「特許はスタートアップが大企業と組んでやっていく武器になる」メンターが語るIPAS成果
「スタートアップ知財戦略最前線 その課題と対策」レポート
特許庁は2021年6月3日、スタートアップと支援者のイベント「J-Startup Hour」を開催。第92回「スタートアップ知財戦略最前線 その課題と対策 第2弾」をテーマに、東京都港区のCIC Tokyo「Venture Café Tokyo」からオンライン中継した。
前半では、特許庁の知財戦略構築支援プログラム「IPAS」の成果をまとめて5月に公開した事例集『IPASを通して見えた知財メンタリングの基礎』の概要を、5月20日に開催した第1弾イベントに続いて紹介。続く後半では、スタートアップとして支援を受けた後に支援側に回ったエレクトロニクス系ビジネスメンターと、IPASでメンタリング担当をした創薬系知財メンターとのパネルディスカッションを行った。以下、イベント内容を紹介する。
特許庁長官「事業と知財の両方のメンタリングはほかにはないと自負」
開催に先立ち、糟谷敏秀特許庁長官(イベント開催時)が、特許庁のスタートアップ支援策を説明した。特許庁は特許、意匠、商標の審査、審判だけでなく、登録された権利をよりよく活用して新たなイノベーションがもっと起きやすくする活動をしているとしたうえで、「革新的な技術やアイデアはイノベーションを起こす知的財産だが、日々やることが多いスタートアップは知財戦略を考える時間がない」との現状認識を示した。
このため特許庁は、知財の専門家とつながるポータルサイト「IP BASE」を運営している。知財の基礎情報やさまざまなケーススタディを掲載し、スタートアップや知財の専門家、ベンチャーキャピタリストが現在1200名以上登録する(登録無料)。
糟谷氏はさらに、特許庁の知財アクセラレーションプログラム「IPAS」を紹介。ビジネスや事業戦略の専門家と知財の専門家がチームで知財メンタリングを5ヵ月間行なうプログラムで、スタートアップが事業戦略に連動した知財戦略を構築するのを支援する。「事業戦略と知財戦略は車の両輪。この両方をメンタリングするプログラムはほかにはないと自負している」と強調した。
たとえば、センサー販売のスタートアップをメンタリングしたところ、センサーよりもセンサーで得られるデータ解析サービスに強みがあり利益が上がるという分析結果が得られ、センサーのハードだけではなくてソフトも特許出願したという事例がある。「メンタリングではまずスタートアップと一緒に現状を整理、分析してスタートアップ自身が気づいていない強みを引き出す」(糟谷氏)
4年目となる2021年度のIPASでは、支援する会社が15社から20社に増えた。糟谷氏は「特許庁は産業財産権を通じて知が育まれ、新しい価値が生まれる知財のエコシステムをつくっていく。スタートアップは特許庁の施策を活用して羽ばたいてほしい」と話した。
スタートアップがつまずく14の課題と対策を事例集で紹介
続いて鎌田哲生氏・総務部企画調査課課長補佐(ベンチャー支援班長)がスタートアップ施策を改めて詳細に説明した。
スタートアップにもVC(ベンチャーキャピタル)にも知財が分かる人がいないため、スタートアップに専門家を派遣するIPASを始めた。メンターを派遣するプログラムはほかにもあるが、知財担当とビジネス担当を2人1組で5ヵ月間派遣し、企業の成長を加速する。
過去3年間で40社を支援し、支援企業が出願した特許件数は154件。半数の企業の22社が資金調達に成功し、EXIT(上場やM&Aなどの株式売却)した会社が1社ある。共通の課題やつまずくところを14の課題にまとめたのが事例集「知財戦略支援から見えた スタートアップがつまずく14の課題とその対応策」で、ポータルサイトのIP BASEで公開している。
また、2020年度の成果をまとめた「IPASを通して見えた知財メンタリングの基礎」では、ロボット系スタートアップがどのようなメンタリングを受けるかをストーリー仕立てで紹介しており、こちらもIP BASEで公開している。IP BASEに登録すると、メールマガジンで会員限定コラムが見られ、会員限定の勉強会が紹介されるそうだ。
「特許のお化粧」してからVCや共同事業会社に行くべき
