当時の先端テクノロジーで18世紀の人々を驚かせたジャケ・ドロー
筆者がピエール・ジャケ・ドロー(Pierre Jaquet-Droz)の名前を初めて聞いたのは、工業高校に通っていた頃のことです。機械工学の授業で「ロボットやアンドロイドの原形を作った」と教わったのを記憶しています。
映画ファンなら、2011年に公開された映画『ヒューゴの不思議な発明』(マーティン・スコセッシ監督)に登場する「イラストを描く機械人形」を覚えていらっしゃるかもしれません。その機械人形のモデルとなった「ドロワー(イラストを描く機械人形)」を発明/製作したのがジャケ・ドローです。
ジャケ・ドローは1721年にスイスで生まれ、数多くの時計やオートマタを生み出しました。パリ、ロンドン、香港、ジュネーブに自らの工房で製作した時計やラ・セリネット(シンギングバード)のプロモーションのために、精巧な機械人形を製作したことが知られています。
なかでも、絵を描く「ドロワー」(部品数およそ2000)、オルガンを弾く「ミュージシャン」(部品数およそ2500)、プログラムされた文章を書く「ライター」(部品数およそ6000)は、18世紀のヨーロッパに限らず、世界中の人々を驚かせました。
Photo by Rama(CC BY-SA 2.0 fr)
Photo by Rama(CC BY-SA 2.0 fr)
それら機械人形の特筆すべきところは、内部のシリンダーを切り替えることで、数種類の絵を描いたり、違う曲を演奏したり、違う文章を書いたりする機能。プログラムされた記憶媒体から、(数種の絵や曲などを)出力する機能から、現代では「コンピューターの原形」と例える研究家もいます。
機械でありながら、絵を描く途中で、椅子を動かしたり、ペン先のゴミを飛ばすように息を吹きかける動きをしたりなど、ユーモラスで人間らしい動作は、18世紀の人々には魔法やマジックのように見えたかもしれません。まるで、ユーザーからの困った質問にジョークで答えるスマホと共通する「遊びの機能」といえるでしょう。
筆者が大好きな名言「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」(クラークの3原則の3つ目)の実例だと、勝手に思っています。
それらを重ね合わせると、テクノロジーとエンターテインメントのルーツは同じかもしれない。そんな気がしてくるから不思議です。
現代人もオートマタに驚くのか?
筆者の私事ですが、先日、ホテルショーでオートマタを使ったマジックを演じました。「ラ・セリネット」(シンギングバード)と呼ばれる、機械の鳥が観客の選んだトランプの名前や場所を当てるというトリックで、筆者としてはジャケドロー生誕300年を記念して披露しました。
2日で240人ほどの観客に来場いただいたのですが、やはり「人工的に作られた生命」が動いたり、鳴いたり、(観客のカードを当てるという)役割を果たすことに、時代を超えて、多くの人がマジック以上に強い感心をもっている……というのが筆者の印象です。
おそらく、このコラムの読者の中には「機械の鳥がカードを当てる!? タネはどうなってるの?」と、仕掛けを知りたい方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ぜひ、いつかお見せするチャンスがあることを願うばかりです。
動物愛護の視点から、最近はあまり見かけなくなった「ハンカチからハトが出現するマジック」や「シルクハットからウサギが登場するマジック」が長い間、人気だったのも、「無から命を生み出す」が、究極のマジックであり、科学であるからこそだと筆者は想像しています。
江戸末期の天才からくり人形師といわれた田中久重は「常に人を驚かすことを考えていた」という言葉を残しています。後に久重は、東芝の創業者のひとりになりますが、それは決して偶然ではない……。筆者は、そんなふうに想像しています。
それは、筆者が多くの人から、もっともよく受ける質問「なぜ、大学でAI(人工知能)を学んだのに、マジシャンをやってるの?」の答えでもあるのです。
前田知洋(まえだ ともひろ)
東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。
著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。
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