の用途や面積、工期などの基本的なデータ、過去の災害データ、日々の作業日報などのデータ、そして「ヒヤリハット事例」などを想定している。それらに加えて、気象や季節性のデータ、地域のデータなども加味してAIが文字情報のマップを作成する。

 豊柴氏は、「WordSonarは、法律や医療現場で積み上げたAIのノウハウを、建設や製造の現場に投入する製品。単なるテキスト検索では発見できないリスクを見つけ出し、未来を予測して現場にアドバイスができるところが強みだ」と語った。

他社ソリューションとWordSonarの違い

■関連サイト

カテゴリートップへ

ピックアップ