パネルディスカッションは、IPASの支援とスタートアップが成長するカギについて、IPASでビジネスメンターの伊藤陽介氏と、知財メンターの大門良仁氏が登壇。モデレーターは沖田孝裕氏・特許庁総務部企画調査課の知的財産活用企画調整官が務めた。
伊藤氏はIPAS2020のビジネスメンター。2012年から株式会社ジャパンディスプレイの経営企画部で戦略立案・実行、組織再編、M&A(合併・買収)、上場業務を経験。17年から東京大学発の半導体スタートアップ、パイクリスタル株式会社の代表取締役として事業開発・資金調達を担当。同社は19年度のIPAS支援に採択された。株式会社ダイセルによるパイクリスタルのM&Aに貢献して20年3月に退任し、株式会社伊藤陽介事務所を創業して代表取締役に。研究開発型スタートアップのビジネス支援を行っている。
大門氏はIPAS2018と2020で知財メンター。製薬大手のアステラス製薬株式会社で知財業務に従事し、米国赴任後はM&Aとアライアンスを担当し知財訴訟に関わる。近年はライフサイエンス系スタートアップの創業支援家として活動中。自らも複数のスタートアップの取締役として共同創業、経営参画する。特許庁主催の「医薬バイオ創業期ワーキンググループ」のWG長、東北大学オープンイノベーション(OI)戦略機構特任教授。メディップコンサルティング合同会社(弁理士で法務博士)。(以下、文中敬称略)
沖田:スタートアップは人や資金が限られる中で優先順位をつけて活動する。伊藤さんはIPASで支援を受ける側を経験されたが、スタートアップにはどんな課題がありますか。
伊藤:「スタートアップは特許戦略を考えていない」と糟谷長官が指摘されましたが、私の経験した会社もそうでした。特許は重要でも時間を使っているかといえば二の次。特許になるアイデアが出て弁理士に相談はするけれど1回ごとの案件ベースです。包括的にどんな特許ポートフォリオ(構成)を組めばいいか、売れる知財にするにはどうすればいいかを考える時間もスタッフもいないので、後手後手でした。
沖田:大門さんはメンターの立場と、スタートアップの取締役でもありますよね。スタートアップは具体的にどんなことに困っていますか。
大門:発明が出ても仕事が落ち着いてから特許事務所に相談に行くのが多くのスタートアップの現状でしょう。場当たり的な特許ポートフォリオの構築になっていて、VC(ベンチャーキャピタル)の期待や、共同開発する企業側のニーズに合っていないところで(問題が)顕在化しています。創業時から自分たちの知財戦略を考えておかなくてはいけないと思います。
私が関わる創薬分野のスタートアップは資金調達で苦しんでいます。「技術はピカピカ、先生も素晴らしいし社長の経歴もいい。けれど知財戦略がね……」と断られる。1~2億円の資金調達では(新薬の)臨床試験に入れないし、5億円となると投資家も「知財が守られてないとすぐ真似されて投資回収できない」と考える。私は「『特許のお化粧』をきちんとしてからVCや共同研究する事業会社に行こう」と言っています。
沖田:「特許のお化粧」とは具体的にどのようなことですか。
大門:技術はピカピカでも、その技術をビジネスに昇華すること、効果的に特許を散りばめることが大切。2つ3つの「製法特許」では限界があり、(侵害をされた)相手の工場に入って「特許侵害だ」と立証しにくいんです。「製法特許だけでは知財戦略が弱い」とVCから言われるケースが多々あります。モノは既知でも使い方が新しい(新規用途)の「特許のお化粧」をすると、製品がより魅力的になってVCからいい評価をもらえる。
大企業との協業や会社ごと買い取ってもらうには特許が必要
沖田:スタートアップが知財戦略を作っておく意義は何でしょうか。
伊藤:研究開発型のベンチャーは1社ですべてのことはできないので、大企業と組んだりパートナーを得たりするときに特許戦略が役に立ちます。「一緒にやらせてください」と大企業に行くと、「どんな特許を持っていて技術の強みは何か」と必ず開示を求められる。しかし、特許になっていないのに相手に全部伝えるとまねされるので開示できず、話も進みません。「特許として守られているものがわれわれにある」と言えることが、小さなスタートアップが大企業と組んでやっていく武器になると考えます。
私の前の会社では、材料の技術と、モノを作るプロセスと、装置の技術があり、それが評価されて最終的にM&Aにつながった。ちゃんとした技術と特許があることで相手から信頼を引き出し、「いい会社だ」と思ってもらえるんです。また、社員のモチベーションでも重要です。自分の発明や開発がカタチになるとすごくうれしい。特許になったということは世界で初めてのこと。評価されることは従業員のモチベーションにつながると思います。
