生物多様性の保全をビジネスとして成立させたバイオーム
アプリ開発のためにゼロから勉強
──アプリ開発で苦労された点について教えてください。
バ:山ほどあります。創業は2人で始めましたが、そもそも2人とも生態学の研究者で、アプリを作れるエンジニアがいなかったんです。なので、アプリ制作入門みたいな本を読んで勉強するところから始める必要があって、ものすごく苦労したことをおぼえています。
また、生き物は種類がとても多いので、基礎的なデータベース整備も大変でした。今は9万3000種類に対応していますが、そこまでにするのは苦労しました。
──学習に使う教師データを用意するだけでも大変そうです。
バ:おっしゃる通り、教師画像がないと最初は学習できません。もちろん画像の収集はしていましたが、教師画像が少なくても済むようにできないかということをずっと考えていました。そこで名前判定AIは「画像情報、見た目の情報にあまり依存させない」というところにこだわって、メタ情報、位置や撮影日時といった情報を学ばせているんです。その場所、その時期にいる生き物って結構絞られるんですよ。たとえばチョウなら世界には約2万種いますが、京都の鴨川で4月に撮影できるチョウは5種類ぐらいしかいない。なら5種類のデータセットがあれば判定できるだろう。厳密に説明すると複雑なのですが、概念としてはそういう考え方を取り入れています。
──そのあたりは生態や分類の知見が活かされてるのですね。エンジニアだけだと馬力で画像を集めそうですが、賢い方法です。
バ:生態学的ニッチと言われる生き物の棲み分けの概念を取り入れて、画像が少なくてもちゃんと学習して結果が出るような形を作っているんです。そういう情報を入れることで精度も上がっていきます。そこが工夫したポイントかなと思います。
──「これですか」と、上位からパーセンテージで表示して選ばせるのもいいと思いました。
バ:それも学習させていますね。今では投稿が増えるほど精度が上がる仕組みになっています。
──自治体やJRなどと組んで、イベント的なクエストをやっているのも面白いですね。
バ:産官学民をつなぐプラットホームになろう、ということをずっと考えていたので、企業の取り組みをアプリを使って支援するイベントをしたり、地域住民の方と一緒にデータを集めて行政に提供するといったことをしています。イベントは今までに100件以上はやりました。
──アプリはとてもよくできていると思いますが、無料のアプリで課金要素はないですよね。マネタイズはどうなっているのですか?
バ:先ほど話題に出た企業との連携などで料金をいただいています。最近は環境省などの行政、自治体との連携も多いですね。
──それでやっていけるんですか?
バ:そうですね。今期は黒字になりそうで、なんとか回っています。
──生物多様性の保全をミッションとする企業の競合って、ほとんどいないんじゃないかと思うのですが。
バ:ほとんどありません。うちががんばらなきゃと思っています。
──イノラボも、バイオームの取り組みには注目されていたのですか?
イ:イノラボでは「人工生命」と呼ばれる技術に注目し、一般社団法人ALife Lab.と共に「集団の形成メカニズムの分析と介入法を実証する研究プロジェクト」の開始し、その一環として、その場の音環境に適応し、自然なサウンドスケープを構築する「サウンドスケープ生成装置」を開発しました。都市環境には生物は少ないですが、自然環境が豊かな場所では様々な動物たちが生息していて、同じ種同士は鳴き声を使ってコミュニケーションを成立させています。そこで音のニッチを獲得するように生物が進化していくことで、色々な周波数帯が埋められ、豊かな音環境を作っていくはずだろうということで、それを人工的に再現してみたことがあったんです(関連記事)。実験的にプロトタイプを作り、理解を深めながら研究を進めていく中で、逆に音を観測することで生物多様性を定量化できるのではないかと考えました。そういう視点で考えると、自然界で生息する生物たちはすみかとなる森の木々や茂みに隠れて生活していることが多いため、目視ではとらえられない情報をとらえることができると考えています。
実際に、街づくりを担当される方と話をさせていただいた際に、池の水辺の草むらを整備する際、野鳥の鳴き声から巣作りを進めていることに気づいて、そのままにしておくことがある、との事例を聞かせていただいた事があります。生物多様性を音から定量化する研究を進める中で、どういう形で世の中に実装していくかを考えていた時、バイオームさんを知り、そこからお話させていただくようになったんです。