まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第71回
〈前編〉アニメの門DUO 石田美紀氏×まつもとあつし対談
なぜ女性が少年を演じるのか?【アニメと声優のメディア史】
2021年08月21日 18時00分更新
連続ラジオドラマという形でプロパガンダを流したGHQ
まつもと 「戦後民主化」というところをもうちょっと掘り下げていきましょう。戦後に連続ドラマが必要になったというのは、当時の日本のラジオドラマのリスナーにとって、「民主化」という物語は、時間をかけないと理解が進まないものだったのでしょうか?
石田 現在のドラマやアニメでもそうだと思うんですけれども、毎日・毎週同じ時間に見ると習慣化しますよね。なぜGHQが連続のラジオドラマに目をつけたかというと「登場人物と一緒に学ぶ」ことをさせたかったんです。
GHQは当初「日本はダメだ」「こんな国ではダメだ。だからこんな戦争なんて悲惨な目に遭ったんだ」っていう、ある種の押し付けみたいな手法を採っていたのですが、反発がすごかったんですね。
そこでドラマの登場人物と一緒に泣き笑いして喜怒哀楽を共有していくと、その社会の価値観というか物の考え方が「教えられている」という自覚なく、スーッと入ってくるんです。やがてキャラクターを好きになって『あの人にまた会おう』『あの人はどうなったんだろう』と思ってラジオをつける。
まつもと 面白いですよね。そうした教育も実際のところプロパガンダだという。
石田 柔らかさはあれども、これもプロパガンダなんですよね。
まつもと ソフトパワーのプロパガンダであったと。でも、そのなかで声優さんという職業も、変化を余儀なくされていく。ラジオにおける変化は、手塚治虫が日本で初めて毎週放送のアニメとして『鉄腕アトム』を作ったときにも引き継がれていくわけですよね?
石田 そうですね。私は占領期の連続放送劇が作り上げた諸々が、その後のアニメに関係していると思っています。
連続ラジオの『鐘の鳴る丘』も不遇な子どもを救うことを目的とした物語でした。民主主義の子どもの人権を守る、権利を守る。主人公は少年少女で、演じたのも子どもたちでしたが、社会が整うにつれて実際に子どもが子ども役を演じることが難しくなっていきました。
この仕組みに絵が付けばアニメなんじゃないかな、と思うんです。子ども文化からアニメが始まったことも、やはりラジオとの関係が大きいとあらめて思いました。
まつもと ご著書を読んで思ったのは、手塚治虫もラジオからヒントを得たということでした。実際どうなんでしょう?
石田 たぶん、間接的なヒントだったとは思います。「連続もので『鉄腕アトム』をやります」と決まり、「じゃあ誰に演じさせますか?」となったときに「女性が演じたらいいんじゃないですか?」というアイデアの源泉の1つとして連続ラジオドラマがあったのではないかと思います。
今でこそ日本のアニメはグローバル化していますから、女性が少年を演じることも受け入れられていると思いますが、海外、特に欧米ではそのチョイスはなかなかないんです。
まつもと ディズニーとの比較で、『鉄腕アトム』の原型にもなった『ピノキオ』での声優起用と『鉄腕アトム』での声優起用を比較するとわかりますよね。
石田 だいぶ違いますね。ただ補足すると、『ピノキオ』は単発作品です。演じる子どもも押さえてしまえば声変わりの心配もありません。あと、プレスコ(編注:先行録音)で録っちゃえばいい。『ピノキオ』は手塚治虫がすごく好きで熱心に見ていた作品ですが、手塚治虫自身の作品とで声の配役の傾向がまったく違うのは、やはり日本とアメリカの文化の形成のされ方が違うのかな、とも思います。
まつもと 時間の関係で詳しくは割愛しますが、東映動画はまたまったく違う考え方で配役をしていたという話もご著書にありますよね。
石田 東映動画は母体として東映がありましたから。東映が子役をマネジメントできるんですよね。児童劇団を持っていますし、それから自社に収録スタジオがあったことも虫プロとは状況が大きく違います。
まつもと 詳しくは『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』を読んでいただければと(笑)
日本アニメが「戦い」を描き続けることができた理由
まつもと 2つめのテーマに入っていきたいと思います。「女性が少年を演じる」ということですが、これはどうなんでしょうね? 世界で見てもちょっと特殊と言っていいんでしょうか?
石田 面白いのは、日本作品の海外吹き替えを誰が担当しているのか見ていくと、『新世紀エヴァンゲリオン』のシンジくんは、1990年代においてはヨーロッパ・北米・南米では男性声優が演じています。でも、韓国や台湾では女性声優が演じています。
韓国や台湾は、日本のアニメ業界と長く一緒にアニメを作ってきたところですから、日本と同様に女性声優が演じているんですよ。
まつもと 男性声優が演じていた地域でも、時間の経過と共に女性になっていく?
石田 そうですそうです。私の今後の夢というか次の課題は、女性が少年を演じてOKなところとそうでないところを世界地図レベルで調査したいなと(笑)
まつもと 日本のアニメの需要の広がりに応じて、「女性が少年を演じても違和感がない」という国が増えている感じですよね。
石田 実際増えています。ですからそれを時系列で調査してみると面白いかなと思っていて。日本のアニメ文化と近ければ近いほど、この「お約束」が自然に入ってきていると考えています。
日本の女性声優が少年を演じてきたことの1つの大きな効用として、先ほどは法的な問題があったり、作品の展開的に必要だったりといったことを話しました。しかし「表現」の側面から見ると、また例がシンジくんで恐縮なんですが、シンジくんみたいな役を14歳の子どもにさせられますか?(笑)
まつもと いろいろまずいですよね。
石田 日本のアニメでは子どもが「戦い」に参加しています。子どもたちが一生懸命、血を流して戦うということを描き続けることができたのは、やはり大人が子どもを演じてきたからではないかと思うのです。やはり、子どもにはちょっとできないことだと思います。
まつもと 仮に、仮にですよ? 日本人の14歳の子どもがシンジくんを演じていたとしたら、やっぱり特にポリコレがうるさかったでしょうね。
石田 たとえ1990年代でもそうでしょうね。だって、人殺しを、いえカヲルくんは使徒ですけど、でも友達を殺してしまったりするわけですから。「人間の暗いところ」とでもいうのでしょうか、戦争がずっとアニメで描かれてきたこと自体も声の配役の影響が大きかったのでは、と私は思っています。
倫理的にも、大人だからこそフリーハンドで演じてもらえるでしょうし、物語や世界観の理解も深めてもらえる。
まつもと そのあたりは、藤津亮太さんの著書『アニメと戦争』に通じるテーマでもありますよね。
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アニメと戦争藤津 亮太日本評論社
石田 通じると思います。
まつもと 後編では、メディアとの関係などについて語っていただければと思います。ありがとうございました。
後編は明日公開
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