大門:スタートアップ側に「この特許は素晴らしい」という説明責任がありますが、ただ「3件出願しています」ではどの程度いいのか悪いのかが分からない。製法特許だけではなく、新規用途特許もあわせて頂上的に広めの特許・権利を取ると、自分たちの製品を模倣から守ることができるのが知財戦略のいいところです。最初の資金調達のハードルをぐっと引き下げることにつながる。
スタートアップに知財が効いてくるシーンは大企業との締結です。あるいは会社ごと買い取ってもらうことも。創薬分野では(新薬の)製品の上梓まで10年かかり、常に特許の残存期間が「あと5年しかない」とドキドキしながらビジネスを進めている。(特許を)二の矢、三の矢と段階的に出すと特許満了日が後ろになり、投資回収に十分な販売期間が確保できるので、製薬企業に「製品を特許ごと買ってください」と提案できます。
IPASでは事業戦略を意識した知財戦略をメンタリング
沖田:IPASでメンターを受ける側と、メンタリングした側で印象に残っているものはありますか。
伊藤:2019年夏からIPASに参加し、ベンチャーキャピタルの方がビジネスメンターで、知財面のメンターが弁理士・弁護士の方でした。「知財を全部出してください。関係する契約書も全部」と最初に言われて一通り見てもらうと、リスクのある契約を他社と結んでいて、社内的にも知財関係の規約に問題があると指摘されたんです。自分たちが全然意識していなかったところを洗い出してもらい、ありがたい経験でした。
また、IPASが終わるタイミングで私の前の会社でM&Aが起きた。IPASで先んじて問題点を指摘されていたので、M&A交渉では先回りして解決に十分な時間があった。経営者は知財のプロではないので、どこが問題なのかすら分からない。IPASで体系的に指摘されたことは特に印象に残っています。
大門:知財だけなくて契約もチェックしてもらえるのはIPASのとてもいいところだと思います。監査法人や証券会社のチェックもありますが、バックグラウンドはファイナンスやコーポレートガバナンスに重きがある。知財の奥深い問題点はIPASメンターのほうが指摘しやすい。知財の潜在リスクを洗い出す場は世の中になかなかないですね。
私は7回、IPASで知財メンタリングをしました。メンタリングの前半では、ビジネスメンターの投資家が「資金調達では他社製品と何が違うかを明確に」と求めました。ターゲット・プロダクト・プロファイル(目標とする製品性能、創薬で言われるTPP)でこんな製品を目指し、従来と違うこんな効果が出ると洗い出し、大学発のシーズをどう製品に仕上げるのか、技術シーズからビジネスに昇華させるプロセスをやっていただいた。
この後の私の知財メンターはとても楽でしたね。製品のTPPができてしまえば後は重要な知財を切り分け、どのタイミングで出願するかポートフォリオになる。(特許の)優先期間が10年以上保つ「特許のお化粧」を各製品パイプライン(新薬候補)に施しました。知財戦略とR&D(研究開発)戦略、事業戦略が三位一体となった状態にIPAS期間中にできたと思います。
経営者が気づかない知財の問題を先回りして指摘するIPAS
沖田:メンタリングではどういったところに注意して進めましたか。
伊藤:経営者が気づかないところをいかに指摘できるかがすごく重要で、IPASでは今まで接点がなかった専門家と話せることに意義がある。自分の会社のビジネスや知財上の問題点を応募書類に書くが、実際には書いてない部分が問題で、そのつまずきそうなところを先回りする。経営者が気づかないところほどIPASなら指摘できるんです。
大門:特許事務所の通常業務にないことを意識しました。特許事務所に出願相談に行くと「新規性と進歩性はここ。こんなデータが必要」と出願ありきで話が進む。しかしその前にやるべきことは、その前後にどんな出願を考えているのか、です。研究タイムラインがあれば「この発明はこれと一緒に出願」などと最初に知財戦略の青写真を描く。事業戦略と照らし合わせてどんな特許を取得すべきかをIPAS期間中にメンタリングで洗い出しました。
