センサー×AIで新たな診断基準を!膝への負荷を可視化する医療デバイス
慶應義塾大学医学部発ヘルスケアスタートアップのiMU株式会社
iMU株式会社は、加速度センサーを用いた膝関節症の治療支援ツールを開発する慶應義塾大学医学部発ヘルスケアスタートアップ。膝に装着して数歩歩くだけで、膝関節への負荷を計測し、治療方針の計画に役立てられる。開発の経緯やデバイスの仕組みについて、代表取締役CEOの名倉 武雄氏と取締役COOの﨑地 康文氏に話を伺った。
歩行時にかかる膝への負荷を計測し、治療を支援
ひざの痛みに悩んでいる高齢者は多い。これは変形性膝関節症という疾患で加齢によって膝関節の軟骨がすり減ることによって起こる。初期は階段の昇り降りや正座をするときの痛みから始まり、症状が進むと歩くのも困難になる。治療方法には、症状の進行度によって、運動療法や内服薬、ヒアルロン酸注射、再生医療、骨切術、人工関節置換術などがあり、手術を避けるには早い段階で適切な治療を受けたい。
しかし、進行のスピードには個人差があり、初診となるレントゲン検査だけでは治療戦略を立てるのは難しく、決定的な治療方法がもたらされていない。「初診では専門医でもわからない。すり減る人とそうでない人がいるという結果のみだった」と整形外科医でもあるiMU代表の名倉氏は語る。
そのような現状、膝疾患における指標として有力視されているのがKAM(knee adduction moment:膝内反モーメント)だ。KAMは歩行時にかかる膝関節への負荷の指標で、この指標が大きいと経年によって変形性関節症が進むと言われている。
整形外科医の名倉氏は1999年にスタンフォード大学へ留学、KAMの考案者であるAndriacchi博士のもとで学び、歩行解析を用いた膝関節評価方法の研究に取り組んできた。
KAMが有用なマーカーになることはわかっていたが、従来のKAMは、モーションキャプチャーで計測しており、赤外線2台と床反力計といった設備に2000万円ほどかかる。計測するための専用スペースやスタッフも必要。また、床反力計の上を30分程度歩行しなければならず、ひざに痛みを抱える患者には負担が大きかった。
加速度センサーとAIの掛け合わせで負荷を計測
このような効果的な指標が、その考案から20年たってようやく普及の道を進んでいる。KAMを手軽に計測する方法として、名倉氏が所属する慶應義塾大学整形外科バイオメカニクス研究室に所属する岩間 友氏と原藤 健吾氏が着目したのが加速度センサーとAIの掛け合わせだ。
6軸加速度センサーを膝にサポーターで取り付けて5~10歩ほど歩き、計測データをBluetoothでタブレットやスマホに転送、独自のアルゴリズムによって計算処理を行なうAIを用いたアプリで膝関節への負荷を予測するという仕組みだ。
研究からスタートした試みだったが、その精度は高く、非常にシンプルな計測方法ながら、既存のKAMによる計測と相違ないレベルをすでに達成している。数歩歩くだけなので専用のスペースがいらず、小さなクリニックでも導入できる。医師にとっては治療の指標になり、測ることで治療の効果がデータで見えるため患者にとっても励みになるという。
計測方法から見ればシンプルなデータだと思えるが、同社以外に再現できなかったのは、基準となるKAMのデータをどれだけ持っているかにもよるという。名倉氏は、これまでの研究や治療で有する臨床の情報と、インプットできるKAMデータの両方が備わっていたことで、このような結果につながったと見ている。
レントゲンに相当する新しい診断基準を目指す
治療における重要指標をセンサーとAIで安価に再現した同社が目指すのは、膝関節症の治療における新たな診断基準だ。
膝関節症は、歩行時に膝がぶれる(スラスト)があることで悪化すると言われている。従来のKAMでは、膝が横にぶれたときに膝関節の内側の関節同士がぶつかる負荷の総量を測るが、加速度センサーを使えば、本来の動きである膝の横ぶれ自体を捉えられる。
シンプルであるからこそ、予防的な観点として日常生活で指標に入ることも難しくない。治療やリハビリでの数値の可視化としてもメリットが高い。さらに、この横ブレは筋トレ・中敷きなどの理学療法で軽減できる可能性もあるという。
現在はKAMとの相関性を見ているが、いずれは加速度センサーから得た膝の動きのデータから直接、予後推測することも視野に入れている。
目標は、レントゲン並みの診断基準として世界で導入されることだ。
「変形性膝関節症は、50年以上前に生み出されたレントゲンと触診によるアナログな診断基準が未だに主流ですが、診断基準というのは簡単でなければ採用されることはありません。将来は、血圧計や体重計のように必須なものとして、世界中のクリニックで使ってもらうことを目指しています」と名倉氏。
もちろんこのような指標には、強力なエビデンスが求められる。目下同社は、プロトタイプを用いてユーザービリティー調査を行いながら、症例数を積み上げているところだ。2020年9月には大手医療機器メーカーのジンマー・バイオメット合同会社と提携し、製品化へ向けて共同研究開発を進めている。
2022年にはクリニック向けに販売予定。将来的はフィットネス施設などを通じた一般向けへ展開していく計画だという。
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