伊藤:IPASの期間の時間的制約の中で、ちゃんとしないといけないところを網羅的に見てもらえる。普段なら投資家に細かく相談できない部分をさらけ出し、契約書を全部レビューしてもらいました。腹を割って話せる方々にお世話になりましたね。
大門:そこがほかのスタートアップ支援プログラムと違うところで、IPASはIP(知財)に特化しているんです。ほかの支援プラグラムにも携わりますが、いいピッチ資料でも知財は1枚ぐらいで時間をかけない。しかしIPASでは資金調達や事業会社との提携につながる深い知財戦略が期待されており、知財メンターが肉付けしていく形になっています。
特許構築のステップをつくり資金調達にめど
沖田:IPASのメンタリングの前と後でスタートアップにどんな変化がありましたか。
伊藤:自分がメンタリングしたロボット技術の会社では、競合会社の特許調査をしました。特許を踏んでは困るし、これから開発したものが丸被りでも困ると不安だったが、侵害する特許はないと確認できた。今後、どんな特許を出していくかのアイデア出しを一緒にやって、5件出し、IPAS期間中に1件出願しました。残り4件はもう少ししてから出すと特許構築のステップや道筋が作れました。
大門:スタートアップの研究者と社長の2人では感じ方が違いますね。研究者サイドは長年積み上げ苦労して開発した製品を発表したいが、発表するとまねされるのが怖い。IPASで「複数(の特許)で守る」と特許イメージを渡すと安心感につながります。スタートアップの研究者は創業者であることが多いので、創業者の支援が大事です。
ビジネスサイドでは資金調達や事業会社との提携に貢献します。IPASで担当した企業の知財戦略を作って実際にビジネスが好転し、その後経営に参画しました。実際に中に入ってみると資金調達が止まっていたので、社長と一緒に資金調達に回りました。知財戦略が弱いと指摘されたところから「これならいいね」と話が進んだので、年内の資金調達にめどをつけたいですね。私としてはうまくいく気しかしないです(笑)。そのぐらい自信を持って半年間IPASでやらせていただいたと思います。
IPASは「知財戦略とは何か」を具体的に感じてもらう場所
沖田:スタートアップが成長するカギと、そのためのIPASの意義はなんでしょうか。
伊藤:同じような事業領域の大企業がひしめくなかで、研究開発型のスタートアップは「柔よく剛を制す」ように頭を使って闘い、特許や知財を持っているかがカギになる。失敗すれば成長の可能性すら投げてしまう。事業展開する前に知財を整理するのは重要だ。IPASはスタートアップがどこかで通らなくてはいけないプロセスをやるいい機会になる。
大門:大学の先生や研究者が素晴らしい発明や発見をして、その価値が分からずに「こんな技術持っています」と話してしまう。しかし公知になるとその後にどんなに腕のいい弁護士や弁理士が特許化しようとしてもノーチャンスです。投資家は「知財戦略は後戻りできない」と言い、多くのスタートアップが知財戦略のダメ出しを外部から受けているのが実情。IPASは期間中に資金調達やEXITに寄与する知財戦略とは何かを具体的に感じてもらう本当にいい場所だと思います。
沖田:最後にスタートアップにメッセージを。
伊藤:IPASに申し込むべきかどうかの判断ですが、IPASの事例集「スタートアップがつまずく14の課題とその対応策」で14のうち半分以上当てはまる場合は申し込んだほうがいいと思います。私は2回申し込んで1回目は落とされた。落とされても何回も申し込めるので、自分の会社に必要だと思う方はぜひ申し込んでください。
大門:IPAS応募は課題を見つめ直すいい機会。「主力製品を保護する知財の独占排他性が低いとVCに言われた」と言ってくれれば、知財と照らし合わせて「ここですね」とすぐに話に入れる。「大学からの技術移転で大学側とロイヤルティーの設定交渉で折り合いがつかない」だったら、食い違っているところが「ここだ」と分かる。IPASには経験豊富なビジネスメンターと知財メンターがいるので、具体的に困っているシーンを伝えてほしいです。IPAS期間後、参加してよかったと思ってもらえると思います。
パネルディスカッション後、再び糟谷氏が登壇し、「特許庁は引き続きスタートアップを応援していく。支援策をもっと向上させたいのでフィードバックがほしい。特許庁がどんなことをやっていけばいいのか、忌憚のない意見をいただきたい」と述べてイベントを締めくくった。